489:女神への嘆願
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「魔剣使い……ッ! 一体、何のつもり!?」
「黙って運ばれてろ! あそこに行くのがお前の目的だろうが!」
「自分で走れる、離せ!」
俺の手を振り払ったロムペリアは、そのまま勢いを殺すことなく走り始める。
だが、その動きは以前と比べて精彩を欠いている。
エリザリットから受けたダメージが影響しているのかと思ったが、どうやらそれ以外にも要因があるらしい。
まあ、大方女神の力による影響だろう。厄介ではあるが、どうしようもない話だ。
「どうするつもり? 私があそこに入れるとでも思っているの?」
「まあ、何とかなるだろ」
「無計画にも程がある! それよりも、先にエリザリットを倒すべきよ!」
「やかましい、こっちは女神の試練の最中でテイムモンスターたちが呼べないんだ。俺だけでも終わらせなけりゃ、侯爵級とはやってられん!」
ルミナとセイラン、シリウスの力さえあれば侯爵級を相手にも戦うことはできる。
だが、俺たちだけではどうしても火力不足に陥ってしまうだろう。
成長武器の強制解放を含めれば可能性はあるだろうが、流石に今の段階でこれを使うことは避けたい。
故に、早急にクエストを終わらせて、あいつらを召喚可能にするのが急務なのだ。
「けど、私ではあの神殿には――」
「おいロムペリア、お前一応、律義に試練は受けてきたんだろう?」
「それは、その通りだけど」
「ならいい、やるだけやってみるだけだ。お前の種族変更、試すだけの価値はあるだろう」
可能性の模索でもあるが、それ以上に悪魔共への意趣返しの面もある。
悪魔から人間が生まれる、何とも奇妙な話じゃないか。
そして、そんな人間が悪魔を上回ったならば、奴らにとっては最大の意趣返しになる筈だ。
女神の神殿は既に眼前、今更下がるという選択肢も無い。
俺は、未だ扉を閉ざしたままの神殿へと向け、強く叫び声を上げた。
「見ているんだろう、女神アドミナスティアー! 俺をこれまで試していたのであれば、これを受け入れる程度の度量は見せてみろ!」
神殿に近づくにつれて、ロムペリアの顔色はどんどん悪くなってきている。
ここで足止めを喰らっている暇はないし、とっとと扉を開けと強く命じた。
そんな俺の言葉にか、或いは単純に接近したからなのか、女神の神殿の扉はゆっくりと開き――
「まどろっこしい!」
「……私が言うのもなんだけど、女神の使徒がそれでいいの?」
時間が無いため、早々に蹴り開けることにした。
呆れた表情でロムペリアがこちらを見ているが、それに構っている暇はない。
その言葉には特に反応せず、さっさと神殿の中へと足を踏み入れる。
「ッ……」
中に入ったことで更に女神の影響を強く受けたのか、ロムペリアが呻くような声を上げる。
だがそれでも、弱音を発するつもりはないのだろう。或いは、俺の前で弱みを見せたくないのか。
何にせよ、本人が見せたがらずにいるのであればそれに言及はしない。
互いに無言のまま、俺たちは女神の神殿の中へと入っていく。
内部は柱が立ち並び、その先に幾度か目にしたことのある女神像の姿がある。
窓はないが、柱に埋め込まれた石が白い光を発しており、照明としての役割を果たしているようだ。
「これが女神の神殿か……もう試練は無いだろうな」
「ぐ……入れたのは、いいけど……」
「……時間は無さそうだな。行くぞ」
話している暇も無いと、ロムペリアを伴いながら女神像の前に足を運ぶ。
その瞬間――
『上限解放クエスト《女神の試練》を達成しました』
どうやら、これで試練そのものは完了となったらしい。
それと共に、俺の目の前にはこれまでに見たことのないウィンドウが出現した。
その名も上限解放種族の選択――どうやら、これによって新たな種族に変化することができるようだ。
本来であればゆっくりと検証して決めたいところではあるが、今はあまり時間も無い。
俺はざっと選びながらも、横目にロムペリアの様子を観察した。
「女神、アドミナスティアー……私の、声を……聴きなさい……!」
それは、真に迫った声であった。
心の底から絞り出した、決意と覚悟に染まり切った求道者の声。
その重さに、俺は目を細めながら言葉を待つ。こいつが求めたもの、その行く末を見届けるために。
