507:包囲
『森の中にゲート、ですか』
「ああ。突然ここに大量の悪魔が出現した理由は判明したな」
『そうですね。しかし……問題はそこじゃない』
俺が上げた報告に、アルトリウスは硬い声音で答える。
少なくとも、通話越しには動揺している気配は見えないし、一応は予想していた事態の一つなのだろう。
だが、だからといっていい状況であるとは言えない様子だ。
「近場から戦力が供給され続けるわけだからな。拠点確保を行う上ではかなり邪魔になるだろ」
『無論、それもあります。ですが、一番の問題は……これが集落の中ではなく、森の中に隠されるように存在していたことです』
「おん? どういうことだ?」
確かに言われてみれば、戦力輸送という面ではゲートを集落の中に置いておいた方が都合がいいはずだ。
その場合は即座に発見、破壊となっていただろうが、十分すぎる戦力を送り込むことはできていただろう。
だが実際には、ゲートは森の中に設置されていた。集落からは少し離れた、輸送には少し手間がかかるような位置で。
その意味を、アルトリウスはこう指摘する。
『ゲートが森の中に設置されていた理由を、僕たちから隠すためであると仮定すると、悪魔は僕たちにゲートを破壊させないように立ち回っていたということになります。つまり、このゲートは戦力を送り込んだ今の状況で役目を終えているわけではなく、これからも戦力を送り込んでくることになるでしょう』
「ああ、そうだな。だから戦力の供給は厄介だって話だったんだが……」
『問題は供給の仕方です。森の中ということは、供給された戦力を隠すことができます。そして、隠したまま広く展開させることも可能です』
「それはそう、だ、が……」
アルトリウスが言わんとしていることを理解して、俺ははっと目を見開き周囲へと視線を走らせた。
霊峰の麓、森を切り開いて作られた集落。ここは、周囲を森によって囲まれている。
それは即ち――
「奴ら、俺たちを此処に誘い込んだと言うのか!?」
『僕たちがここを確保しようとすることは明白でしたし、罠を仕掛けている可能性は考慮していました。しかし……まさか、この土地そのものを一つの罠にしているのは予想外でしたね』
「おいおい……お前さんが想定していなかった事態だってのか?」
『可能性は考えていましたが、実行に移しているとは思いませんでしたよ。とにかく、ゲートの発見と破壊が急務です。こちらからも斥候部隊を出して、位置の特定を急ぎます』
「それは……」
確かに、そうする必要はあるだろう。
だが、それでは中央の戦力を減らすことにもなるし、広い森の中を捜索するのは時間がかかる。
その間に、ゲートから戦力を展開され、包囲戦に移る可能性は否定できない。
場当たり的な対応では、後手に回り続けてしまうことだろう。
『……エレノアさん?』
「ん? エレノアがどうした?」
『あ、いえ。こちらに直接話しかけてきたので……はい。それはまた……可能なんですか?』
どうやら、事態を察したエレノアが、アルトリウスと直接話をしているらしい。
それならグループチャットでも繋げばいい話なのだが、急ぎで伝えようとしているのだろう。
さて、果たしてあいつはどのような提案を持ってきたのやら。
『……クオンさん。今から『エレノア商会』の建設部隊がそちらに行きます。すぐにでも建設を開始するそうです』
「は? いや、まだ悪魔が結構いるぞ?」
『防御部隊も随伴させます。早急に建造したいものがあるそうです』
「早急にって……いや、それが効果的だと判断したのなら協力するが」
建設部隊ということは、何かしらの建造物を作成するということだろう。
元々は石板を護る建物を建設するためのメンバーだろうが、果たして何を造るつもりなのだろうか。
というか、短時間で効果のあるような建物を造ることができるのかも謎だ。
まあ、エレノアも無駄なことをするような人間じゃない。何かしらの策があっての話なのだろう。
『こちらからもできることを進めておきますが、緊急の案件が出れば追って連絡します。それまでは、いつも通りの対処を』
「了解した。とりあえず、この辺りにいる悪魔をどかしておく」
エレノアが何をするつもりなのかは知らないが、何かを造ろうとしている以上は悪魔の存在が邪魔になる。
早急にこの周囲の悪魔を片付け、エリアを確保しておくべきだろう。
さて、そうと決まれば話は単純だ。目についた悪魔を斬る、ただそれだけでいいのだから。
