492:悪鬼と悪魔
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「《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
迫りくる魔法の群れ――それらを、蒼く輝く斬撃の軌跡が食い破る。
そこに空いた穴へと向け、ルミナとセイランは勢い良く飛び込んだ。
向かう先にいるのは侯爵級悪魔、決して一筋縄ではいかない怪物だ。
例え子供の姿をしていたとしても、その力は俺たちを優に凌駕していることだろう。
「ウザいし邪魔くさい、ホントむかつくッ!」
迫るルミナたちに対し、エリザリットは再び魔法を展開する。
その魔法の構築速度は凄まじく、いくつもの魔法が壁の如く迫ってくるような状況だ。
正直なところ、まともにやって近づける相手ではないだろう。
(やはり、まだ俺だけで侯爵級を相手にするのは厳しいか)
戦うことはできているが、有効打を与えることは難しい。
まあ、相手が徹底して逃げながら魔法を撃つタイプであることが原因でもあるのだが、やはり侯爵級となると桁が違うようだ。
伯爵級ならば俺だけでも倒せるようになってきていると思うのだが、真化したとはいえ侯爵級はまだ厳しい。
相手が正面切って戦うタイプであるならばもう少しチャンスはあると思うのだが、逃げに徹せられると倒し切ることは困難だろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
「ウザい! 無駄だって分からないの!?」
眩く輝く一閃が、宙を踊るように後退するエリザリットへと迫る。
だが、その一撃は相手の体に到達するよりも早く、勢いを弱めて消滅してしまった。
その要因は、エリザリットの周囲に浮かぶ青いシャボン玉である。
サッカーボールぐらいの大きさがあるそれは、どうやら一種の防御魔法であるらしく、攻撃が接触した瞬間に弾けることでその威力を減じてしまうのだ。
おかげで、遠距離攻撃のほとんどがエリザリットには通用しない。ルミナやセイランの魔法、そのほとんどが無効化されてしまっているのだ。
「面倒にも程があるが――シリウス!」
「グルルルッ!」
だが、攻略法が無いわけではない。
あのシャボンの防御魔法は、どんな攻撃であったとしても弾けて威力を軽減する。
逆に言えば、弱い攻撃であったとしても反応してしまうのだ。
つまり、弱い攻撃を使ってシャボンを破壊してしまえばいいのだ。
そして、この対抗策を利用するのに最も都合がいいのがシリウスである。
《鋭斬鱗》によって体が常に攻撃判定に包まれているシリウスは、体が接触するだけでシャボンを破壊することができるのだ。
故に、エリザリットが新たにシャボンを展開するごとに、こうしてシリウスを突撃させているのである。
(対処はできるが、それでも距離は取られるか)
シリウスがシャボンを破壊している内に、エリザリットは再び距離を取る。
複数の魔法を同時に詠唱しているらしいこの悪魔は、シャボンが破壊されてもすぐに新たなシャボンを生成し、その上で攻撃魔法を放ってくる。
シリウスが突撃すると共にシャボンの多くを破壊することはできるのだが、結局は鼬ごっこにしかならないのである。
それでも――
「ッ……!」
歩法――烈震。
道が開ける程度にシャボンを破壊できたならば、エリザリットに近付くことも可能だ。
雪で足場が悪い中、それでも俺は奴へと向けて駆け――視界の端に、赤く輝くシャボン玉が浮いていることに気が付いた。
「チッ!」
他のシャボン玉よりも大きな魔力の含まれるそれに、俺は舌打ちしながらエリザリットへの接近を断念する。
そしてその直後、赤いシャボン玉は強烈な衝撃を放ちながら弾け飛んだ。
どうやら、攻撃用のシャボン玉もあるようだ。どの程度の威力なのかは分からないが、今の俺は回復魔法を受け付けない状況である。
可能な限り、ダメージを受けることは避けなければならない。
それに、今の攻撃の厄介な点は、無数のシャボン玉の中でそれを見分けなければならないことである。
色的にはそこそこ目立つため、探そうと思えば探せるのだが、敵に集中している間に探すことは困難だろう。
