517:思惑の一部
悪魔共を片付けながら、森の奥へと足を踏み入れる。
敵の数は多いが、こちらは小回りの利くルミナと共にいるのだ。
MPを回復した今のルミナならば、多数の悪魔を相手にすることに不足はない。
不規則な軌道を描く光の弾丸は、綺麗に木々を避けながら悪魔の急所を撃ち抜いていくのだ。
(武器を扱いながらでもそれが可能なのは大したもんだな)
緋真の場合、武器と魔法の攻撃を組み合わせることは得意だ。
しかし、それぞれを独立させて魔法を精密操作するとなるとそうもいかない。
訓練すればどうにかなるかもしれないが、今の段階ではどちらかがおろそかになってしまうだろう。
尤も、緋真の場合は魔法と武器を組み合わせた攻撃が強力であるため、あえて分離させる必要がないとも言えるのだが。
ともあれ、ルミナは魔法を効率的に使いながら前進を続けている。この技術は、相手の不意を打つという意味でも有効だろう。
正面で斬り合っているというのに、いきなり背後から魔法が飛んでくるのでは堪ったものではないからな。
とはいえ、今回は正面からの斬り合いではなく、集団を相手にした蹂躙だ。そういった使い方を見るのはまたの機会になるだろう。
「さてと、そろそろか……ルミナ、周囲への警戒は絶やすなよ」
「何かが隠れているのでしょうか?」
「さてな。だが、何かがあることを前提に考えておいた方がいいだろうよ」
ゲートは、今回の悪魔の行動の中では重要な役割を担っている。
それほど重要な存在を、ただ放置するだけということはあり得ないだろう。
何らかの方法で隠れているのか、或いはゲートの防衛は必要ない状況になってきているのか。
現状の情報では判断できないが、何にせよゲートを破壊することに変わりはない。
ならば迷うことなく、ゲートの破壊を目指すとしよう。
歩法――間碧。
ゲートを己の目に捉え、俺は強く地を蹴って走り出す。
ひしめき合う悪魔の隙間を縫って走り、ついでにそれらの足に刃を滑らせながら、群れの先へ。
己が目に捉えた黒い渦の姿――そこへと向けて刃を振るおうとして、俺はふと悪寒を覚えた。
(――何かが、違う?)
見た目は何も変わらない、悪魔を吐き出す黒い渦。
だが、具体的な根拠もないただの直感が、俺の脳裏に警鐘を鳴らし続けていた。
何かは分からないが、あれは危険だ、と。
「ッ……《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
だが、あのゲートを破壊しないわけにもいかない。
そう判断した俺は、その場で足を止めて青い光を纏う餓狼丸を振り抜いた。
それと共に大きく広がった燐光は、数メートルの距離を挟んで黒い渦を真っ二つに両断する。
――刹那、黒い渦は大きな球体へと膨張するように変貌した。
「くそッ!」
あらかじめ警戒していたおかげか、すぐに消滅する様子がないことは即座に察知できた。
異変を感じ取ると共に後方へと跳躍、しかし一瞬のうちに膨れ上がる黒い球体は眼前まで迫る。
ほんの僅かに球体が歪んでいるのは、【断魔斬】の効果が残っていたが故か。
ならば――
「《蒐魂剣》、【護法壁】!」
着地と共に、刃を地へと突き刺す。
その瞬間、そそり立った青い光の壁が、迫りくる黒い球体を受け止めた。
まるで軋むような衝撃音、だが【護法壁】はそれでも崩れ去ることなく黒い球体と拮抗している。
球体の膨張に巻き込まれた悪魔たちは、既にその気配を感じ取ることができない。
取り込まれたのか、消滅したのか、何なのかは分からないがこの黒い球体には触れるべきではない。
果たして防ぎ切れるのか――そんな不安を感じ始めたちょうどその時、黒い球体は揺らぐように形を崩しながら消滅した。
「ッ……罠とはな、やってくれる」
黒い球体が消滅した後には、何も残っていない。
ゲートは勿論、そこにいた筈の悪魔たちも、全てが消滅してしまった。
あれに触れていたらどうなっていたのかは分からないが、少なくともこの場にはいられなかったことだろう。
僅かに安堵の吐息を零しながら刃を引き抜き――そこで、声が響いた。
