510:溢れ出る悪意
「しッ」
鋭く振るう刃が、アークデーモンの身を斬り伏せる。
今の俺の攻撃力であれば、通常の悪魔を倒すのに《練命剣》を使う必要はない。通常の攻撃力だけで、容易に倒し切れてしまうのだ。
とはいえ、広範囲に攻撃するにはテクニックを使う他ないため、そこそこに使用してはいるのだが。
そんなこともあり、単体を攻撃するテクニックである【命輝閃】や【命輝練斬】を使うタイミングはない状況だ。
それはつまり強敵がいないということではあるのだが――
「やはり、数が多いな……!」
広範囲に攻撃を行うことができる【煌命閃】、【冥哮閃】、【咆風呪】などはクールタイムが完了し次第使っているような状況で、それでも悪魔の数が減る気配がない。
前に進むことはできているが、それでも遅々として進まない歩みだ。
俺たちがカバーできるゲートは限られているし、ある程度の増援は集落に届いてしまっているだろう。
物見台から状況を確認している高玉とリコンは、恐らく俺たちが向かっていないゲートを優先的に狙っている筈だ。
つまるところ、俺たちに対する援護は期待できない状況ということだ。
「ったく――本気でやるしかないってか」
歩法――間碧。
悪魔の隙間を縫いながら、滑り込むように群れの内部へと潜り込む。
それと共に振るうのは、広範囲に広がる生命力の刃だ。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく旋回させた刃は生命力の刃を押し広げ、周囲一帯の悪魔を纏めて腰から両断する。
そして、その直後に刃を反転――減らしたHPを回復するため、黒い闇を纏った刃を振り払った。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
溢れ出した黒い闇に飲まれ、デーモンたちは枯れ果てるように消滅する。
その中で生き残ったアークデーモンへと肉薄し、横を通り抜ける瞬間にその首を刎ね飛ばしながら、前へと進む。
場所としては森に差し掛かって来てはいるのだが、まだゲートのある位置までは若干の距離があると思われる。
果たして、後方はどのような状況となっているのか。ある程度前に進めているおかげか、今のところこちらが背後から攻撃されることは無いが、それはつまりそれだけの戦力が集落に集中しているということでもある。
出現しているのはそれほど強力な悪魔ではないとはいえ、これほどの数が押し寄せてくる状況は厳しいものだ。
(アルトリウスならば持ち堪えているとは思うが……作業の方は進んでいないかもな)
石板を設置して効果を発揮させるには、効果範囲内から魔物や悪魔を排除する必要がある。
この排除こそが最も難しい問題であり、恐らくはゲートを破壊しない限りは達成できない課題となるだろう。
単純に集落内の敵を排除するだけであれば問題は無かったのだろうが、周囲からの増援が続く限り達成することは困難だ。
何とかしてゲートを破壊して増援を排除、その上で集落の確保を行うしかない。
(そのためにも――)
まずは、この押し寄せてくる悪魔を排除しなければ。
実際のところ、ゲートの破壊は高玉に任せきるという選択肢もある。
俺たちは増援の排除のみに集中し、集落の戦場を維持しながら遠距離での破壊を完遂するのだ。
だが、それではどうしても時間がかかってしまうし、門から悪魔が出現し始めた現状、高玉の攻撃が妨害されてしまう可能性もある。
単なる時間稼ぎでは問題が解決しない可能性も否定はできないのだ。
「ったく、よくもまぁ面倒臭い真似をしてくれたもんだ」
斬法――剛の型、刹火。
舌打ちと共に、距離を詰めてきた悪魔を一閃で斬り伏せる。
その直後に飛び掛かってきた相手には反撃で蹴りを入れつつ、俺は更にスキルを発動させた。
「《蒐魂剣》」
餓狼丸の黒い刀身は赤黒い炎を纏い、その上から青い光に包まれる。
何だかよく分からない色になってしまっている刃を振るい、こちらへと飛来した魔法を斬り捨てた。
こうしてある程度魔法が来るお陰でMPの回復もできているが、これが無かったら頻繁にテクニックを使うことができなくなっていただろう。
そのことについては内心でほくそ笑みつつも、撃ってきた相手にはきっちりと【命輝一陣】で反撃しておく。
森の中までは入り込めた、距離的にはあと少しである筈なのだが――
「――っ!」
――刹那、横合いから飛来した矢を餓狼丸で弾き返す。
敵意の数が多すぎて察知が難しかったが、どうやら魔法以外にもこちらを狙っている存在がいるようだ。
魔法は速度が遅く目立つため迎撃がしやすいのだが、視界の悪い森の中で矢に狙われるのは中々厄介だ。
相手も、それを理解していてこちらを狙ったのだろう。
(――最短で駆けるしかない)
足を止めていれば狙い撃ちされる。かと言って、飛んできた方向を調べているのも時間の無駄だ。
ならば、眼前の敵を強行突破して、短時間でゲートを破壊するほかあるまい。