「私は、ただの悪魔だった……リソースを奪い、己が力とする、それこそが正しい在り方だと思っていた……」
ロムペリアは、かつてアルファシアを攻めた悪魔の軍勢の支配者であった。
結局彼女自身がその場で顕現することは無かったが、その時のロムペリアはそんな存在だったのだろう。
「けど、私は……私の願いを知った。私は強くなりたい……強く、強く……誰よりも、何よりも……ッ!」
女神からすれば、ロムペリアは単なる外敵でしかない。
ここに入れたのも、俺と一緒だったからという可能性もあるだろう。
だが――あの雲の霊獣が消えていたことには、別の意味があるように思えてならない。
つまり、女神アドミナスティアーは、何らかの意図があってロムペリアを此処まで迎え入れたのだと。
「でも、悪魔に成長なんてものはない……心も、肉体も、消滅する時まで変わらない……私たちはただ、リソースの総量で力を示すことしかできないのよ……」
ロムペリアの体からは赤黒い煙が上がっている。
女神の力を間近で受けることによって、ダメージを受けている様子であった。
このままでは、あまり長くは持たないだろう。その前に、ロムペリアは己の手で掴み取らなければならないのだ。
こちらとしても、これ以上の手助けをするつもりはない。ここで倒れるのであればそれまでだ。
故に、俺はただ期待を込めてその姿を観察する。
「魔物を狩って、リソースを集めた。伯爵級から、侯爵級に比するまでには蓄えられたわ……でも、それだけ。私は、何も変わっていない……だから!」
弾かれたように、ロムペリアは顔を上げる。
己の腹の内のもの、全てを吐き出すように叫びながら、彼女は告げた。
「私は、人間になりたい……ッ! 己の力で、己の意思で、前へと歩いて行ける存在へ! だから、どうか――私に、女神の裁定を!」
そう叫んだ、瞬間――ロムペリアの体を、黄金の光が包み込んだ。
目を焼かれそうになるほどの魔力。その輝きに目を細めながら、俺はロムペリアの姿を注視する。
「がっ、あああああああああ――――!」
この魔力は、強烈極まりない女神の力だ。
悪魔である彼女にとっては、ただひたすらに苦痛な毒となることだろう。
だが、悲鳴を上げながらも、彼女はじっと女神の像を睨み続けていた。己の覚悟を見届けろと、そう言わんばかりに。
そして、そんなロムペリアの体に、唐突な変化が訪れる。
「角が……それに、肌も変化している?」
まるで腐り落ちるように、ロムペリアの頭から伸びていた角が折れて塵となる。
また、彼女の肌はゆっくりと褐色に変わっていっているようだ。
その姿は魔人族に近いが、背中から伸びていた黒い蝙蝠のような翼は変わっておらず、以前からの悪魔としての姿のままだ。
彼女の白かった肌は手足の先から褐色に変化していっているらしく、その変化は開いている腹部へと向けて収束していく。
そして、そこには赤く複雑な紋様が刻まれ――ようやく、黄金の魔力は収まった。
ロムペリアはその場に蹲るように頽れ、微動だにしない。そんな彼女へと向け、俺は警戒は絶やさぬまま声をかけた。
「終わったようだな。生きてるか?」
「ッ……ええ、何とか、ね」
俺の声を聴き、ロムペリアはゆっくりと立ち上がる。
基本的な体系や顔は変化していないが、肌や角の変化は中々に大きく彼女の印象を変えていた。
だが何よりも、今の彼女からは悪魔としての魔力を感じない。
総量で言えば以前に比べて大きく減衰してはいるが、それは紛れもなく人間の魔力であった。
「人間の種族になることができたのか」
「夜魔族……というらしいわね。どんなことができるのかは、まだ分からないけど」
だが少なくとも、今の彼女はこの女神の領域に苦痛を感じている様子はない。
間違いなく、人間として種族変化を果たしていた。
それを改めて確認し、俺は思わず笑みを浮かべる。
それは紛れもなく、心からの賞賛の笑みだ。
「見事だ。それだけ言っておく」
「……ふん。それより、そんな冗談を言っている暇があるのかしら?」
「ああ、こちらも種族は決めているさ。さっさと真化を果たして、戦線に戻るとする」
色々と話しておきたいことはあるが、今はそんな暇もない。
こちらも急いでレベルキャップの解放を行うこととしよう。
 





