514:セイランとの合流
俺たちの中で、もっともこの状況が苦手なのが誰かと問われれば、俺はセイランと答えるだろう。
セイランは物理魔法共に優秀な能力を有しているのだが、打たれ強さという面で言うとあまり秀でてはいないのだ。
単純なHPの総量で言うのであればルミナよりも高いだろうが、ルミナは自身で回復魔法を扱うことができるため、長期にわたって戦うことも可能なのだ。
そのため、補給ができない状況では、セイランが最も打たれ弱い部類に入ってしまうのである。
尤も、そうだとしてもそれなりにHPは高く、多少被弾した程度でどうにかなるものではないのだが。
「まあ、無事ではあるみたいだがな」
多少節約はしている様子ではあるが、それでもワイルドハントであるセイランの戦い方は派手だ。
MPをあまり使わないようにしているが、それでも降り注ぐ雷が轟音を発しているのである。
その戦闘位置は、あまり森の側までは達していない。
どうやら、セイランは敵を集落側に近づけさせないように立ち回っていたようだ。
まあ、セイランは魔法破壊のスキルを持ってはいない。そのため、無理をしてゲートまで悪魔を押し込んだとしても、そこで立ち往生することになってしまうのだ。
それならば、この辺りで敵を押し留める程度でも十分な仕事だと言えるだろう。
(正直、少し厳しいかと思っていたんだが――まだ余裕はありそうだな)
音から察するに、セイランはそこそこ魔法を使っている様子である。
それはつまり、そこまで意識して節約しなければならないほど消耗してはいないということだ。
ここまでこの調子で戦っていたのであれば、そろそろMPも枯渇し始めている頃かと思っていたのだが。
まあ、戦えているのであれば問題はない。このままさっさと合流するとしよう。
そのためにも――
「邪魔者は排除せんとな!」
派手な魔法を撒き散らしているからか、周囲の悪魔たちの注意はセイランへと集中している。
そんな悪魔に対し、俺は遠慮なく背後から襲い掛かった。
とりあえずは、こちらに背を向けていたアークデーモンの心臓を一突き。
アークデーモンは結構頑丈であり、急所に対する攻撃でも一撃では死ななかったりもするのだが、アルフィニールが生み出した悪魔はその限りではない。
俺の攻撃力が増したこともあるが、アークデーモンでも急所に対する攻撃で仕留め切れるのだ。
一撃で殺せる手段があるかどうか、という点は中々に大きい要素であると言える。
歩法――間碧。
血を噴き出しながら倒れるアークデーモンを陰に、俺は悪魔共の隙間を縫って走り出す。
擦れ違い様に足の腱などを切断しつつ、足を止めることなくただ前へ。
そうして目に入ったのは、無数の雷を降り注がせながら悪魔の足止めを続けているようだ。
自分で考えたのかどうかは分からんが、足止めに徹しているのはいい判断だと言えるだろう。
「セイラン!」
「ッ! クェエ!」
俺の声を聴き、セイランは即座に反応して走り出す。
纏っていた嵐を解放して周囲の悪魔を一気に吹き飛ばし、道を強引に開いてこちらへと駆け寄ってきた。
俺はその手綱を掴み、ひらりとその背に跳び乗りながら合流する。
「よくやった、セイラン。補給は――まだ大丈夫そうだな」
「クェ!」
確認すれば、セイランのMPはまだ四割程度は残っている。
ここまであの戦いを続けていたのであれば、残り過ぎにも思えてしまう。
どうしてそうなっているのかは――まあ、ある程度は予想がつくが。
「それで、お前に入れ知恵をした奴はどこにいるんだ?」
「クェ」
俺の問いに、セイランは周囲へと視線を走らせたが、どうやら分からないようだ。
今の反応でおおよその予想はついた。どうやら、セイランの援護と補給をしていてくれたらしい。
今はどこにいるのかはよく分からないが、そのうち姿を現すことだろう。
「さてと……それじゃあ、この辺りを片付けてやるとしようか」
「ケェエエエッ!」
俺の言葉に威勢よく応えたセイランは、嵐を纏いながら加速し始める。
その出力には最早遠慮がなく、使いきっても構わないと言わんばかりの勢いであった。
