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513:策略の片鱗











「がああああああっ!?」



 空中を駆けたことによる着地の衝撃を、地面を転がることによって分散しつつ、地面を擦るように体勢を立て直す。

 ほんの刹那の交錯ではあったが、どうやら狙い通りにラキュラーズの足にダメージを与えることに成功したようだ。

 こいつとの戦いにおいて、最も大きな問題は、獅子の体が持つ機動力だ。

 森の中でさえあれほどの速さで移動する能力がある限り、俺はラキュラーズに追いつくことはできない。

 こちらからはいつまでも仕留め切ることができず、かといって撤退を選んでも遠距離から狙撃され続けてしまう。

 こいつの機動力を奪わない限り、俺は攻めることも退くこともできなかったのだ。



「だが、これでようやくってわけだ」

「ッ……く、そがァ……!」



 怨嗟の声を上げるラキュラーズは、それでも戦意は失っていないようであった。

 もし、こいつが己の優位性をきちんと理解していたのであれば、俺はここで足止めを受け続けていたことだろう。

 その場合、どこまで戦場全体に影響があったかは分からないが――少なくとも、こちら側に不利な状況を押し付けられていたことに変わりはない。

 ラキュラーズが冷静に戦えずにいたことは、こちらにとっても不幸中の幸いと言える話であった。



(何にせよ、これ以上無駄に時間を使っているわけにもいかんか)



 ただでさえ足止めを喰らってしまったのだ。

 ゲートの破壊自体は成功しているため、このエリアから敵が増えることは無いのだが、それでものんびりとしている余裕は無い。

 早急にこの悪魔を排除して、次のゲートに向かわなくてはなるまい。



(高玉がどこまで仕事をしてくれているのかは分からんが……いくらあいつの狙撃が正確でも、ゲートの周りを固められちゃどうしようもないからな)



 歩法――猟襲。


 ともあれ、まずはこいつを排除しなければ始まらない。

 足の一本を失って動きの鈍った悪魔。その巨体へと向け、俺は地に手を着いた体勢のまま、右手で餓狼丸を担ぐようにしつつ手足の全てで大地を蹴った。

 普通は邪魔にしかならない手まで使った踏み出しだが、力の伝え方を理解していれば決して無駄にはならない。



「畜生がッ!」



 ラキュラーズは、こちらの動きに合わせて短弓を引き絞る。

 流石に、あのバリスタを構えるほどの時間は無いと判断したのだろう。

 素早く放たれる短弓の矢は、こちらを正確に狙い、射抜いてくる。

 連弩の如く放たれるその矢を刀で撃ち落すことは難しい。

 普通に移動していれば、回避に時間をかけることになってしまうことだろう。



(この歩法は疲れるんだがな……!)



