497:血路を開くために
「それで……これが試作品なのか?」
「ええ、思ったよりはコンパクトにできたでしょう」
「コンパクトとは?」
教室の黒板ぐらいはありそうな巨大な石板を前に、アリスが半眼を浮かべてそう呟く。
レベルキャップを解放した翌日、アルトリウスの準備が終わるまではレベル上げに勤しんでおこうと思ったところで、エレノアからの連絡が来たのである。
要件は成長武器のレベルアップ条件である素材が集まったというものであり、それ自体はありがたいものであったため『エレノア商会』を訪れたのだが、強化の間にこれまでの成果について説明を受けることとなった。
具体的には、例の石碑の生成に関しての話である。どうやら、エレノアたちはレベルキャップには達していなかったものの、飛行騎獣を用いて例の黒い岩の回収だけは行っていたらしい。
「これでも、結構小さくはなったのよ。前は岩そのものみたいな大きさだったし。効果は有ったけど、要石に注連縄を巻いているような見た目だったわ」
「殺生石か何かか?」
「それはそれで趣がありそうですけどねぇ」
「何にしても、そっちは機能が十分じゃなかったからね。これなら、とりあえずの要件は達せられたわ」
聞けば、この石板は石碑の効果の一部を再現しているらしい。
具体的には、魔物避けの結界展開、この石板から他の石碑への転送、そして死亡した際の復活ポイントとしての効果である。
他の石碑からこの石板へ移動することができれば御の字だっただろうが、流石にそこまでの再現はまだ不可能であったらしい。
とはいえ、いずれそれも再現しなくてはなるまい。これから北の悪魔領を攻めるに当たっては必要な機能だ。
引き続き、エレノアたちには頑張って貰いたいところである。
「それで……これができたってことは、霊峰の確保に動くのは近いってことか?」
「そうね。ただ、アルトリウスもまだ周囲に情報を拡散している段階だから、すぐに動けるってことは無さそうだけど」
「まあ、他のプレイヤーにとっても死活問題だからな。どんな情報を発しているんだ?」
「単純に、真化後の種族に関する情報ね。まだ真化したプレイヤーは貴方たち以外にはいない筈だけど、大方お姫様辺りから情報を得たのでしょうね」
確かに、レベルキャップに達したプレイヤーは、現状俺たちぐらいなものだろう。
だが、多くのプレイヤーたちにとっては喉から手が出るほど欲しい情報のはずだ。
特に、俺や緋真、アリスの手に入れた特殊な種族については欲しがる人間の多い情報になるだろう。
尤も、取得にどのような条件があるのかなどさっぱり分からないのだが。
(……アリスの場合はある程度想像がつくんだがな)
「……? 何か用?」
「いや、何でもない」
だが、アリスの場合は比較的わかりやすいタイプだろう。
闇月族の取得条件となるのは天月狼マーナガルムの称号スキル、或いは《月魔法》の取得が条件だと思われる。
あからさまにマーナガルムに関連した種族であるし、恐らくそう間違った条件ではないだろう。
尤も、その取得が簡単であるかと問われればそうでもないのだが。
「まあ、他の連中が乗らなきゃ作戦の遂行は無理だろうからな。エサは多めに撒いておいた方がいいだろうさ」
「それなら、貴方たちの情報も提供してくれるのかしら?」
「別に構わんけどな。別に、他のプレイヤーが取得しても困るもんではないし」
羅刹族のような、デメリットのある種族スキルを得てもいいと思えるプレイヤーがどれだけいるのかは知らないが。
そもそもの話、この羅刹族についてはどのような条件で取得できるのかが全く分からない。
鬼人族も謎であるというのに、羅刹族など皆目見当もつかないのだ。
「まあ、その辺りについてはアルトリウスに伝えておくさ。向こうもそれなりに気になってはいるだろうしな」
「真化ね……私も気になりはするけど、得られるのはしばらく後でしょうね。レベルに関してはどうしても一回り劣ってしまうし」
「別に急がずとも、いずれは到達できるだろう。何だかんだで、しっかりとレベル上げはしているようだしな」
何だかんだで、生産職であるエレノアもレベル80半ばまでは上げている。
多少時間はかかるだろうが、そう遠くはない内にレベルキャップに到達することになるだろう。
彼女たちの場合、果たしてどんな種族になるのかは、俺としても少し気になるところだ。
と――そんな話をしていたちょうどその時、商会の研究室の扉が開く。
姿を現したのは、俺たちの装備を抱えたフィノであった。
「強化、終わったよ。先生さんのは前に強化した内容と同じだけどね」
「ああ、そうだな。ようやく戻ってきてくれたってところだが」
「金龍王と戦った時以来ですか……結構長かったですね」
青龍王には世話になったものだが、あの強化も短い間しか使えなかったからな。
ようやく、そのレベルまで戻ってこれたというべきだろう。
今後は更に超えていく必要もあるし、次の素材も気にしておきたいところだ。
■《武器:刀》餓狼丸 ★8
攻撃力:73
重量:23
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:餓狼の怨嗟(消費経験値10%)
