005:鍛冶屋フィノ
書籍版マギカテクニカ第2巻、9/19発売です!
情報は随時、活動報告やツイッターにて公開していきますので、是非ご確認を!
緋真に案内されて向かったのは、プレイヤーでごった返す大通りの一角だった。
周囲には露店がいくつも広がっており、無数の武器や防具が陳列されている。
しかし、その中で一際目立つのが、通りの一角に設置されている巨大なテントだ。
その周囲に開かれている露店は他に比べて品揃えが良く、プレイヤーも多く集まっている状況にある。
そんな人ごみの真っ只中を、俺と緋真はすいすいと人を躱しながら進んでいた。
「あそこが目的地か? 随分と混んでるみたいだが」
「はい、そうですよ。あそこは生産職の人たちを取り仕切っているプレクランの本拠地です」
「プレクランってのは何だ?」
「クランというのが、プレイヤー同士が組んで作ったチームのようなもの。けど、それを作るにはまだ開放されていない次の街に到達しないといけないんです」
「だからプレって訳か。しかし、そんな大層なところに入れるのか?」
どう見ても人気店、人が集まりすぎている状況だ。
素直に話を聞いてもらえる状況じゃないと思うんだが。
そんな俺の疑問に対し、緋真は得意げな表情を見せながら声を上げた。
「私、これでもトッププレイヤーですから。当然、ここの人たちとも懇意にしていますとも」
「成程。補給線を構築するのはいいことだ。じゃ、俺はお前の恩恵にあやかるとするかね」
「ええ、存分に。さあ、こっちですよ」
俺を先導するように進む緋真に、見えないように笑いを零す。
普段は俺が教える立場だから、こういったやり取りは少々新鮮だ。
緋真の方も、俺に教えられるという立場を楽しんでいる様子だな。
まあ、たまにはそういうのもいいだろう。
「おい、あれは……」
「《剣姫》……」
「隣にいる奴は、さっきの……」
しかし、随分と注目されている様子だ。
緋真は容姿も整っているし、現実に準拠したアバターだから不自然さも見当たらない。
しかもトッププレイヤーともなれば、注目されるのも当然だろう。
まあ、それに付随して俺まで視線を集めているわけだが――
「……俺に挑んでくる奴はいないのかねぇ」
「先生、これ以上騒ぎを起こすのは止めてくださいよ。ほら、さっさと入りますよ!」
「はいはい、分かってるよ」
俺の呟きを聞きとがめた緋真に注意されつつも、二人並んで大きな天幕の中へと足を踏み入れる。
その中では、幾人かのプレイヤーたちが忙しなく動き回り、様々な商品を運んでいた。
結構な数のプレイヤーがいるが、それを指揮しているのは恐らくたった一人――中央付近で大きなテーブルについている、長い金髪の女だろう。
そんな彼女に近づいた緋真は、朗らかに挨拶を交わしていた。
「こんにちは、エレノアさん」
「あら、緋真さん。いつものことだけど、今日は一段と話題の人ね。彼が噂の?」
「……初めまして、クオンです。うちの弟子が世話になっているようで」
「いえ、こちらこそ。よろしくお願いしますね、クオンさん」
物腰の穏やかな森人族の女性。
しかしながら、その奥には経験豊富さ故の凄みというものを感じられる。
商売に関してはからっきしだが、これだけの人数を纏め上げられるだけの能力は肌で感じ取ることができた。
「先生、あんまり変なこと言わないでくださいよ、もう……エレノアさん、フィノはどちらに?」
「ああ、あの子なら奥にいるわよ。あの子に注文?」
「いえ、とりあえずは出来合いのつもりです。ただ、先生を紹介しておこうかと。では、お忙しいところごめんなさい」
「対応ありがとう、またいずれ」
「ええ、また」
彼女とは、仲良くしておいて損はないだろう。
緋真がどういう流れで知り合ったのかは知らないが、いい縁を紡いでくれていたようだ。
再び指示へと戻った彼女の様子をちらりと眺めつつ、俺は緋真に続いて天幕の奥へと向かう。
そこには在庫と思わしき無数の武具と――それを並べる一人の少女の姿があった。
浅黒い肌とオレンジ色の髪、身長は低いが重心のしっかりした体格――あれは、地妖族か。
そんな少女の姿を確認し、緋真は明るい調子で声を上げる。
「やっほー、フィノ」
「お? 姫ちゃん、おひさー」
「だから、その呼び方は止めてってば」
種族の特性ゆえか、身長は結構低いのだが、緋真とは同年代のようなやり取りを行っている。
