502:斬り込む刃
正直なところを言えば、最早デーモン程度の相手であれば魔法による強化は必要ない。
アークデーモンが相手であったとしても、アルフィニールの悪魔であればスキルを使わずに倒し切れてしまえるほどだ。
無論、効率的に倒すという観点で言えば使った方がいいし、スキルの成長にも繋がるので使ってはいるのだが。
問題があるとすれば――
(あっさりと倒せてしまって面白くないんだよな)
アルフィニールの悪魔は、いかなる能力を使っているのかは知らないが、強さという面では大したことは無い。
無論、魔法は使うし武器も使う、ステータスも十分に高いはずなのだが、どうにも動きが単調なのである。
経験が浅い、と言うべきか。状況に対する対応力が磨かれておらず、少しフェイントを交えるだけで動きが鈍るのだ。
動きが機械的であると言い換えてもいい。とにかく、アルフィニールの悪魔は個体での強さは脅威とはなり得ないのだ。
無論のこと、数の多さが厄介であることは紛れもない事実であるため、決して油断ができる相手というわけではないのだが。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
結局はいつも通りの強化を施している状態で、黒い風を放つ。
流石に色々と制限が発生するため《夜叉業》は使用していないが、それでも今の攻撃力ならば、これだけでデーモンを倒し切ることも可能な状態だ。
黒い風に巻き込まれた悪魔たちは崩れ落ち、また生命力を吸い尽くされた悪魔は干からびながら黒い塵となって消滅する。
こんな攻撃であっさりと倒し切れてしまっては、こちらも楽しめるはずもないのだが――流石に、他のプレイヤーがいる場所で手を抜くわけにもいかない。
それならば、さっさと前進して楽しめるだけの強さや数のある場所――即ち、麓の集落まで到達するべきだろう。
「シリウス、魔力は温存しながら進め。磨り潰してやれ」
「グルルルッ!」
シリウスは攻撃力は高いが、MPの燃費はあまりよろしくない。
相変わらず、《ブレス》にしても《魔剣化》にしても、かなり多くのMPを消費してしまうのだ。
長期戦が見込まれる今回の戦いでは、しばらくの間は節約させておくべきだろう。
まあ、ポーションで回復させることもできるのだが、いちいち補給のためにインターバルを置くのも面倒臭い。
今回は他にも数多くの戦力がいるのだから、頻繁に回復してまで殲滅速度を上げる必要はないだろう。
俺の指示を聞き、シリウスは敵の集団をものともせずに前進する。
悪魔たちからの攻撃は集中するが、シリウスはそれらを無視して敵を踏み潰しているような状態だ。
鋭い刃の如き爪や牙、そして巨大な刃そのものである尻尾。それらを振りかざして暴れ回るだけで、アルフィニールの悪魔程度であれば簡単に蹂躙することができる。
まあ、他のプレイヤーの注目を集めすぎてしまうが故に、少々動きが鈍くなってしまうことは難点だが。
(まだ珍しいもんかね……いや、そりゃ珍しいか)
現状、プレイヤーが保有している真龍はシリウスと、アルトリウスの真龍だけだ。
今回はアルトリウスも同道させているらしく、後方へと視線を向ければその姿を確認することができる。
どうやら、シリウスと同様に第四段階まで到達している様子ではあるが、それでも進化したてなのだろう。
今回も、あちらは援護に徹するつもりであるらしい。
「今回のもイベントなら他の真龍も増えていたかもしれんが……それは次に期待だな」
基本的に、イベントの報酬というものは悪魔から取り返したリソースを変換する形で生成されている。
そのため、相当強力な悪魔を討たなければ真龍の卵などは登場しないだろう。それこそ、公爵級でも討たない限りは。
他にも龍王の候補は増えて欲しいところではあるし、今後公爵を倒せた際にでも他のプレイヤーに狙って貰いたいところだ。
そんな俺の思いなど知る筈も無いが、相変わらずシリウスは活躍してくれている。
元々、雑魚相手にはかなり強力な性能を誇っている。相手からの物理攻撃は通じず、一撃で相手を叩き潰せるほどの攻撃力を持っているからだ。
故に、アルフィニールの悪魔の群れとは大変相性がいい。尤も、魔法による集中砲火はあまり得意ではないのだが、アルフィニールの悪魔は早々柔軟な戦闘スタイルを取れるわけではないため、問題にはなるまい。
「《奪命剣》、【呪衝閃】」
