504:配置変更の理由
こちらに近づいてきたパルジファルの姿を見て、俺は一旦前線から下がった。
戦闘の効率は落ちてしまうが、緋真やセイランたちが前に出ているから問題は無いだろう。
伝令という可能性もあるが、それならわざわざパルジファルに任せるような真似はしないだろう。
彼女ほどの実力者を前に出してきたということは、アルトリウスには相応の理由がある筈だ。
そう思いつつパルジファルに近づけば、彼女は若干驚いた様子でこちらを認め、声を上げた。
「すみません、クオン殿。邪魔をするつもりはなかったのですが」
「いや、別に構わんさ。正直、拍子抜けな状況だったからな」
もっと大量の悪魔が襲い掛かってくるかと思いきや、出てきたのは大したことのない数。
あれでは、簡単に迎撃できてしまう。緋真たちが前線に出ている現状、俺までそこに加わってしまったら過剰戦力にしかならないだろう。
であれば、敵が増えるまでにパルジファルの話を聞いておいたとしても無駄にはなるまい。
「それで、何だってお前さんらが前に出てきたんだ? 『エレノア商会』の護衛だっただろう?」
「ええ、その通りなのですが……団長から、前線の様子がおかしいから前に出て欲しい、と」
「ふむ……流石に、耳が早いな」
アルトリウスも、敵の出現数の少なさに気づいたのだろう。
斥候からの報告にしては早すぎる。最初から全体を俯瞰して観察していたとでも言うのか。
そう考えつつ上を見ると、上空を旋回している鳥の魔物の姿が目に入った。
印象が薄いが、アルトリウスは真龍を育てる際に《テイム》のスキルを取得している。
そのテクニックを用いて、上空から情報を集めているのかもしれない。
「で、アルトリウスは今の状況が異常だと考えているのか」
「そのようです。敵がもっと出現することを想定していたのに、その予想を外れる事態が起きていると」
想定よりも楽に進める状況であるし、好都合であると受け入れてしまう者もいるだろう。
だが、アルトリウスはそれに対して警戒心を露わにしている。
それは勘か、或いは情報から鑑みた予想か――どちらにせよパルジファルを前に、しかも俺たちが戦っている位置に前進させたという判断は、決して無視することはできない。
「……分かった。俺は予定通り、シリウスと共に森を切り開く。そっちは不測の事態に備えていてくれ」
「了解しました。ご武運を」
「今のところ、そこまで言うほどの話でもないんだがな」
仰々しいパルジファルの言葉には苦笑を返しつつ、俺は再びシリウスの傍に近寄った。
悪魔の出現数が少なかったため、あまり時間もかからずに前線の制圧が完了してしまったのだ。
他のプレイヤーも悪魔を押しとどめることに成功しているし、そろそろ先に進んでもいいだろう。
「行けるか、シリウス?」
「グルルッ」
どうやら、シリウスの方も準備万端であるらしい。
想定していたよりもペースは早いが、のんびりしている理由もないし、さっさと先に進むとしよう。
再び魔力を滾らせ、尻尾の先へと集中させたシリウスが前へと進み出る。
隣のパルジファルはじっとその姿を眺めているが、それはドラゴンに憧れているというより、シリウスの動きを観察しているように見える。
「シリウスに興味があるみたいだな」
「ええ、団長の真龍とはまた異なるタイプのドラゴンですから。それに――ああいった大型の魔物の戦闘スタイルは、幾ら観察しても損はありませんから」
「真面目なことだな」
シリウスとの直接戦闘を想定してるわけではないだろうが、物理攻撃タイプの亜竜の戦い方の参考にはなるだろう。
俺としても、パルジファルがシリウスと戦うとしたらどのような戦法を取るのかは気になるが、流石に今そんな悠長な話をしている暇はない。
尾から魔力を滾らせたシリウスは、他のプレイヤーが周囲から退避したことを確認すると、再び《魔剣化》によって前方を一気に薙ぎ払った。
空間すらも歪ませる魔力の斬撃が前方を薙ぎ払い――その奥で、強い魔力の気配が立ち上った。
「……! パルジファル、見えているか?」
「はい、前に出ます!」
恐らく同時に気が付いたのだろう、部隊を引き連れたパルジファルが前へと向けて走り出す。
しかし、それよりも速くその先にあった魔力の気配が膨れ上がった。
何があったのかは想像がつく。恐らくは待ち伏せだ。どの程度のレベルかは分からないが、指揮能力を持った悪魔が俺たちの接近を待ち伏せていたのだろう。
そして、近付いてきた所での一斉攻撃だ。まともに受ければ、こちらとて無事では済むまい。
パルジファルならばそれらも耐えられるだろうが、最前線まで出るには若干の時間がかかる。