まあ、今ならばMPポーションも渡してやれるし、本気で魔力を消費したとしても問題はない。
ここは効率よく、一気に悪魔を殲滅して他のメンバーのところへ向かうとしよう。
「行くぞ!」
合図とともにトップスピードに乗ったセイランは、纏う嵐で悪魔共を撥ね飛ばしていく。
まるで大型のトラックに衝突したかのような衝撃で、耐久力の低いデーモンなどはその一撃で粉砕されてしまうほどだ。
飛び散った血飛沫は嵐に吹き散らされてこちらに降りかかることは無い。何とも快適なことだ。
大きく跳ねながら振るう前足の殴打や爪による斬撃も強力で、悪魔たちを防御の上から叩き潰している。
盾による防御も、魔法による障壁も、セイランの攻撃を防ぎ切るには至らない。
そのまま押し潰されて地面の染みとなるだけだ。
「《練命剣》、【命衝閃】」
そして、こちらは餓狼丸に生命力を纏わせ、巨大な突撃槍と化す。
輝く槍による刺突は、セイランの突進を逃れた悪魔を狙い穿つだけでいい。
内側から生命力を炸裂させるその一撃は、アークデーモンであろうとも容易く貫き、粉砕してしまうのだ。
セイランが本気を出せるようになったためでもあるが、敵の殲滅スピードはかなり上昇した。
これならば、森から追加されてくる増援にも対処しきれることだろう。
(集落側は……あっちも、何とかなりそうだな)
ある程度の悪魔は集落の方へと流れて行っているが、プレイヤーの防衛線を抜けるほどの戦力にはなっていない。
あそこに爵位持ちの悪魔が出現したとすれば話は別だが、奴らはゲートの防衛を行っていることだろう。
それにしても――
(セイランが増援を防いでいることは分かっていただろうに、それの対処を行わなかったのか? さっきもそうだが、どうも妙な動き方だな)
今回の悪魔は、こちらの動きを読んだかのような対策を取り、攻撃を仕掛けてきている。
俺たちが集落まで辿り着いてから起動した森の中のゲート。
そして、ゲートを破壊しに来た俺を足止めするためのような人選の悪魔。
だが、それにしてはその後の対応がおざなりになっているのだ。
これほどこちらの動きを予測していたのであれば、その後も厄介な策が続くものかと思うのだが、案外と容易い展開に変わってしまう。
この場にいるのが戦いに慣れていないアルフィニールの悪魔だからなのか、或いは――
(――最初に大雑把な指示だけ出して、後は現場判断に任せたか)
戦場では幾度か見たことのある展開だ。
入念に準備を行っていた割に、いざ予想と違う展開が起きると対応ができなくなってしまうパターン。
総じて、立案者と遂行者が別に存在するような作戦が、悪い方に転がった時に起こる展開だ。
果たして、悪魔の勢力内でどのような動きが出ているのか。正直、それについては知る由もない話ではあるのだが――
(楽観視すべきでもないが、そうであるなら都合がいい。警戒心は残しつつも、大胆に攻めるべきか)
ここから奴らが更に厄介な策を用意しているか否か、問題があるとすればそこだけだ。
だが、現状ではそれを察知することはできないし、問題に対して最大限に対処するしか道はない。
その中で起こった出来事をアルトリウスに報告しておけば、何か起こった際には対処することだろう。
あいつ任せというのも座りが悪い部分はあるが、この集団の指揮官はあいつなのだ。
その辺りについては期待させて貰うこととしよう。
差し当っては――
「この辺りを片付けたら森の中に行くぞ。多少は後ろに流してもいいが、大部分は片付ける」
「ケェエエエエッ!」
俺の言葉に、セイランは勇ましく鳴き声を上げる。
流石に少々MPを使いすぎてきたためMPポーションは飲ませつつ、更なる敵へと駆け抜けていくのだ。
流石に森の中に入ってしまうとセイランに乗って走り回るのは不可能であるため、騎乗戦はここで存分に行って行くこととしよう。
【命衝閃】の効果が切れてただの太刀へと戻った餓狼丸を振るいながら、悪魔が現れてくる森の中へと視線を向ける。
(まあ……爵位悪魔とて、あいつに対処できるかどうかは微妙なところだと思うがな)
胸中でそう呟きつつ、俺は手の届く範囲の悪魔の首を刈り取ったのだった。