498:麓の状況
霊峰の確保をするとなると、流石に多少のプレイヤーを送り込んで何とかなるようなものではない。
人工的な石碑の設置は最低条件としても、まずはそのエリアを確保する必要があるのだ。
エレノア曰く、一定数以上の敵が存在している場合、石碑の設置そのものを行うことができないらしい。
つまり、設置前にそのエリアの敵をある程度間引く必要があるということだ。
そうなると、流石に俺たちだけでは無理だし、戦闘に長けてはいない『エレノア商会』でも不可能だ。
それらの事情があるからこそ、アルトリウスが人を集めようとしているのだろう。
(確かに、レベルキャップに到達してからここの確保に動いたんじゃ、不満が出る可能性もあるだろうしな)
レベルキャップに到達してしまった場合、解放するまでの間の経験値は無駄になってしまう。
スキルレベルを上げることは可能だが、戦うことに対するメリットが少なくなってしまうことは否めないだろう。
それに加え、後続にレベルが追い付かれてしまうことを嫌がるプレイヤーも多いと思われる。
俺にはあまり理解しがたい感情ではあるのだが、そういった分かりやすい数字で強さを誇示しようとするプレイヤーは多い。
そんな連中にとっては、レベルキャップ解放の場である霊峰の確保は死活問題なのだろう。
しかし――
「……何か、敵の数が増えてません?」
「そうだな、警戒線を踏み越えた時のような状況だぞ」
霊峰の麓にある集落――正確に言えばその跡地。
その場所は、多数の悪魔がひしめいている状況となっていたのだ。
手近にいた悪魔を斬り捨てつつ周囲を確認すれば、それなりに広い集落跡は悪魔で埋め尽くされているような状況が見て取れる。
どうやら、俺たちがこの山を去った後で、この場を占拠し始めたようだ。
(あの悪魔……エリザリットの仕業か? 姑息な真似を)
軽く一当てしてみた感覚では、それほど強い悪魔ではない様子だ。
しかも、組織だって行動している様子もない。ただ単純に、近付いてきた俺たちへと攻撃を仕掛けてきたといった様子だ。
つまり、恐らくではあるが、この悪魔たちは大公アルフィニールの手勢なのだろう。
「どうしますか、先生。様子見程度のつもりでしたけど」
「そうだな……まあ、状況確認はしておくか」
俺たちだけで殲滅しきれるものではないし、ここで数を減らしたとしても、アルトリウスたちが行動を起こしたころには元通りになっているだろう。
正直あまり意味はないが、敵の陣容や状況を把握しておくだけでも意味はある。
軽く戦い、確認が取れたら撤退することとしよう。
「無理しない程度に戦え。情報が集まったら戻るぞ」
「了解です。このぐらいなら、そこまで大変じゃないですね」
緋真も幾分か慣れた様子で、悪魔の群れへと向けて歩いていく。
アリスの姿は既に無く、どうやら森に近く障害物の多いこのフィールドを存分に活用するつもりのようだ。
ルミナたちには軽く指示を出して、俺もまたこちらへと向かってくる悪魔に接近する。
先日の連戦に比べれば大した話ではないし、とりあえず成長武器の新段階を含めた試運転にはちょうどいいだろう。
「【アダマンエッジ】、【アダマンスキン】、【武具神霊召喚】、《剣氣収斂》」
とりあえずはいつもの魔法とスキルで攻撃力を強化。
俺はその状態で、こちらへと向けて手に持った武器を振り下ろそうとしてきたデーモンへと肉薄した。
斬法――剛の型、刹火。
まずは一閃、相手よりも早く刃を振るい、その腕を斬り飛ばす。
大きくステータスが伸びたおかげもあってか、その感触は非常に軽い。どうやら、STRの上昇が攻撃力にも影響しているようだ。
加えて、餓狼丸が成長しているという点も大きい。純粋な攻撃力上昇になっているし、スキルを使わずとも効果は十分に実感できるレベルだ。
返す刀でデーモンの首を斬り飛ばしつつ、その感触を確かめて頷く。
いきなり戦った相手が侯爵級であったため実感しづらかったが、レベルキャップ解放を含めた強化はかなりの力となってくれているらしい。
「まあ、こいつら相手には元からそんなもんだったが――」
歩法――縮地。
