494:調べた結果
アルトリウスからの唐突な通話連絡であったが、タイミング的にはちょうど良かった。
これがもう少し早かったら、エリザリットとの戦いの最中にかかってくることになっていただろう。
まあ、タイミングを読んでいたのかもしれないが――ともあれ、今ならば問題はない。
神殿へと戻りつつ、俺はアルトリウスからの通話を開始した。
「通話で来るとは、急ぎの用事か?」
『いえ、急ぎというわけではありませんが……わざわざ直接顔を合わせて話をするほどのことでもありませんでしたから。ですが、案件自体は重要です』
まあ、状況からして悪魔領の探索結果についてだろう。
俺たちのレベリングの間に、アルトリウスはそれなりの数のプレイヤーを北に潜入させて探索を行っていた。
果たして、北は今どのような状況となっているのか。その情報は、俺たちにとって重要な道標となることだろう。
『北の状況ですが……まず、三つのエリアに分かれている状況のようです』
「三つか……具体的には?」
『三体の大公級悪魔、それぞれが支配するエリアです』
アルトリウスの告げた言葉に、思わず眉根を寄せる。
大公級悪魔――あの公爵級すらも超える怪物が完全に顕現していることもそうだが、気になることがもう一つある。
「大公級は四体だろう? もう一体はどうした?」
『不明です。残念ながら、そこまでは確認することができませんでした。もしかしたらマレウスの護衛に残っているのかもしれないですね』
「そうか……仕方あるまい」
気にはなるが、今は考えていたところで結論は出ないだろう。
それよりも、今把握している範囲の情報を精査しておいた方が建設的だ。
『簡単に言うと、東と西、そして中央……それぞれのエリアを大公級が支配している状況のようです。どこも大量の悪魔がひしめいていて、普通に踏み込んでも数で押し潰されそうな状況ですね』
「ふむ……」
分かっていたことではあるが、やはり正攻法で攻めるとなるとかなりの手間がかかりそうだ。
とはいえ、搦め手が通じるかと聞かれればそうとも言い難い。
これまでの戦いのように、潜入して暗殺するというのも難しいだろう。
そもそも、大公級を相手に、そのような小勢で何とかできるとは到底思えないが。
『流石に、大公そのものがいる拠点までは到達できませんでしたが、それぞれの地域の特色、そして大公の名前までは確認できました』
「教えてくれ。どこに何がいるんだ?」
『はい。まずは正面、そこにいるのは大公アルフィニール。どうやら悪魔を無数に生み出す能力を持っているらしく、無尽蔵に悪魔が襲ってくるのはこの悪魔が原因だったようです』
確かに無尽蔵に、しかも無策にこちらに向かってくるとは思っていたが……まさか、そんな能力を持った悪魔がいようとは。
物量による攻撃は大変厄介だ。しかも制限なく軍勢を生み出すことができるのであれば、悪魔側の戦力は際限なく増し続けることになってしまう。
まあ、流石に爵位持ちの悪魔をポンポン生み出せるわけではないだろうとは思うが。
『特色として、数としての戦力はここが最も高いです。ですが、個々の戦闘能力はそこまでではないようですね』
「ふむ……敵戦力に限りがあるならやりようもあるが、流石に分からんか」
『ええ、安易に攻めて時間を浪費する羽目になったら面倒ですから。最終的には戦う必要はありますが、まずは分析を行いたいと思います』
戦い易さという面で言えば、この悪魔は戦いやすいことだろう。
だが、どれだけ戦っても敵戦力を削れないのであれば、延々と時間を稼がれてしまう。
時間の経過はこちらには有利な状況とはなり得ない。こいつ相手の戦いには注意が必要だ。
尤も、レベル上げという観点で言えば最も都合はいいだろうし、プレイヤーの成長には活用できることだろう。
『次に、東側。こちらにいるのが大公エインセル。こちらの悪魔は軍勢式になっているようで。数が多く組織立って行動しています。とはいえ、アルフィニールほどの数は無いですが』