 だが、三本足で駆ける歩法たる猟襲。これであれば、速度を落とさぬまま複雑な軌道を描きながら走ることができる。

 基本的には足で走り、細かな方向転換の際に手を使って速度を落とすことなく移動するのだ。

 上手くやらないとブレーキになるどころか手首を捻挫するため中々難しいが、慣れればこの通り、スピードを落とすことなくジグザグに走行することなども可能なのだ。

 不規則に左右にぶれる俺の動きを捉え切れず、短弓による攻撃は空を切る。

 捉え切れないと判断したラキュラーズは、またも距離を取ろうと足を動かすが、どうした所でその動きは先ほどよりも鈍い。

 何とかして後方に跳躍するが――それよりも、俺が近付く速度の方が速かった。



「『生奪』!」

「クソがッ、潰れろよォ!」



 斬法――剛の型、刹火。


 接近した俺に、ラキュラーズは残った前足を振り下ろし――その一撃に、餓狼丸の一閃を合わせる。

 鋭く翻った一閃は、その腕がこちらを潰すよりも早く内側に潜り込み、残る片方の前足を斬り飛ばした。



「ぎッ!?」



 両方の前足を失ったラキュラーズは、倒れることこそ無いが、前のめりになるような体勢で崩れ落ちる。

 それを目にしながら駆け抜けた俺は、近くにあった木を駆け登りながら跳躍した。

 ラキュラーズは何とか体を起こし、こちらの姿を探しているが――今この瞬間に捉えられていないのであれば、迎撃など間に合う筈もない。



「《練命剣》、【命衝閃】!」



 練り上げた生命力を纏い、餓狼丸が長大な槍へと変貌する。

 スキルが発動する気配を捉えてか、ラキュラーズが俺の姿を捉えるが――俺の攻撃は、既にラキュラーズの眼前に迫っていた。



「これで、終わりだ!」



 斬法――柔の型、襲牙。


 槍と化した餓狼丸の切っ先は、ラキュラーズの肩口からその体内へと潜り込み、獅子の胴体まで一気に貫通する。

 眼前には、口から血を吐き出しながら呆然と目を見開くラキュラーズの姿。

 その瞳が焦点を結び、憎悪に染まって震える手を伸ばそうとして――槍に込められた生命力が炸裂すると共に、ラキュラーズの体は弾け飛んだ。

 大量の返り血を浴びながら着地し、顔を拭いながらも思わず毒づく。



「ったく……本当に厄介なことをしてくれやがったもんだ」



 塵となって消えていくため、返り血が残るということは無いのだが、それでも不快なものは不快だ。

 軽く溜め息を吐き出し、周囲の状況を確認してから、俺はアルトリウスへと通話を行った。

 コールが少し続いた辺り、どうやらまだまだ慌ただしくしている状況のようだ。

 やがて開始された通話に、俺は安堵しつつ声を上げる。



「アルトリウス、こっちはゲートの破壊と、ついでに伯爵級悪魔の討伐が完了した。どんな状況だ」

『伯爵級がついでですか……ともあれ、ありがとうございます。状況は、正直あまり良くはないですね。まだ石板の設置はできそうにはない状況です』

「まだ敵が増え続けているのか? ゲートの破壊はどうなってる?」

『現在、最初のものとクオンさんの破壊した分を含めて四つまで破壊ができています。残るは恐らく六つかと』

「……まだそんなものなのか?」



 予想以上に進みが遅い。

 どうやら、悪魔側もきっちりとゲートの周りを悪魔で固めているらしい。

 高玉の矢が通らなければ、ゲートの破壊は困難だろう。



「アルトリウス、少し気になることがあるんだが――」

『相手の対処が的確過ぎることですか?』

「お前の方でもそう思うようなことがあったのか? こっちでは出現した伯爵級悪魔が、俺一人で戦うには相性が悪い相手だったんだが……」



 もしも、この場にセイランがいたのであれば、ここまで苦戦するようなことは無かっただろう。

 セイランの機動力を有した状態であればラキュラーズと距離を離さずに戦うことができていたであろうし、ここまで時間を取られるようなことは無かっただろう。

 俺が一人で来たからこそ、ラキュラーズはその本領を生かすことができたのだ。



「まるで、俺が一人でここに来ることを予見していたかのような動きだ。或いは……こちらの動きを監視して、それに合わせて対応を行っていたか」

『可能性は考えています。何らかの監視手段を用いて、僕らのことを監視しているのか、それとも何か別のスキルなのか。何にせよ、どこにあるかも分からない監視の目の捜索に戦力を割いている余裕は無い状況です。クオンさんはこのまま、別のゲートに向かって下さい』

「いいのか? 他の対処も余裕は無い状況だと思うが」

『クオンさんが早めに伯爵級悪魔を討てたことは、相手にとっても想定外の状況かと思います。ならば、クオンさんがこの時点で他のゲート破壊を援護し始めることも想定外になる。今なら、ゲート破壊の効率を上げられる筈です』



 アルトリウスにとっても想定外が続く状況、どこまで有利に進められるかは謎だ。

 だが、ゲートが残っている限り敵の増援が現れ続けることに変わりはない。

 ならば、さっさとこれを破壊していかなければ、俺たちはいつまで経っても目標を達成することはできないのだ。

 既にある程度時間を使わされてしまっている。その分だけプレイヤーは消耗しているだろうし、あまり無駄な時間を使っている余裕は無い。



「了解した、俺もゲート破壊に向かう。残っている近場のゲートはどちらだ?」

『そこから南西に向かって下さい。クオンさんはパーティメンバーとの合流を目指すのが良いかと思います』

「少しずつ効率を上げて行けってか。ま、了解だ」



 先ほどは、俺が一人で来たからこそ不利な状況に置かれてしまった。

 弱点を埋めるためにも、仲間たちとは合流を果たしておいた方がいいだろう。



「そっちのことは任せる。頼んだぞ」

『ええ、どれほど敵戦力が増えたとしても、本陣に攻め込ませるような真似はしません。ゲートの破壊の方、お願いします』



 簡潔に言葉を交わして、通話を切る。

 ああは言ったものの、アルトリウスの方にもあまり余裕は無いはずだ。

 ゲートの破壊は急がねばなるまい。



「さてと……まずはセイランと合流か」



 南西の方向は、セイランが向かって行った場所だ。

 あいつは目立つし、合流すれば俺も機動力を手に入れることができる。

 アルトリウスの助言は、それを見越しての判断だろう。

 状況はまだ読み切れないが、まずはその助言に従って行動してみるとしようか。











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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、結局やるべきことをするしかないよねー… 状況が動く前に……
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