もしかしたらリアルでの知り合いなのかもしれないが……まあ、そこは突っ込むべきところではないか。
ひとしきり挨拶を交わした地妖族の少女は、続いて俺のほうへと視線を向け、緋真に対して質問していた。
「その人が、姫ちゃんの言ってた『先生』さん?」
「うん、そうだよ。この人が――」
「アバターの名はクオンだ。うちの弟子が世話になっている」
「はいはーい、あたしはフィノ、鍛冶屋をやってるよ。よろしくねー」
何とも軽い調子ではあるが、鍛冶屋という単語に対しては誇りと自負のような感情が見て取れる。
どうやら、遊び半分で鍛冶屋をやっているつもりは無いようだ。
確かにゲームであるといえばそこまでなのだが、これだけ真摯に向き合っている人間であれば期待できるかもしれない。
そんな俺の内心は知らず、フィノは俺の姿を見上げてにやりと笑みを浮かべていた。
「姫ちゃんの先生だって言うなら、それはもう凄い実力なんでしょう」
「ええ、ゲーム開始直後に決闘に勝ったぐらいだもの」
「掲示板で盛大なお祭りになってるよー。あいつも、一応はトッププレイヤーだからねぇ」
「それなりに実力はあるんだから、私に絡まないでほしいんだけどね」
「まあそれはそれとしてー。お金、いっぱい貰ったんでしょ?」
どうやら、こいつは俺たちの用件を既に察していたらしい。
生産職というのは、それだけ情報が重要になるということかね。
ともあれ、分かっているのならば話は早い。
「ああ、緋真の勧めで、お前さんから装備を購入したい。金はまあ、40万ぐらいなら出せる」
「いきなり大盤振る舞いだねぇ、でも、先生さんのステータスじゃ、まだそのレベルの装備は持てないかなぁ」
「……そういや、ステータスで装備できるかどうかが決まるんだったか」
いくら何でも、最初からそう強い装備を身に纏えるという訳ではないか。
となると、まあ今の状態で装備できるものを適当に見繕ってもらった方がいいだろう。
今の装備で戦えないという訳ではないのだが、どちらかといえば、好みなのはこの長さの刀ではない。
「防具はまあ、そうだな……胴と腰は適当でいいが、篭手と脛当てを頼みたい。武器は太刀と小太刀を一振りずつ頼む。今の俺でも装備できるものを見繕ってくれ」
「ほうほう……まあ、そういう和風な注文も結構あるから、一応取り揃えてるよー」
そう告げると、フィノは奥に並んでいる無数の装備類を物色し始める。
そうして、まず取り出したのは、二振りの刀だった。
「はい、初期ステで持てる限界は黒鉄装備だねぇ」
「見せて貰おう」
差し出された武器を受け取り、俺は検分を開始する。
太刀はおおよそ二尺五寸、太刀としてはよくあるサイズの一振りだ。
刀身に歪みも無く、無骨な黒みのかかる刀身は実戦で使うにも十分な鋭さを持っている。
ゲームのシステムで作り上げられたものとは言え、こんな少女が造り上げた物とはとても信じられないような代物だ。
小太刀はおおよそ一尺六寸、こちらも太刀と同じく十分実戦に耐えうる造りをしていた。
■《武器:刀》黒鉄の太刀
攻撃力:18
重量:8
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:フィノ
■《武器:刀》黒鉄の小太刀
攻撃力:10
重量:5
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:フィノ
正眼に構え、続いて上段、霞の構え、そして脇構え。
持ちなれた刀よりも少々重く感じるが――使う分には問題ないだろう。
少なくとも、あの可もなく不可もなくといった最初の刀とは比べ物にならない。
「見事だな。是非購入したい」
「お、おー……」
「……どうした?」
「い、いやぁ……構えた姿が凄く真に迫ってるっていうか、圧迫感が凄いというか……全身含めて刀って感じだねぇ、先生さん」
「真剣を持ってる時の先生ってそういう感じありますね……私も、初めて見た時はビックリしました」
「そんなもんかねぇ……ま、褒め言葉として受け取っておくか」
刀を持つからには、敵を斬るという剣気を込めるものだが、それを圧迫感として感じ取っているんだろう。
先ほどのガキはそれすらも感じ取れなかったようだが……まあ、真剣さの度合いの差かね。
