503:強制伐採
切り倒された木々を強引に踏み越え、森だった場所へと足を踏み入れる。
集落に近づいてきているため、悪魔の出現数は非常に多く、中々に面倒な状況ではあった。
だが、それでも視界の悪い森の中で攻撃されるよりは遥かにマシだ。
木々が切り倒されたことによって、視界は十分に開けている。
今の状態であれば、近付いてくる悪魔の姿を捕捉することなど容易い。
問題があるとすれば、倒れた木々が折り重なっていることで、非常に足場が悪くなってしまっていることぐらいだろう。
(まあ、それが問題なのは前に出ている俺たちぐらいだが)
後方へと視線を向けると、倒れた木々を回収して回っている生産職の姿が目に入る。
彼らにとっては、こうして切り倒した木々も素材の一つなのだ。
どうやら、斬ったばかりの木々を材木に変えるためのテクニックもあるらしく、こうして進んでいる間にも木々は様々なサイズの材木へと変換されて行っている。
まだまだ敵も襲ってきている状況だというのに、何ともたくましいことだ。
あれを集落を再建するための資材とするのだろうが、流石に量が多すぎやしないだろうか。
まあ、足りないよりはマシなのだろうが。
「さてと……シリウス、そろそろ行けるか?」
「グルゥ!」
《魔剣化》は消費とクールタイム、どちらの観点からも連発できるようなスキルではない。
しかし、そのクールタイムもそろそろ終わったことだろう。
俺の問いに頷いたシリウスは、地を揺らしながら進み出て、まだ切り倒されていない木々の前に陣取る。
『前方にいる方々は退避を! もう一度木々を切り倒します!』
そして、それを見計らっていたかのように、拡声器を手にしたアルトリウスの声が響く。
まあ、俺たちは最前線にいるため、俺たちより前にいるプレイヤーはほぼ存在しないだろうが、一応念のためだ。
流石に、シリウスの攻撃に巻き込まれれば、通常のプレイヤーでは耐えることは難しいだろうしな。
一応三十秒程度待機して、特に問題ないことを確認し、シリウスに合図を送る。
それを受けたシリウスは、再び尾を構えながら大量の魔力をその刃へと集中させた。
輝く魔力に覆われる尾は、触れただけで腕など千切れ飛んでしまうほどに刺々しい力に満ちている。
そんなシリウスの尾は、大きく弧を描くように、切っ先へと遠心力を存分に伝えながら振るわれた。
「ッ……!」
びりびりと、肌を叩くような魔力の波動。
以前からやっていたが、シリウスが使っている輪旋を模した一撃は、そこそこに完成度を上げてきている。
今の一撃は、攻撃の破壊力を増すという意味では十分なものになっているだろう。
尤も、今のシリウスでは静止した状態から集中して放ってようやく、といった状態だ。
実戦の中で放つには、まだまだ修練が必要だろう。
「しかし、キルスコアはシリウスが一番だろうな」
空間すらも断裂させる斬撃。そのエネルギーに巻き込まれ、森の中に潜んでいた悪魔たちは一瞬で黒い塵と化す。
それはまるで、木々が倒れた瞬間に黒い粉塵が舞い上がったかのようであった。
消滅していく悪魔たちは、果たしてどれほどの数がいたのか。分かったものではないが、このままシリウスに負けている状況というのも面白くない。
故に、俺はシリウスに声をかけつつ前へと足を踏み出した。
「よくやった。クールタイムが終わるまでは休んでおけ」
《魔剣化》は消費が重いスキルではあるが、流石に一発でMPが枯渇するということは無い。
一発撃った程度ならば、MPの回復は必要ないだろう。
とはいえ、このままシリウスを暴れさせると再びMPを消費してしまうことになる。
シリウスとしては暴れたい所だろうが、ここは我慢して貰うこととしよう。
「さてと……多少は質もマシになってきたかね?」
森を大きく切り開いたことで、麓の集落へ一直線に進むことができている。
だが、それはつまり、悪魔の群れの中心へと近づいてきているということでもあるのだ。
そうなれば、アルフィニールの悪魔たちはこちらに反応して殺到してくることとなるだろう。
奴らは殆ど指揮に則った集団行動という概念はない。数があればあるだけ、真っすぐに襲い掛かってくるだけだ。
ならば、それを斬って捨てるのが俺の仕事である。
「《蒐魂剣》」
木々の間から飛来した風の魔法を打ち消して、倒れた木々を足場にしつつ森の境界へと向かう。
シリウスの攻撃範囲に巻き込まれなかった悪魔は当然ながら健在で、尚且つ逃げることなくこちらへと向かってくる。
その姿に、俺は思わず眉根を寄せた。
「思ったより数が少ないな……?」
集落に近づけば近づくほど、敵の数は多くなるはずだ。
これまでのアルフィニールの悪魔たちの性質を考えれば、そうなっていたとしても不思議ではない。
だが、今回はここまで出現してきた悪魔とそう数は変わらない。
もっと大量の悪魔が襲ってくることを予想していたのだが、これでは拍子抜けだ。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
とはいえ、やることに変わりはない。まずは手始めに、正面から飛び出してきたデーモンへと生命力の刃を飛ばす。
威力は通常の攻撃と大差はないが、今の俺の攻撃力は十分すぎるほどに高まっている。
案の定、横薙ぎに振るわれた黄金の軌跡は、あっさりとデーモンの太い首を斬り飛ばした。
「ふッ」
歩法――陽炎。
そして、その後を追うように、緩急をつけながら別の悪魔の前に移動する。
そのアークデーモンはこちらへと向けて武器を振り下ろしてくるが、陽炎を使うこちらの動きを捉え切れず、地面を叩く。
「『生奪』」
斬法――剛の型、刹火。
その一撃に合わせた一閃は、アークデーモンの腕を一撃で斬り飛ばした。
痛みに喚く悪魔に、しかし追撃はせずに異なる標的へと刃を向ける。
予想より少ないとはいえ、それでも数は多い。あまり一つの相手に拘泥していれば、他から攻撃を受けかねない。
「《練命剣》、【命輝閃】」
横へと移動しつつ、刃を振るう。
相手の姿を目にする必要もない。その気配は既に捉えているのだから。
横薙ぎに振るった刃は、俺が見ていないからと大振りになったアークデーモンの胴を捉え、そのまま真っ二つに両断した。
それとタイミングを同じくして、視界の端ではこちらに近づこうとしていた悪魔が崩れ落ちている。
どうやら、アリスがこちらの援護に戻ってきたらしい。
「全く――」
この程度ならば、俺一人でも問題ないことは分かっているだろうに。
思わず苦笑を零しつつ、俺はそちらを巻き込まぬようにしながら刃を振るった。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
斬法――剛の型、輪旋。
刃が弧を描くと共に、生命力の刃が広がる。
広範囲を薙ぎ払うその一閃は、二体の悪魔を巻き込んで強引に両断してみせた。
これで近寄ってきた悪魔は半壊。やはり、これまでを考えると数が少なすぎる。
「アリスまでこちらに来ているとなると、一分と経たずに終わりそうだな」
せっかく前に出てきたというのに、これでは張り合いがない。
どうしたものかと眉根を寄せ――俺はふと、後方から近づいてくる音に気が付いた。
ちらりと視線を向ければ、そこには待機するシリウスの巨体と、その横を通り抜ける六人の騎士の姿。
「パルジファル……?」
その先頭に立っているのは、他でもない女騎士パルジファルであった。
生産職を護っていた彼女がこちらに来たのは、果たしていかなる理由なのか。
後方の気配を気にしつつも、俺は眼前の悪魔へと刃を振り下ろした。