前方の状況を確認しつつ、闇を纏った餓狼丸を前方へと向けて突き出す。
瞬間、粘性を持つ闇は鋭い槍となって一直線に前方を貫いた。
一直線に塵と化していく悪魔たち。穴が開いたように群れの一部が消失したその場所へ、好機と見たシリウスは一気に踏み込んでいく。
普段であればセイランが適任であっただろうが、MPを使わずに戦うという点ではシリウスの方が優れている。
今はできるだけ消耗を押さえたい所であるし、ここはシリウスに頑張って貰うこととしよう。
「しかしまぁ……本当に単調だな」
思わず独り言ちて、軽く嘆息を零す。
アルフィニールの悪魔は、正面から突っ込んでくるか遠くから魔法を撃っているかの二択しかない。
デーモンナイトの数も少ないためか、指揮を受けて特殊な行動に出てくるタイプもあまりいない。
そしてその数少ないデーモンナイトは、総じてアリスの暗殺対象になっている。こちらに辿り着く前に殆どが狩り尽くされてしまっているのだ。
真化による種族スキルもあるが、それがなくともアリスにとっては容易い仕事だろう。
(あいつめ、多少は手加減してくれればいいものを)
全体の消耗を考えると大変いい手ではあるため文句も言えず、ただただ目の前に飛び出してくる悪魔を斬り続ける。
こちらに流れてくるのはシリウスが仕留め損ねた連中ばかりで、俺としてはあまり満足の行くような標的ではない。
しかし、それでも後ろに流してしまえば多少は被害が出るだろうし、これも仕事の内だ。
まあ、もう少し先に進めば敵の数も増えてくるだろうし、それなりに忙しくはなるだろう。
それを期待しつつ、俺は更にシリウスを前へと進めさせた。
「もっと前に出ていい。だが、俺から離れすぎるなよ!」
「グルッ!」
俺の言葉に頷いたシリウスは、周りの悪魔を蹴散らしながら前進する。
シリウスならば悪魔の群れを突っ切って強行突破することも可能なのだが、それをすると俺たちはともかく他のプレイヤーが足並みを揃えられない。
俺たちだけ突出して戦った場合、隙間から後方へ悪魔が流れてしまう可能性もある。
まあ、パルジファルがいれば『エレノア商会』の面々に被害が及ぶということは無いだろうが、それでも余計な手間をかけさせるわけにはいかない。
それに――
「もうそろそろ、だしな」
進むべき方向には、木々の姿が増え始めている。
山の麓に近づいたことで、森に差し掛かろうとしているのだ。
あの麓の集落は森を切り開いて造られたものであった。そこへと通じる道はあるが、軍勢が通れるほど広いものではない。
必然、俺たちは隊列を伸ばすか、或いは森を突っ切らなければならないわけなのだが――言うまでもなく、どちらもリスクが高い。
「シリウス! 使っていいぞ、《魔剣化》だ! アリスは退避しておけ!」
俺の声を聴き、周囲の悪魔を蹴散らしたシリウスが、その尾に魔力を纏わせる。
アリスは聞こえているのかどうかは知らないが、元々作戦は伝えていたし、とっくに退避していることだろう。
細い道は使わず、尚且つ視界が悪く進みづらい森を避ける――それを両立するならば、取るべき選択は一つだ。
「薙ぎ払え!」
「ガアアアアアアアアッ!!」
俺の号令と共に、シリウスはその尾を地面スレスレで薙ぎ払う。
瞬間、周囲の景色がゆがむようにずれ――前方にあった木々、そしてそこに隠れていた悪魔たち、それらを諸共に斬り倒して見せた。
MPの燃費が悪い《魔剣化》ではあるが、その攻撃力はシリウスの持つスキルの中でもトップだ。
広範囲に及び、尚且つただの悪魔程度であれば一撃で葬り去れるこの攻撃力。
更には、多数の木々を纏めて切り倒すことができる切断能力と範囲――このスキルを知ったアルトリウスが立てた作戦は、何とも効率的な力押しであった。
「ルミナ、セイラン。お前たちは前を押し留めろ。シリウスは戻ってこい、MP回復だ」
しかし、広い範囲を持つスキルであると言っても、一撃で集落まで到達できるほどではない。
これから何度か、このスキルを使って森を切り開いていかなければならないのだ。
今回の作戦用にとMPポーションは融通されているが、使用する間隔には注意する必要があるだろう。
(何にせよ、ここまで来ればあと一歩か。さて、集落はどうなっていることかね)
近寄ってきたシリウスの口にMPポーションを瓶ごと投げ入れつつ、胸中で呟く。
何にせよ、作戦はここからが本番。自らの仕事に集中することとしよう。