二振りの刀を鞘に収め、購入の代金を渡す。
太刀は3万、小太刀は1万と、持っている総額からすればまだまだ少ない額だ。
初期で装備できるものでは、その程度が限度ということだろう。
もう少し良い刀を見てみたい気もあったが、身の丈に合わぬ武器を持っても仕方ない。
「って言うか先生、二刀流までできるんですか?」
「全くできない、というわけではないが……二天一流なんて器用な真似はできんぞ? 小太刀は防御用だ。流水を使うのには、小回りの利く小太刀の方がやりやすい時もあるからな」
「使い分けはできるんですね……本当に多芸なんですから」
まあ、扱える武器の種類を論ずるなら、俺はジジイには圧倒的に負けているわけだが。
あのジジイは正に武芸百般を体現したような男だ。
悔しいが、自分の土俵で戦わない限り俺に勝ち目はない。
俺もまだまだ精進が足りない……のだが、敵のいない状況は如何ともしがたい。
早いところ強い敵と戦いたいものだ。新しい刀を持ったからか、どうにも体が疼いている。
そんな俺の様子を感じ取ったのか、フィノはすぐさま残りの装備を取り出してきた。
「はい、防具はこれで」
「篭手と脛当ては分かるが……着流しと帯? 防御力はあるのか、これは?」
「糸が魔物素材だから、防御力はそこそこ。軽くて頑丈。まあ、打撃耐性はないんだけど」
「足に絡まらんのか、これ」
「スカート装備でも何故か動きは制限されない。装備の方が足に合わせて動いているみたいな感じ。おかげでデザイン性を重視した装備が作れるって評判だよ」
俺は正直見た目はどうでもいいんだが……まあ、動きの邪魔にならないのならばそれでいい。
受け取ったのは、群青色の着流しと、唐草模様のついた帯であった。
古風な久遠家でさえそうそう着ないような代物であるが、まあイメージには合っているのかもしれない。
■《防具:胴》森蜘蛛糸の着流し(群青)
防御力:11
魔法防御力:3
重量:3
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:伊織
■《防具:腰》森蜘蛛糸の帯(唐草)
防御力:8
魔法防御力:1
重量:1
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:伊織
■《防具:頭》黒鉄の鉢金
防御力:4
魔法防御力:0
重量:1
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:伊織
■《防具:腕》黒鉄の篭手
防御力:7
魔法防御力:0
重量:3
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:フィノ
■《防具:足》黒鉄の脛当て
防御力:8
魔法防御力:1
重量:4
耐久度:100%
付与効果:なし
製作者:フィノ
着流しと帯と鉢金の製作者については知らん名だが、恐らくあの中にいた誰かなのだろう。
とりあえず、今装備しているものよりも遥かにいい性能の品だ。
動きも阻害されん様子であるし、購入しておいて損はないだろう。
「うむ、値段は?」
「防具セットで8万でどうかな?」
「分かった。いい買い物をさせてもらった、感謝する」
「いえいえ、こちらこそー。装備の耐久度が減ったら、うちに持ってきてねぇ。姫ちゃんと同じ割引で直してあげるから」
「……それはありがたいが、いいのか?」
このプレクランに所属しており、緋真に装備を作っているということは、こいつも上位のプレイヤーだろう。
表に集まっていたプレイヤーたちのことを考えても、彼女は引く手数多の存在であるはずだ。
そんな彼女から贔屓にされるというのはかなり得ではあるが、何故そのような判断を下したのか。
疑問を抱いた俺の問いに対し、フィノは緩く笑いながら声を上げた。
「刀ってねぇ、扱いの難しい武器なんだよ。攻撃力は高いけど、耐久の減りが早い。カッコイイからって使おうとするプレイヤーは多いけど、挫折する奴も多い。でも、先生さんなら上手く扱ってくれそうだしー、宣伝効果もありそうだからねぇ」
「成程。お前さんにも得がある提案だというなら、喜んで受けさせてもらおう。出来れば、俺用にも刀を打って貰いたい所だ」
「勿論、そうさせてもらうよ。でも、とりあえず今のでも最前線で通じる性能だから、しばらくはお金ためてねー。あ、これあたしのフレアド」