こちらへと向かってくる敵の内、アークデーモンに狙いを定めて接近する。
デーモンに対しての攻撃威力はある程度把握できた。では、果たしてアークデーモンに対してはどうか。
アークデーモンはデーモンと比較するとかなり頑丈であり、手っ取り早く仕留めるには《練命剣》を使うことが必須の相手だった。
だが、今の状況ならば――
「《蒐魂剣》!」
斬法――柔の型、流水・渡舟。
迎撃するために突き出されてきた、黒い魔力を纏った槍。
どのような効果を持っているのかは知らないが、その魔力を《蒐魂剣》で無効化しつつ、餓狼丸の刃で攻撃を逸らす。
そのまま槍の上に乗った餓狼丸を滑らせて、跳ね上げる様に相手の首へと刃を振るった。
瞬間――想像よりも軽い手応えと共に、アークデーモンの首が半ばまで斬り裂かれる。
「ふむ――」
頑丈なアークデーモンの体を、通常の強化だけで容易く斬り裂く。
これは、常時これだけの攻撃力を発揮できているのであれば、アークデーモンまでは《練命剣》を使わずとも十分かもしれない。
尤も、個としての力は強くはないアルフィニールの配下であるため、そう思い込んでしまうことは危険だろう。
ついでに言えば、スキル成長のために使っておいた方が損はないため、《練命剣》を使わずに戦うという縛りをするつもりはないのだが。
ともあれ、この強化での攻撃力でもアークデーモンを容易に倒し切れることは確認できた。
ならば次は、新たなスキルを交えて確認してみるとしよう。
「――《夜叉業》!」
スキルを発動したその瞬間、額の上より魔力の角が伸び、右腕が武器と共に赤黒い炎に包まれる。
羅刹族の種族スキル効果は、武器攻撃力の上昇。それも、デメリットを引き換えにした大幅な上昇だ。
その刃を以て、俺は首を押さえているアークデーモンへと向けて反転させた刃を振るう。
斬法――剛の型、輪旋。
既に肉薄した距離、その上で硬直した敵を狙うことなど容易いにも程がある。
踏み込んだ足を軸に大きく刃を旋回させ――その一閃は、アークデーモンの体を肩口から脇腹まで両断してみせた。
そのあまりの切れ味に、思わず口笛を吹く。これはまた、随分と威力が上がったものだ。
魔法による回復ができなくなるデメリットはあるが、この威力上昇は間違いなく優秀だろう。
「次――《奪命剣》、【呪衝閃】」
次なる標的はこちらに狙いを定めているアークデーモン。どうやら、こいつは魔法による攻撃を行うつもりのようだ。
本来であれば、《蒐魂剣》で受けた後に対処を行っているだろう。
何しろ、こちらにはあまり有効な遠距離攻撃がない。【命輝一陣】はあるが、確実に相手の行動を止められるという自信はないのだ。
だが、このテクニックならば、十分な威力を維持して射程を伸ばすことができる。
斬法――剛の型、穿牙。
黒い呪いを纏った餓狼丸を、届かぬはずの敵へと向けて突き出す。
その瞬間、纏わりついた黒い呪いは、まるで粘性のある液体のように形を変え、長大な槍となって一直線に敵を貫いた。
それは、標的となっていたアークデーモンのみならず、その後ろにいた何体もの悪魔を纏めて貫いて見せたのである。
直線のみの攻撃だが、射程は長い。流石に【命輝一陣】の方が飛ぶだろうが、威力の面で見ればこちらの方が上だろう。
そして威力が高いということは、それだけ多くのHPを吸収できるということでもある。
今はHPが減っていないためその効果は実感できないが、その回復量には期待できることだろう。
(だが、これは攻撃方向に注意が必要だな……味方を巻き込みかねん)
真っ直ぐに飛び、敵を貫通する攻撃。
便利ではあるのだが、敵の後方に味方がいた場合、それを巻き込んでしまいかねない。
うちの場合はアリスが敵の背後に回り込んでいることがあるし、使う時には注意が必要だ。
とはいえ、効果が高いことは紛れもない事実。こいつは便利に使えることだろう。
無論、刺突であるため隙は大きい。使い所に注意は必要だが。
「さて……もう少し慣らしていくとするか」
まだまだ、使い勝手の実感を得られているとは言えない。
この群れを相手に、新たなテクニックを試していくこととしよう。