(シリウスにとっても厄介だな)
シリウスは頑強ではあるが、それでも無敵というわけではない。
幾度となくシャボンの破裂を喰らっていれば、そのうち体力を削られきってしまうことになるだろう。
そして、そんな分析をしている間にも、エリザリットは次々と新たなシャボン玉を生み出している。
恐らく、正攻法で倒す場合は手数によるシャボン玉の排除が必要となるのだろう。
残念ながら、俺たちだけではどうしても手数が足りない。まともに相手をすることは不可能ということだ。
「……流石、数十人で挑むような相手ということか。接近するだけでも一苦労とはな」
おまけに、接近できたとしてもそれだけで倒し切れるとは限らない。
先ほどの一撃で多少体力は削ったが、その減少分は既に回復されてしまっている。
ゆっくりとではあるが、俺と同じく自動回復系のスキルか魔法を持っているらしく、断続的にダメージを与えなければ回復されてしまうようだ。
まあ、向こうもこちらのことを警戒しているせいか積極的には攻撃してこないし、千日手の様相と言ったところだが。
「分からないの? アンタじゃ、私には絶対に届かない! 偉そうなことを言って、人間なんて所詮はこんなものよ!」
「はっ、ロムペリアが人間になったことがそんなにショックか? まあ、お前には永遠に分からんだろうがな」
さて――そろそろ頃合いだ。
チャンスは一度。ここで攻め切れなければ、恐らく仕留めることは不可能。
だがここで賭けに出なければ、いずれはジリ貧で負けることになるだろう。
そのための準備は、どうやら今終わったところのようであった。
「【紅桜】ッ!」
緋真の声が響き渡る。
その姿は俺と同じく、右腕と武器が赤黒く燃え上がり、額からは角が伸びている状態だ。
唯一違う点は、俺の角が一本であるのに対して緋真のそれは二本であるということだろうが――まあ、恐らくは同じ羅刹族なのだろう。
成長武器を解放した緋真は、その刃から無数の火の粉を撒き散らす。
そしてそれらが宙に浮かぶシャボン玉に触れた瞬間、爆発を巻き起こして多くのシャボン玉を破壊してみせた。
「ルミナ、セイラン! 手数で攻めろ!」
「はいっ!」
「クェエッ!」
それと同時に、俺の指示に従って、ルミナとセイランがそれぞれ召喚系スキルを発動する。
現れた精霊と亡霊の群れは、それぞれが攻撃を行いエリザリットの周囲にあるシャボン玉を纏めて割り散らしていく。
突然の衝撃に、エリザリットは動きを鈍らせている。道が開けている現状、動きを止めているのは僥倖と言うべきだろう。
歩法――烈震。
「《練命剣》、【命輝練斬】!」
敵へと向けて駆け――それよりも早く、紅の影が悪魔の横合いに出現した。
刃を構えた影は、しかし出現したにもかかわらず黒い靄に包まれ、その中で暗く輝く銀の双眸が相手を睨み据える。
その瞬間、確かにアリスの動きを察知していた筈のエリザリットの動きが硬直した。
無論、目の前で動きを止めた相手に容赦などするはずもなく、アリスはエリザリットの脇腹へと黒い刃を突き立てた。
そしてその直後、エリザリットを挟んだ反対側にアリスの姿が現れ――
斬法――剛の型、白輝。
「しゃあッ!」
【ムーンレイク】によって相手の背後に移動したアリスがエリザリットの心臓に刃を突き立てるのと同時、俺の振り下ろした速太刀の一閃が、エリザリットの小さな体を肩口から脇腹にかけて深く斬り裂いた。
間違いなく致命傷――たとえ侯爵級悪魔といえど、生存できる筈のないダメージだ。
しかし、己の刃から伝わった感触の異様さに、俺は思わず顔を顰めた。
「……貴様」
「チッ……この体はもうダメね。ホント、忌々しい」
深く斬り裂かれたエリザリットの体。その傷からは、緑色の血液ではなく、無色透明な水が流れ出していたのだ。
その姿を見て、理解する。目の前にいるコイツは悪魔本体ではない。恐らくは、魔法による分身であると。
「誓うわ。アンタも、ロムペリアも、私が必ず殺してあげる。侯爵級第八位、エリザリット――私のこと、覚えておくことね」
幼い声音に篭る、底の知れぬ怨嗟。
そんな宣誓の言葉と共に、エリザリットの分身体は水となって地面に広がったのだった。