自身を中心に半径37メートル以内に黒いオーラを発生させる。
オーラに触れている敵味方全てに毎秒0.5%のダメージを与え、
与えた量に応じて武器の攻撃力を上昇させる。
⇒Lv.6:強制解放
餓狼の怨嗟による攻撃力上昇が最大値に到達した状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
五分間の間、全ての攻撃力を大幅に上昇させる。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
→餓狼呑星
発動残り時間を一分消費して発動。次に行う攻撃のダメージを十倍にする。
残り一分未満で発動した場合、攻撃後に強制解放状態が終了する。
■《武器:刀》紅蓮舞姫 ★8
攻撃力:69
重量:20
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:緋炎散華(消費経験値10%)
攻撃力を上昇させ、攻撃のダメージ属性を炎・魔法属性に変更する。
また、発動中に限り、専用のスキルの発動を可能にする。
専用スキルは武器を特定の姿勢で構えている状態でのみ使用可能。
→Lv.1:緋牡丹
上段の構えの時のみ使用可能。
斬りつけた相手に周囲から炎が集まり、爆発を起こす。
→Lv.2:紅桜
脇構えの時のみ使用可能。
横薙ぎの一閃と共に飛び散った火の粉が広範囲に爆発を起こす。
→Lv.3:灼楠花
霞の構えの時のみ使用可能。
突き刺した相手に特殊状態異常『熱毒』を付与する。
→LV.4:灼薬
正眼の構えの時のみ使用可能。
全身に炎を纏い、ステータスを向上させる。
→LV.5:朱椿
下段の構えの時のみ使用可能。
周囲の炎を吸収して、HPとMPを回復させる。
→LV.6:火日葵
脇構えの時のみ使用可能。
振り上げと共に放つ火球が大爆発を起こす。
→LV.7:緋岸花
下段の構えの時のみ使用可能。
突き刺した地面を中心に、触れるとダメージを与える炎の華を咲かせる。
→LV.8:火嘆芥子
中段の構えの時のみ使用可能。
相手に纏わり付き、一定時間ダメージを与え続ける赤紫の炎を刃に纏う。
⇒Lv.6:強制解放
緋炎散華を発動している状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
緋炎散華の専用スキルの威力を上昇させ、クールタイムが全て五秒となる。
また、相手の耐性を無視してダメージを与えられるようになる。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
■《武器:短剣》ネメの闇刃 ★8
攻撃力:65
重量:17
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:暗夜の殺刃(消費経験値10%)
発動中は影を纏った状態となり、敵から認識されづらくなる。
また、発動中に限り、認識されていない相手に対する攻撃力を大きく上昇させる。
更に、4秒に一度、1秒前にいた場所に幻影を発生させる。
⇒Lv.3:夜霧の舞踏(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
周囲に霧を発生させ、敵からの発見率を大幅に下げる。
⇒Lv.5:無月の暗影(消費経験値10%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
2秒間の間だけ体を透過させ、相手の攻撃をすり抜ける。
⇒Lv.7:孤影の毒刃(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
発動後一度だけ、攻撃を命中させた相手を『致死毒』状態にする。
⇒Lv.6:強制解放
暗夜の殺刃を発動している状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
発動後、敵一体を攻撃してから一分間、自身のHPがゼロにならなくなる。
一分経過時、発動中に受けたダメージを十倍にして相手に与える。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
「スキル面については、成長したのは緋真の方だけか」
「偶数レベルだといつものことですけどね」
「次の強化に期待したいところね」
レベル9になれば、スキル面も色々と強化されるはずだ。
大公と戦うためには、一つの目途になることだろう。
まあ、強制解放を使ってしまえばまたレベルは下がってしまうのだが。
「それで、お前さんの成長武器の方はどんな具合なんだ?」
「まだ成長中だけど、強制解放には届いてないよ。龍王の爪の加工はもうちょっと待って」
「そうか……了解だ。急いでいるわけでもないし、確実にやってくれ」
「りょーかい」
あまり焦っている様子もないし、フィノは自由にやっておいた方がいいだろう。
しばらく後にはなるだろうが、そこは期待しておくこととして――俺たちは、俺たちでできることをやっておくまでだ。
差し当っては、アルトリウスに情報を渡してから霊峰の麓付近の偵察をしておくこととしよう。