『いやはや……獣じみた直感ですな。まさか、これを回避されてしまうとは』
「ッ、何者ですか! 姿を現しなさい!」
『はははは、まさか、そんなそんな。私のような臆病者には、貴方がたの前に出てくる度胸などありませぬよ』
響いた声に対し、ルミナが鋭く声を上げる。
だが、それに対する返事は実に軽いものだ。
老齢の男の声――その声色は実に軽く、こちらに対する恐怖心など微塵も感じられない。
恐らくは上位の悪魔、それもかなりの力を持った存在だろう。
「ここまでの妙な仕掛けは、全て貴様の仕業か?」
『そうですなぁ。ここは肯定しておくとしましょう』
やはり、この状況を操っている存在がいたか。
予想していたことではあるため驚きはしないが、やはり厄介だ。
まるでこちらの手を読み、対策を立てていたかのような手口。自身の性能で圧倒しようとするこれまでの悪魔たちとは、随分と異なる戦い方だ。
正直なところ、このような情報を重要視している敵の方が厄介であると言える。
「何が目的だ」
『さて……それは言うまでもないことでしょう』
やり口の中途半端さのことを聞いたのだが、どうやら答える気はないらしい。
まあいい。姿を見せていない以上、最初からまともに問答ができるとは考えていない。
声音だけで相手の考えを読み取るのは、流石に俺でも不可能だ。
『まあ、何はともあれ、お見事です。残りの転移門も少ない……驚嘆すべき仕事ぶりだ。我が王が注目するのも頷ける』
「わざわざそれを言いに来たのか?」
『ええ、敵とはいえ、見事な働きには称賛せねばなりますまい。しかし、残り二つ……貴方がたに破壊できますかな?』
挑発するような物言いに、俺は目を細める。
称賛というが、これまでのような対策を取ってきた悪魔が、そんな理由で自らの存在を露呈させるとは思えない。
何かしらの意図がある、そう考えるべきだろう。だが、俺の考えを悟られぬように沈黙しつつ、視線を残るゲートの方へと向ける。
『では、貴方のご活躍、楽しみにさせていただきましょう』
そして、そんな俺の反応を見て満足したのか、その言葉を残して悪魔の声は消え去った。
周囲に残っていた筈の悪魔たちも消滅しており、どうやらこの場からは撤退したようだ。
「ふぅ……アリス、そっちは無事か?」
「ええ、問題はないけど、次はどうするの?」
「そうだな――」
軽く溜め息を吐き出し、結論付ける。恐らく、これは更なる罠であると。
であればどうするか――やるべきことは単純だ。
「緋真、シリウスを連れて集落まで戻ってこい」
『はい? ちょっ、いきなり何なんですか?』
「いいから。俺たちは先に戻ってるぞ」
一方的な通話になってしまったが、先程の悪魔に詳細を聞かれるのは拙い。
姿を隠している以上、どこにその悪魔が存在しているのかも分からないのだ。
「どういうことなの、クオン?」
「詳細な説明は道すがら、アルトリウスと通話を繋げながらするつもりだが……」
この先のゲート破壊は、先程の言葉の通り罠が仕掛けられていることだろう。
先ほどの黒い球体が何なのかは不明だが、あれが更に巨大化でもしたら流石に手が付けられない。
そういった点もあるが、それ以上に厄介なのは、相手によって俺たちの動きが制御されてしまっていることだ。
(残るゲートは二つ……両方でリスクを背負うぐらいなら、素直に湧き出してくる戦力を相手にした方が楽だ)
ゲート破壊は、あくまでも敵戦力が多すぎたからこその対処だった。
逆に言えば、敵が多すぎないのであればわざわざ苦労して破壊する必要もないのだ。
それよりも、俺たちを分断しようとしているこの状況を続ける方が危険だろう。
(あの悪魔の目的は何だ? 俺たちを外に行かせようとしているのは各個撃破を狙っているのか、或いは――俺たちがいない間に、集落に何かを仕掛けるつもりか)
今ある情報だけで結論付けることはできない。
だがどちらにしたところで、俺たちがゲートを破壊しに向かうメリットは少ないと言えるだろう。
ならば、さっさと中央に戻って備えるべきだ。
そう胸中で呟きつつ、俺はアリスとルミナを伴って、集落へと向けて走り始めたのだった。