「だが、そちらの方が厄介そうだな。組織だって動いている以上は油断できる相手じゃないだろう」
『その通りですね。正直なところ、こちらの対処は現状では困難だと考えています』
アルトリウスの言葉に眉根を寄せつつも頷く。
それぞれが力を持ち、組織だって行動する精強な軍勢。
正攻法で戦おうとした場合、これが最も厄介な相手になることだろう。
王道故に攻略が難しい、大層面倒な存在だ。
『そしてもう一つが大公ヴァルフレア、こちらが恐らく、銀龍王に深手を負わせた悪魔だと思われます。西側を支配してるこの悪魔は実力主義かつ弱肉強食を是としており、悪魔同士での生存競争の図が見て取れます。数は少ないですが、個々の戦闘能力が高いですね』
「……それは、今の俺たちでも戦えるレベルなのか?」
『潜入したプレイヤーはかなりの手練れでしたが、アークデーモン一体を相手にギリギリまで追い詰められたそうです。数が少ないとは言えども軍勢と呼べるレベルはありますし、集団を相手に戦うことは避けたい相手ですね』
「成程、理解した」
アルトリウスの言葉を受け取り、改めてその話を咀嚼する。
個々の力は強くはないが数が多くしかも無尽蔵の群れ。個々の能力は平均的だが、組織だった行動を得意とする軍勢。そして、個々の能力が高く精鋭揃いの集団。
どれもこれも、大変厄介で攻め辛い。正直なところ、現状のプレイヤー側戦力では攻め切れるような相手ではないだろう。
「……今の段階では、どれも攻め落とすことは不可能だな?」
『ええ。そして、敵はどこも攻勢に出ることは可能です。ただ、大公級悪魔たちは互いに協力してこちらを攻撃するつもりはないようですね』
「勢力同士での協力の気配は見られないか……せめてもの救いだが、こちらを襲ってきている悪魔もいるだろう?」
『主にアルフィニールの悪魔ですね。この大公はそもそも悪魔たちの統制を行っていないようで、配下の悪魔たちは思い思いに行動しています。その中に、積極的に攻撃を仕掛けるタイプの爵位持ちがいるようですね』
あのゲートやら、集団を構成していたのはその悪魔の軍勢だったということか。
統制が取れていないのは、軍勢を相手にするという意味では好都合なのだが、現状では厄介であるとも言える。
何しろ、どこを叩けば止められるのかが分からない。相手をする上では非常に面倒な状況だ。
まあ、それでも西や東の大公が積極的に攻勢に出てくるよりはマシなのだが。
「東西の大公はどうなんだ?」
『ヴァルフレアは今のところ積極的に攻めるつもりはないようです。総じて個人主義というべきか、あまり群れで動く性質は持っていないようで。大公の号令があれば分かりませんが、今のところその気配はないようですね』
「そうか……なら、問題は東か?」
『はい、エインセルは軍勢の配備を進めている気配があります。攻勢か守勢かの判別はつきませんが、警戒は必要ですね』
すぐにでも動くという様子ではなさそうだが、どちらにしろあまり放置しておくこともできない。
だが何にせよ、差し迫っての問題は中央の悪魔たちということだ。
「つまり、アルフィニールの軍勢を何とかすべきということか?」
『正確に言えば、アルフィニールでプレイヤーレベルの底上げを行い、その上でヴァルフレアを討伐するのが最も良いルートかと思います。ただ、それまでにアルフィニールの勢力に所属する爵位悪魔をいくつか討伐したいですね』
「成程、ならばとりあえずは現状維持か?」
『いえ、とりあえずは霊峰の確保です。プレイヤーの強化を行うにも、それは必須ですから……クオンさんも、真化は完了したんですよね?』
「ああ、何とかな。色々と忙しいが、後である程度分かったことはまとめておく。正直、慌ただしくて検証している暇はなかったんでな」
『……? そうですか、分かりました。それでは、また後で』
そこで言葉を切り、アルトリウスとの通話が終了する。
色々と分かったことはあったが、まだまだ戦うには不透明な状況だ。
しばらくはアルトリウスの言う通り、プレイヤー全体の底上げに勤しむこととしよう。