そう言ってフィノが手元でメニューを操作した瞬間、俺の目の前にウィンドウが現れた。
そこには、『【フィノ】からフレンド申請が送信されました。承認しますか? Yes/No』と表示されている。
ふむ、これは――
「緋真、フレンド申請って何だ?」
「あっ、しまった、一番乗りを!」
「おー、先生さんMMOも初心者かー……フレンドは、仲のいいプレイヤーとアドレスを交換しているようなもの。交換しておけばいつでも連絡できるよー」
「ほー、成程、そういうもんか。じゃあ、承認だな」
「あー! あー!」
何やら緋真が騒がしいが、気にせずウィンドウのYesを押下する。
すると、すぐさまウィンドウが消滅し、勝手に開いたメニューのフレンドの項目に『New!』のアイコンが表示された。
開いてみると、確かにフィノの名前が記載されている。どうやら、これで登録は完了したらしい。
「ありがとうな。装備について相談があったら連絡させてもらう。そっちも、頼みごとでもあれば呼んでくれ」
「あいさー、まいどどうもー」
何とものんびりとした少女ではあるが、そこそこ面白い性格をしている。
何かあったら、頼らせてもらうとしよう。
さて、それはともかくとして――
「緋真、フレンドを申請する場合はどう操作するんだ?」
「はっ、先生からの初申請がまだ残ってましたね! はい、フレンドのメニューから登録のボタンを押して、周囲のプレイヤーを検索を押してください!」
「……何でそんなテンション高いんだお前」
妙なノリになっている緋真に思わず引きつつも、言われた通りにメニューを操作する。
すると、ウィンドウには周囲にいるプレイヤーの一覧が表示され、俺はその中から緋真の名前を選択する。
それと同時にポップアップが表示され、フレンド申請をするかブラックリストに登録するかといった選択肢が出現する。
後者については若干気になったが、とりあえず緋真に対してフレンド申請を送信しておいた。
すると、緋真の前にウィンドウが表示され――間髪いれず、緋真は承認する。
再び『New!』のアイコンが表示されたフレンド欄を見れば、きちんと緋真の名前は表示されていた。
「よし、ちゃんとできましたね。これでOKです!」
「お、おう……まあ、とりあえずこれで用は済んだな」
「まいどありー……あ、先生さんにこれサービス」
「お、何だ?」
そういいながらフィノが差し出してきたのは、そこそこに大きいサイズのピッケルだった。
これはクライミング用ではなく、採掘用のピッケルだな。
「何か面白い鉱石があったら拾ってきてね。いいものだったらそれで刀を造るから」
「成程な。ちょうど良かった、これも一緒に貰っていこう……じゃ、世話になったな」
「ふぅ……フィノ、ありがとね。また今度!」
「じゃあねー」
緩く手を振るフィノに返礼し、俺たちは天幕を後にする。
相変わらず周囲からは視線が集まってきていたが、気にせずに人ごみを躱して通りを進む。
「さて、装備も整えたことだし……今度こそ戦闘だな?」
「はい、今度こそ大丈夫です。それで先生、どこに行きますか?」
「敵が一番強いところだな」
「……ホント安定してますね、先生。それじゃあ、北に向かうとしましょうか」
嘆息交じりに、緋真は大通りの先を指差す。
街を囲う巨大な外壁、そこに聳える門の先――緑の草が生い茂る平原が、そこには広がっていた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:2
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:11
VIT:10
INT:11
MND:10
AGI:10
DEX:10
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.2》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.1》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.2》
《HP自動回復:Lv.1》
《MP自動回復:Lv.1》
《収奪の剣:Lv.1》
《採掘:Lv.1》
サブスキル:なし
■現在SP:2