「お前たち、派手に暴れろ! この周囲に悪魔を近づけるな!」
俺の号令を聞き、テイムモンスターたちは威勢よく咆哮しながら周囲への攻撃を強めていく。
広範囲への攻撃については、俺よりもこいつらの方が遥かに優秀だ。
シリウスが全身を使って悪魔たちを磨り潰し、ルミナは召喚した精霊たちと共に多数を相手取りつつ、残ったものを走り回るセイランが撥ね飛ばす。
それでも合間を縫ってこちらに近寄ってくる悪魔はいたが、ダメージを受けているような連中など、テクニックを使うまでもなく普通に斬り捨てれば済む話だ。
そうして少しずつ悪魔の群れを後退させ――そこに、パルジファルたちによって護衛された地妖族の一団が到着した。
意外なことに、エレノアもそれに随伴してきたようだ。
「お待たせしたわね。クオン、ここが石碑のあった場所でいいの?」
「ああ、その通りだが……何をするつもりなんだ? 石板を設置するんじゃないのか?」
「それもやるけど、まずは悪魔を排除することが先決でしょう? そうなると、例のゲートを探さないといけないから……貴方たち、仕事を始めて。パルジファルさんにはお世話になるけど、彼らを護ってくれるかしら」
「ええ、それが我らの仕事ですから」
鷹揚に頷くパルジファルの横で、『エレノア商会』のメンバーはすぐに作業を開始する。
例のクレーターではなく、その横にあった地面に何かを造り始めたようだが、何をしようとしているのかと観察している間に整地が完了してしまった。
あっという間に平坦になった地面には、クレーターの痕跡など全く残っていない。
その上で早急に地盤が整えられていくのを眺めつつ、俺はエレノアへと問いかけた。
「それで、結局何を造るんだ?」
「急いで造れて、効果が高いもの。結論から言ってしまえば、物見櫓ね」
「物見櫓? 今更そんなものを造って、何か意味があるのか?」
確かに、悪魔の様子を確認するためには有用だろう。
しかし、それが攻めてくる悪魔やゲートの探索にそこまで効果的であるかと問われれば、首を傾げざるを得ない。
そんな俺の疑問に対し、エレノアは小さく笑みを浮かべつつ説明を続けた。
「貴方は基本的に外で戦っているから、建物効果はあまり気にしたことがないのでしょうね」
「建物効果?」
「簡単に言ってしまえば、一部の建物には特殊な効果が付与されているのよ。教会の中だと聖属性魔法の効果が高まるとかね」
「成程? 砦とかにもそういう効果があったのか」
「勿論……と言いたいところだけど、プレイヤーメイドの建造物で効果が出始めたのは最近ね。これもテクニックの一つだから」
あっという間に土台が完成し始めている建築模様を横目に眺めつつ、エレノアの言葉に頷く。
生産職のスキルも中々に興味深いものだ。装備に対しての付与効果は体感したことがあったが、まさか建物にもそのような効果があったとは。
「それで、物見櫓の効果は?」
「索敵、探索系スキルの強化。特に、櫓が高ければ高いほど効果を発揮するわ」
「……つまり、この櫓を造って、上からゲートの位置を探るって言うのか。この広い森をカバーできると?」
「どの程度の距離まで伸ばせるのかは検証済みよ。ゲートも、結局は魔法であることに変わりはなさそうだから、探知する手段はあるわ」
「今、団長が高玉を呼び出しています。高所から索敵し、狙撃するのであれば彼が適任でしょう。魔法破壊も持っていますから」
横から補足したパルジファルの言葉に、納得して頷く。
成程確かに、それならば闇雲に探し回るよりもやり易くなるだろう。
問題があるとすれば――
「……木製の櫓が、攻撃を受けた時にどこまで耐えられる?」
「耐久度は度外視、索敵性能に全振りした建築よ。残念だけど、攻撃を受けたらあっという間に壊されるわ」
「また無茶なことを……」
地上はパルジファルたちがいるため安心できるが、高い建物になる以上、上空についても防御が必要だ。
数が少ないとはいえ、空を飛ぶ魔物や悪魔も存在している。
それらから狙われれば、一瞬で櫓を破壊されてしまいかねない。
「その辺りは、貴方のテイムモンスターたちに期待するわ。とにかく、ゲートを破壊するまで持ってくれればいい。今はそれが最優先よ」
「致し方ないか……」
面倒だが、周囲を際限なく増え続ける悪魔に包囲されるよりはマシだ。
今はとにかく、この建築を邪魔されぬように悪魔を片付け続けることとしよう。