506:悪魔の作戦
混乱している敵陣を、縦横無尽に飛び回るルミナとセイランが蹂躙する。
特に、嵐を纏いながら走るセイランは、その体当たりだけで悪魔たちを撥ね飛ばしている。
混乱していない状況であればセイランの動きを阻害することもできたかもしれない。
だが、陣ごと混乱している今の状況では、暴れ回るセイランを押しとどめることはまず不可能だろう。
ルミナにしても魔法と武器を交えて自由に飛び回り、囲まれぬよううまく立ち回って悪魔を蹂躙している。
数は多いため油断はできないが、こいつらが完全に動きを止められてしまうということは無いだろう。
そして何よりも――
「ガアアアアアアアアッ!!」
「……まだ怒ってるのかお前は」
爪と牙と尾、その全身を使って暴れ回るシリウスが、悪魔たちの混乱を助長している。
どうやら、魔法によって攻撃を受けまくったことが腹に据えかねているらしく、怒りのままに暴れ回っている。
多少攻撃を受けたとしても、シリウスはまるでダメージを受けていない。
きちんとした魔法を受ければダメージも蓄積するだろうが、シリウスだけではなく他のプレイヤーも集まってきている現状、そんな攻撃が何度も飛んでくるようなことは無い。
結果、怒りのままに暴れ狂うシリウスは、多数の悪魔をその刃によって引き裂いているのだ。
巨体も相まって、今のシリウスは最も多くの悪魔たちを屠っている状態だろう。
(それはいいとして、だ……アルトリウスのやつ、何かを警戒してやがるな)
シリウスのブレスを皮切りに、俺たちが斬り込み隊長として敵陣を混乱させ、プレイヤーが入り込む余地を作った。
その機を見逃さず、アルトリウスはプレイヤーを一気に前進させ、集落跡地の制圧を開始している。
だが、その中にありながら、アルトリウスの動きは早くない。
何かを待ち構えているかのように、周囲を注意深く観察しているのだ。
(ここで待ち構えていた指揮官の悪魔か、それとも……ダメだ、他の要素は思い当たらん)
アリスからも報告はないし、今のところここにいたと思われる指揮官の悪魔の存在は捕捉できていない。
隠れているのか、逃げたのか――流石に爵位悪魔だろうと思うし、暴れ回るシリウスに巻き込まれたとしても一発で即死するようなことは無いだろう。
であれば、そいつは今どこに潜んでいるというのか。
作戦が順調に進んでいるだけに、その沈黙は一層不気味であった。
「ま、やれることをやるしかないか……シリウス、あっちだ、突っ込め!」
「グルルルルルッ!」
俺の指示を聞き、シリウスは頭部の角を突き出しながら思い切り地を蹴る。
全身が刃で構成されているシリウスは、ただの突撃であろうとも無数の斬撃を伴うことになるのだ。
シリウスの突進に巻き込まれて轢き潰され、斬り裂かれた肉片が飛び散る中、俺はシリウスの後を追って敵陣のど真ん中へと走り出す。
目指す場所は、この集落の中央部。最初に石碑が立っていたと思われる、あのクレーターがあった場所だ。
今回の作戦の要となる石板を設置する場所はそこであり、まずはその場所を制圧しなければならない。
そのためにも、まずは敵陣深くに斬り込む目的でシリウスをけしかけたのだ。が――
「――グガッ!?」
――勢いよく進み過ぎたシリウスは、目的地であるそのクレーターに足を引っかけ、盛大に転倒した。
地面に転がったシリウスであるが、その勢いが完全に殺されたわけではない。
当然、地面を転がることになるわけだが、シリウスの巨体はただそれだけで一つの凶器だ。
巨体と重さ、そして刃のような鱗に押し潰された悪魔たちは、まるで直接おろし金にかけられたかのような様相だった。
何ともえげつない死に様には思わず同情してしまったが、数だけは多いアルフィニールの悪魔であるし、あまり気にすることでもないのだろう。
「そら、さっさと体勢を立て直せ! 《練命剣》、【煌命閃】!」
とはいえ、そのまま転がっていれば集中攻撃を受けてしまう。
そのフォローをするためにも、俺はシリウスへと攻撃を仕掛けようとしていた悪魔を纏めて薙ぎ払った。
大きく軌跡を広げる生命力の刃は、餓狼丸の攻撃力上昇も相まって、ただそれだけで防御していない悪魔を纏めて両断できる威力と化している。
きちんと防御魔法を使ったアークデーモンは生き残っているが、元の数と比較すれば雀の涙だ。