ならばまずは――
「シリウス、《移動要塞》!」
「グルゥッ!」
俺の声に応え、シリウスは翼を畳んでその場に深く身を沈める。
地面に爪を突き立て、鱗はさざめきながら体に張り付くよう形を変え、その身を巨大な要塞へと変貌させる。
成長と共に見出した、防御に特化したスキル。シリウスがその体勢を取った瞬間、緋真たちはすぐさまその後ろへと避難した。
そして――その直後、森の奥から無数の魔法が打ち放たれた。
「ッ……!」
飛来したいくつもの魔法が、その身を盾としたシリウスを打ち据える。
物理攻撃には滅法強いシリウスであるが、魔法はあまり得意とはしていない。
無論、元々の体力がかなり高いため、多少受けたところで問題にはならないが、流石にこの量を受けきるのは難しい。
徐々に削れていくシリウスのHPに、思わず舌打ちしながらも前に出て――その瞬間、前を走っていたパルジファルの姿が消失した。
「《カバーシフト》――繋げよ、《フォート・ファランクス》!」
否、消えたのではない。パルジファルとそのパーティメンバーは、スキルの効果によってシリウスの前面に転移したのだ。
そして、そのパーティメンバーの全員が、同時に防御のスキルを発動する。
恐らく、複数発動によって効果が上昇する防御スキルである《フォートレス》の上位スキル。
それによって出現した、巨大な紋章のエフェクトは、無数に襲い掛かる悪魔たちの攻撃を余すことなく受け止めてみせた。
「流石……!」
シリウスが削られるほどの攻撃に晒されて尚、パルジファルは小揺るぎもしていない。
あの小さな身でありながら、防御力だけで見ればシリウスすらも凌駕しているのだ。
シリウスにはタンクとしての役割を期待していることは事実だが、流石にあれほどのレベルを求めることは不可能だろう。
全てを防御に特化したプレイヤー、それこそが彼女であり、その部隊メンバーなのだから。
パルジファルたちが攻撃を防いでくれている隙に、ルミナがシリウスの体力を回復させている。
この攻撃の雨が止みさえすれば、また打って出ることも可能だろう。
だが、あまり長々とそれを待ち続けるのも面倒だ。
ようやくシリウスたちのところまで到着した俺は、盾を地面に突き立ててスキルを展開しているパルジファルへと声をかけた。
「感謝する、パルジファル。おかげでうちの仲間が助かった」
「いえ、これが我らの役目ですから。しかし……どうやら、とんでもない数で待ち伏せをしていたようですね。攻撃が止む気配がありません」
「だな……スキルの発動限界まで粘るつもりか。パルジファル、このスキルは内側からの攻撃はどうなる?」
「弾きますが、通り抜けることは可能です」
「成程、了解だ」
流石に、内側からの攻撃を素通しにすることはできないらしい。
だが、体は通り抜けることができるのであれば十分だ。
手だけを外に出して魔法攻撃、なんてこともできるのだろうが――ここでやることは決まっている。
「シリウス、回復は済んだな? 存分にやり返してやろうじゃないか」
「ガアアッ!!」
どうやら、何発も攻撃を受けたことを腹に据えかねているらしい。
獰猛に吼えたシリウスは、その瞳を戦意でぎらつかせながら首肯した。
これならば、存分に力を発揮してくれることだろう。
「でも先生、どうするつもりですか? 敵のいる位置、結構距離があると思いますけど」
「まあな。まず必要なのは、敵陣を混乱させることだろうよ」
森が開けたことで見えてはいるが、あの集落の跡地にはかなりの数の悪魔がひしめき、こちらへと向けて絶えず魔法を放っている状況だ。
一体の強力な悪魔の攻撃であれば、その切れ目を縫って接近することはできただろう。
だが今は、手数による攻撃を受けている。この状況のまま接近することは困難だ。
故に――
「シリウス、その障壁から首だけ出して、あいつらにブレスを叩き込んでやれ」
俺の指示を聞いたシリウスは、のそりと首を伸ばして障壁から頭だけを外に出す。
もちろん魔法が命中するが、多少当たった程度ならばシリウスにとって痛手にはなり得ない。
そして――
「――――ガアアアアアアアアッ!!」
多少の攻撃など一切無視したシリウスは、そのまま強引に衝撃のブレスを撃ち放った。
逆巻くような衝撃波は飛来する魔法を巻き込み、蹴散らしながら、一直線に悪魔の群れへと殺到する。
シリウスのブレスの直撃を正面から受けた悪魔たちは派手に吹き飛び――
「《蒐魂剣》、【断魔鎧】」
「っ、クオン殿!?」
歩法――烈震。
それを目にした俺と緋真は、障壁から飛び出して一気に走り出したのだった。