歩法――間碧。
本当であれば、敵に囲まれる状況を避けるため、テクニックのクールタイムが終わっていない内に群れの中へ飛び込むことは避けたかった。
だが、弓によって狙われている現状ではそうも言っていられない。
むしろ、こうして他の悪魔を遮蔽物として利用すれば、多少は狙いを絞りにくくなることだろう。
無論、相応のリスクを背負うことになるが、四の五の言っていられない。
「斬り、開く!」
斬法――剛の型、扇渉。
大きく踏み込んでの一閃によって、擦れ違った相手を纏めて斬り裂く。
敵が密集しているだけに、後ろ側の悪魔はこちらの姿を完全に捉え切れてはいない。
故に、隙間を縫うように移動した場合、相手の反応が一瞬遅れるのだ。
これを利用し、足などだけを斬って行動不能にしつつ、隙間を駆け抜けながら先を急ぐ。
だが当然、勘のいい相手はこちらの動きを遮るように前を塞ごうとし――
斬法――剛の型、扇渉・親骨。
強く踏み込むと共に、前進の勢いの全てを刃へと伝えて薙ぎ払う。
こちらの道を塞ごうとした二体の悪魔、その胴を纏めて両断し、派手に血と臓物を撒き散らす。
刃についた血脂は振るい落とし、俺は崩れ落ちる悪魔の体を足場に跳躍した。
(敵の密集度が上がっている。近付いてきたからか、それともゲートの破壊を防ぐためか。どちらにしろ、まともに相手をしていたら時間がかかりすぎる)
集落へと向かう悪魔を防ぐために正面から相手をしていたが、この位置からならば集落へ辿り着くまでに多少の時間がかかる。
ならば、この場でこいつらの注意を引きつつ先へと進めば、集落への影響は最低限にとどめることができるだろう。
歩法――渡風。
元より、敵が密集しすぎていて間碧で通り抜けることも難しくなってしまっていた。
であれば、こうして奴らの体やら周囲の木々やらを足場にして走り抜けた方が手っ取り早い。
(緋真が持っていた空中ジャンプのスキル、俺もさっさとあそこまで成長させたいところではあるんだがな……)
通常スキルの中でも、あれは特に利便性が高い。
俺もさっさとスキルを進化させたい所ではあるが、地道に使って行くしかないのだ。
とにかく、悪魔たちの肩や頭を足場にしつつ、森の奥へと一気に駆け抜ける。
敵があまりにも多く、動きづらい状況。魔力の流動も多く、周囲の状況は把握しづらい。
だが、それでも――
「捉えた……《蒐魂剣》!」
ゲートの放つ異様な魔力、それはこの状況の中ではかえって目立つ。
その魔力へと向け、俺は《蒐魂剣》を発動しながら飛び込んだ。
視界に入るのは、今なお悪魔を放出し続けている黒い穴。そこへと向けて、俺は蒼い輝きを纏う刃を振り下ろし――周囲から、殺気が膨れ上がる。
「――――ッ!」
やはり、こちらのことを待ち構えていたか。だが、それらを無視してでもこのゲートは破壊する。
全方位からこちらへと放たれる魔法、その一切を無視してゲートを破壊し――着地と共に、頭上にあった木へと鉤縄を放った。
そして引っかかったそれを強く引き、枝のしなりを利用して大きく跳躍、こちらへと攻撃してきた悪魔たちの配置を把握する。
向こうもこちらの動きを捉えており、再び頭上へと向けて魔法を放とうとするが――
「《練命剣》、【命衝閃】!」
俺は木から飛び降りると共に、長大な槍と化した生命力の刃を突き出した。
突如として伸びたリーチに対応しきれず、並んでいた二体の悪魔は槍によって貫かれ、内側から膨れ上がった生命力によって爆散する。
それによって包囲の一角を突き崩した俺は、消滅しかかった槍を地面に突き刺しながら、弧を描くように地面に着地し、刃を構え直した。
「チッ……今ので死なないとか。滅茶苦茶な動きしやがって」
「爵位悪魔か。待ち構えているとは、行儀のいいことだな」
現れたのは、手に弓を持った緑の髪の男。
恐らくは、森の中で攻撃を仕掛けてきたのもこの悪魔だったのだろう。
その姿からも、コイツが悪魔であることは分かっている。恐らくは伯爵級、倒せない相手ではないだろうが、状況は良くない。
「まあいいや、こうしてお前をおびき出すことはできた。魔剣使い……お前はここで死んで、仲間が蹂躙される様を眺めていればいいさ!」
「成程……誰の入れ知恵かは知らないが、少しは頭を使うことを学んだようだ」
周囲を包囲するという方法での奇襲といい、今回の悪魔は以前よりも策略に富んだ動きが見える。
果たして、これを主導している存在は何者なのか。
分からないが、警戒を絶やさずにおいた方が良さそうだ。
「伯爵級六位、ラキュラーズ。僕の手でお前をハリネズミにしてやるよ!」
「悪いが、あまり時間を使っている場合でもない。さっさと殺して、先に進むとしよう」
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
滅殺の決意と共に、そう宣言する。
爵位の有無など関係なく、悉くを斬り捨ててやることとしよう。