512:森の弓手
《奪命剣》のテクニックによる一撃を直撃させ、己のHPを大幅に回復する。
無茶をして矢の雨の中を通り抜けてきたわけだが、その損失はこれで帳消しにすることができただろう。
対し、ラキュラーズは大きく不利な状況に置かれた。
俺に距離を詰められ、攻撃を受けて大きくダメージを負った状況。今は己のHPを回復するために《奪命剣》のテクニックを使ったが、これがもし【命輝練斬】だったらそれだけで致命傷を与えられていたかもしれない。
そう考えると、ちょいと慎重になり過ぎていたかもしれないが――まあいい、まだ不明な要素が多い戦場だ。慎重に動くに越したことは無いだろう。
「ちっ……くしょうがァ!」
「――――っ!」
大きくダメージを受けたラキュラーズへと追撃を放とうとし、しかしそれよりも早くラキュラーズは行動に移った。
己の眼前で強引に魔法を炸裂させ、その衝撃に自分諸共巻き込んだのだ。
流石に、攻撃を振り切った直後ではそれに対応することは難しい。眼前で炸裂した風の魔法に、俺は押し飛ばされるように後方へと跳躍した。
しかし、魔法を受けはしたものの大したダメージはない。これは攻撃目的ではなく、緊急回避のために使用したものであったからだろう。
もしもこちらを狙っていたのであれば、回避して反撃を加えればそれで終わっていたかもしれないのだが、この状態でも多少は冷静さを保っているということか。
「クソがっ、《化身解放》ッ!」
正直、これをされる前に仕留め切れればよかったのだが、流石にそう簡単にはいかないか。
緑色の魔力に包まれた悪魔は、徐々にその姿を変貌させる。
流石に、ディーンクラッドを相手にした時のような、圧倒的なまでの巨大化ということではない。
だがそれでも、背の高さなどは倍以上に膨れ上がっている。ロムペリアのような、人の姿のままの変化というわけではなさそうだ。
「さて……どう出る?」
呟きつつ、先程離された距離を詰める。
これまでの戦闘スタイルから考えるに、恐らく変化しても射撃で攻撃を行うタイプになるのだろう。
であれば、距離を離されている状況は不利だ。変化が完了する前に距離を詰め、完了と同時に攻撃を仕掛けたい。
そう考えながら接近した所で、ラキュラーズはその真の姿を現した。
「貫いてやるよ、魔剣使い!」
「ッ……!」
それと同時、弾けた魔力の光の中から、一本の矢がこちらへと飛来する。
だが、そのサイズがこれまでとは段違いだ。まるでバリスタの矢でも飛んできたかのような一撃に、俺は咄嗟にその攻撃を回避する。
刀で弾こうとすれば、恐らく餓狼丸の方が弾き飛ばされていただろう。それほどの強弓であった。
空間を貫いて行った矢は、木を貫いて大穴を開けている。これまでの矢と違い、掠っただけで大きなダメージを受けることになってしまうだろう。
魔力の中から姿を現したのは、下半身に獅子の体を持ち、その胴の上から人間の上半身が生えている異形であった。
獅子の鬣がまるで弓のように束ねられて固まり、まるでバリスタのような様相となっている。
恐らく、先程の一撃はあれを使って放ったのだろう。
「ったく……また妙な姿の悪魔が出てきたもんだな」
呟きつつ、再びラキュラーズとの距離を詰める。あれほどの巨大な弓であれば、そうそう連射することはできないだろう。
だが、ラキュラーズは俺が肉薄するよりも早く、後方へと跳躍して距離を離してしまった。
その動きは機敏で、尚且つ跳躍での回避距離が長い。
下半身に出現した獅子の肉体は、セイランと比較しても遜色のない大きさだ。
相応のパワーと機動力を有しているということだろう。
(厄介だな、これは)
純粋に正面から挑んでくるタイプであれば、幾らでも対処することは可能であった。
或いは、魔法使いのようなタイプであったとしても、《蒐魂剣》を使って崩すことができていただろう。
だが、こいつはそれらとも異なる。高い機動力を利用して逃げ回りながら、一撃必殺に等しい射撃攻撃を撃ちこんでくる移動砲台――セイランがいたのであればともかく、俺が一人でいるという状況下においては、最も相性が悪い類の存在だろう。
(ただの偶然か? それとも――)
判断はつかないが、何にしても状況はよろしくない。
気を付けていれば負けることは無いだろうが、倒し切ることも難しい。もしも逃げに徹せられてしまえば、仕留め切ることは困難だろう。
ここまで会話をした感覚では、ラキュラーズが自身で相性差を考え、更に俺が一人でここに来る可能性を考慮して仕掛けてきたようには思えない。