「『生魔』」
無論、そいつらとて放置することは無い。
《蒐魂剣》を付与した一閃で刀を返せば、咄嗟に張った程度の障壁など容易く貫き斬り裂くことができる。
衝撃にたたらを踏んでいた悪魔を袈裟懸けに斬り捨てて、シリウスが起き上がるまでの時間を稼ぐ。
多少攻撃は受けた様子であったが、起き上がる時に体を大きく振るったおかげで、またも周囲の悪魔を斬り裂いている。
特にあの大きい翼は、側面が非常に鋭い刃と化している。飛びながら擦れ違った相手を両断できる鋭刃は、犬が体を震わせるような動作でも十分すぎる凶器となるのだ。
(シリウスはこのまま適当に暴れておけばいい。ルミナとセイランも近付いてきているし、中心地でも十分に押し留められる。それに……アルトリウスが、この動きを見逃す筈がない)
そう考えた直後、後方のプレイヤーたちの気配に変化が生じる。
先陣を切ってやってきたプレイヤーたちが前線を押し上げ、それと共に一部の高い機動力を持つ面々が敵陣へと突撃を敢行し始めたのだ。
特に目立っているのは、グリフォンに騎乗して駆け回っているラミティーズだろう。
遠目であるためワイルドハントになっているのかどうかは良く分からないが、彼女であれば強い進化を諦めるようなことはあるまい。
歓声を上げながら悪魔の群れを撥ね飛ばすその姿を横目で捉えつつ、こちらを押し返そうとする動きを見せる悪魔へと刃を振り下ろす。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
瞬間、溢れ出した黒い風が、悪魔たちの生命力を纏めて吸収した。
先ほどから使っていた《練命剣》のHP消費を一気に帳消しにしつつ、一気に消耗を強いる。一石二鳥の攻撃だ。
そして、その様子を捉えていたらしいルミナは、跳躍と共に光の魔法を放って、俺の前にいた悪魔たちを一網打尽にしたのであった。
HPが減っていたこともあり、軽い範囲魔法で一掃できてしまったようである。あいつも、中々に視野が広くなってきたものだ。
獲物を取られてしまったことには苦笑しつつも、その成長ぶりに満足して頷く。
と――耳元に聞き慣れた声が届いたのは、そんなときであった。
『クオン、報告よ。話す余裕はあるかしら?』
「アリスか。何かあったか?」
『一部の悪魔が群から離れるような動きをしていたから、追跡していたのよ。標的がいるかもと思って』
アルフィニールの悪魔たちは、基本的に敵と見るや一直線に襲い掛かってくる者ばかりだ。
それがまさか、撤退するような動きを見せるものがいるとは。
確かにアリスの言う通り、上位の悪魔による干渉がある可能性は否定できまい。
「それで、爵位悪魔でも見つけたのか? もしや仕留めたとでも言うつもりか?」
『いいえ、デーモンナイトも見つけられていないわ。見つけたのはもっと別のもの』
「……何があった?」
『以前見かけたでしょう、悪魔が湧きだしていた穴。転移の魔法っぽいアレよ』
その言葉に、俺は思わず眼を見開いた。
以前発見し、結局破壊する以外に取れる手段がなかった転移の魔法。
恐らくは、悪魔が戦力を送り込むために利用するゲートだろう。
「どこにあった?」
『位置的には……集落から離れた森の中ね。追っていた悪魔はこの中に消えたわ』
「そうか……お前さんは魔法破壊のスキルは持っていないからな。位置だけマークしておいてくれ」
『了解。そっちに戻るわ』
「いや、他にも同じものがないか探してくれ。これは、ちょいと厄介なことになってきたぞ」
この場所に、急激に悪魔が増えた理由については理解できた。
問題は、そんな近場にゲートが設置されているということである。
悪魔を押しとどめ、石板を設置して結界を構築しなければならないというのに、無尽蔵に戦力を追加され続けるなど堪ったものではない。
それに――最悪の予想が当たっているのであれば、これはそれよりも更に厄介な状況であると断言できてしまう。
(アルトリウスのやつ、やたらと慎重に動いていたが……これも見越していたか?)
どうなのかは分からないが、何にしてもこれはさっさとアルトリウスに報告しなくてはならない。
これがもし、悪魔の作戦であるというのであれば――
「……下手をすれば、全滅の可能性もあるぞ」
舌打ちを零しつつ、俺はアルトリウスへと通話を繋げたのだった。