正直なところ、そこまで頭が回るようなタイプには見えないが、もしも何らかの入れ知恵によってこの作戦を思いついたのであれば厄介だ。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
「っと、喰らうかよッ!」
森の中であるにもかかわらず、ラキュラーズの動きは実にスムーズだ。
あれほどの巨体を持っているというのに、木々の間をすり抜けながら移動している。
その移動先を見極めて【命輝一陣】を放ってみたが、ラキュラーズは身軽に跳躍してその攻撃を回避してしまった。
森の中だというのに、本当に身軽に動くものだ。
だが、それでも多少は障害物になっているらしく、ある程度動きは制限されている。
(【咆風呪】なら当てられるだろうが、周囲の木々も巻き込んじまう。動きがスムーズになった方が厄介だな)
不幸中の幸いと言うべきか、どうにもラキュラーズ本人は狙ってこの状況を作り上げたわけではないように見える。
つまり、ラキュラーズは己が有利な状況に置かれていることに気づいていないのだ。
もしも俺の迎撃をラキュラーズに命じた者が存在するのであれば、それに関しては失策だったと言わざるを得ない。
もしもコイツが自分の性質をフルに利用してこちらに対処してきていたら、俺は手も足も出せずに足止めを喰らっていたことだろう。
――ならば、今すべきことは一つだけだ。
(ラキュラーズが冷静さを取り戻す前に、速攻で仕留め切る)
歩法――陽炎。
小さく胸中で呟き、地を蹴った俺は、そのまま森の中へと一直線に駆けこんだ。
まるで大砲のような矢がこちらを狙ってくるが、陽炎の動きは捉え切れずに空を切る。
流石に狙いは正確だが、だからこそ誘導することは難しくはない。矢を回避した俺は、そのまま直立する木々を垂直に駆けのぼり、その幹を蹴って跳躍した。
「なっ!?」
ラキュラーズの体の構造上、上方に向けてはあの矢を放ちづらいように見える。
さすがに、伯爵級悪魔がそんな残念な性能をしているとは思えないため、何かしらの攻撃手段はあると思われるが、この状況に対する対処を見ておきたい。
そんな俺の期待通り、上方へと移動した俺を眼で追ったラキュラーズは、上にある人型の上半身に短弓を取り出した。
やはり獅子の毛でできていると思われるそれは、先程までのバリスタと比べれば実に取り回しの良い代物だ。
威力では大幅に劣るだろうが、決して油断できるものではない。
「ちょこまかと逃げ回りやがって!」
ラキュラーズの手の中には、毛によって作られたと思われる矢が三本。
短弓を構えたラキュラーズは、それを続けざまに射かけてきた。
扱いやすい短弓とはいえ、驚くべき連射速度だ。狙いも正確であり、身動きがとり辛い空中では避けることが難しい。
――尤も、それは足場が無ければの話であるが。
歩法――至寂。
可能な限りの衝撃を殺し、木々の位置関係を把握しながら、俺は枝を足場に樹上を駆ける。
この場に生えているのは普通の木々であるため、少しでも力配分を間違えれば、枝は折れて真っ逆さまに落下することになるだろう。
ラキュラーズも流石にこの動きは予想外だったのか、俺の姿を見上げて呆然と目を見開いている。
そんな奴へと向けて、俺は跳躍しながら刃を振るった。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
本来であれば、足場を失ってしまうため使いたくはなかった【咆風呪】。
だが、相手の視界を奪う必要がある現状、このテクニックを使う以外に道は無かった。
溢れ出した黒い呪いは、頭上からラキュラーズの体を飲み込む。
弓使いである奴にとって、視界が通っていないという状況は忌避すべきものである筈だ。
その上、攻撃力が上がり切った状況の餓狼丸からの攻撃である。たとえ伯爵級悪魔といえど、無視できるようなダメージではあるまい。
「クソッ!」
当然、奴は【咆風呪】の中から逃れようとする。
下半身が獅子となっている現状、素早く動けるのは前か後ろだ。
そして俺の位置関係からして、本能的な反応で逃れるのであれば、恐らくは後ろ――
「――――しッ」
左手を伸ばし、鉤縄を放つ。
それを前方にある木々に引っ掛けた俺は、ターザンの要領で【咆風呪】の闇の中へと飛び込み――
「《練命剣》、【命輝練斬】!」
後方へと跳躍して着地した瞬間のラキュラーズ、その左前脚を斬り飛ばしたのだった。





