488:想定外
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「……何なの? ここにきて、また何か変な試練でも追加されてるの?」
「激しくはないですけど、ちょっと揺れますね。っていうか、雪崩とか大丈夫でしょうか?」
「分からんが、収まるのを待つのは建設的じゃないかもな。それに……色々と妙な感じだ」
周囲を見渡しつつ、目を細めてそう呟く。
以前来た時は状況も違っていたため、色々と変化が起こることは不思議ではない。
だが、それを踏まえた上でも、いくつか不可解な要素があったのだ。
「緋真、分かるだろう? こいつは戦闘音だ」
「ええ、そうですよね……属性は分からないですけど、魔法による攻撃っぽいです」
「戦闘? それじゃあ、私たち以外の誰かがここに登っているってこと?」
アリスの言葉に、俺と緋真は首肯を返す。
色々と疑問はあるが、この鎖を辿った先、山の上の方に何者かがいることは間違いないだろう。
だが、それはどう考えてもおかしい状況なのだ。
「私達よりも早くレベルキャップに到達したプレイヤーがいたとは思えませんし……到達していないなら、この山に来てもイベントは発生しませんよね?」
「俺たちが前回来た時のような状態であるなら、何も起こることは無いと思うんだがな」
「けど、事実として戦いが起こっていると。じゃあ、何が起こっているのかしら?」
「分からんな。だが、もう一つ気になることもある」
アリスから視線を外し、周囲へと巡らせながら、俺はそう告げる。
俺の視線を辿り、二人も周囲を観察して――そして、異常に気付いたようであった。
「雲が、晴れてる?」
「この間来た時は、この辺りも雲に包まれていたわよね?」
「ああ、その筈だ。だが今は、この通りからっと晴天だな」
ただ晴れているというだけの話なら、そこまで気にすることでもなかっただろう。
だが、この山の雲はただの雲ではない。あの巨大な雲クジラが生息していた場所だ。
俺たちでも到底手は出せないような、規格外の怪物。
あれが姿を消しているという状況が、果たして何を意味しているのか。
「あのクジラ、やられちゃったんでしょうか?」
「あれを何とかするとしたら、それこそ大公級でもなければ無理だとは思うが……分からんな、少なくとも考えているだけじゃ結論は出ないだろう」
「ってことは、結局ここを登るしかないってことね」
「晴れたおかげで視界は良くなってるんだ、とっとと行くとするぞ」
「おかげで足元まで綺麗に見えるけどね……」
以前は視界が悪かったため、崖の下はほとんど見えていなかったのだが、今は快晴であるためはっきり見えてしまう。
正直、俺でさえ背筋が寒くなるような光景なのだが、文句を言っていても状況は改善しない。
軽く溜め息を吐きつつも、俺は岩壁に設置された鎖を手に取った。
ここでいつまでも待っていたところで、状況が好転することはあるまい。
さっさとここは潜り抜けて、上の状況を確認することとしよう。
「足元は感覚で確かめて、視線は前だけに向けておけ。下を見ても足が竦まないなら足元を見ながらでもいいがな」
「案外余裕ありそうですね、先生」
「足場のない崖を登るわけじゃないからな。命綱が無いとはいえ、まだ何とかなるレベルだ」
しっかりと鎖を握り、楔が抜けないことを確かめつつ、しっかりと足場を踏みしめながら前へと進む。
未だに上方では戦闘音が響いており、何かしらの戦いが続いていることは間違いない。
だが、そちらに気を取られていると大変危険であるため、足場に意識を集中しながら先へと進んでいく。
一応ではあるが、フリークライミングのようなことをした経験もある。
あの時はマトモな装備も無かったため、ほぼ力業での行動だったが、あの時に比べれば天と地の差だ。
体を支える鎖があり、足場もしっかりしている。これならばそこまで危険は大きくないだろう。
「思ったよりは長くないな」
「そうですか? かなり長く感じますけど」
「気分的な問題だろう。距離自体はそう大したもんじゃないぞ」
まあ、一度でも足を踏み外せばその時点で終わりであるため、危険なことには変わりないが。
ともあれ、常に気を付けながら先へと進む。後ろの二人の様子も気がかりではあるが、今は己のことに集中しなくては。
不幸中の幸いと言うべきなのかは分からないが、晴れているおかげであとどれぐらいで到着するのかは分かりやすい。
おかげで、精神的な余裕を保ちながら、安全な地面にまで到着することができた。
「ふぅ……よし、行けるか?」
「ちょっと疲れましたけど、先のことも気になりますしね」
「行きましょう。これがどんな状況なのかは分からないけど、レベルキャップの解放そのものも近いわよ」
精神的な疲労はあるが、戦闘音は未だに続いている。
このままここで足踏みをしていても仕方がないと、俺たちは先へと向けて歩き出した。
洞窟と崖を超えればゴールは目前、この雪で覆われた道を進めば女神の神殿に辿り着く。
けれど――その向こう側で、強大な魔力が炸裂する様子が目に入った。
「あれか……やはり戦っているようだな」
「でも、あれって――」
舞い上がる雪煙の影響で見づらいが、恐らく戦っているのは二人。
どちらも強大な魔法を操り、目まぐるしい攻防を繰り広げているようだが――赤い魔法を使っている方が、若干不利な状況であるようだ。
一体何者なのかと思ってはいたのだが、この魔力には覚えがある。
餓狼丸を抜き放ち、しっかりと雪の地面を踏みしめながら先へと駆ける。
そして目に入ったのは、強大な魔法を撃ち合う二体の悪魔の姿であった。
「こんなところまで来てさぁ、何をしてるのかと思ったら――魔王様に逆らうなんて、アンタ正気なの? アッハハハ、馬鹿じゃない!?」
「五月蠅いわね、クソガキが! そんなもの、私の知ったことじゃないわ!」
甲高い声で嘲笑の声を上げながら騒いでいるのは、短めな青い髪の女悪魔だ。
見た目は幼く、アリスと大して変わらない大きさにしか見えないが、有する魔力の量はとんでもない。恐らくは、侯爵級に類される悪魔であろう。
そして、それと相対しているのは、他でもないロムペリアであった。
先日も障壁が解除される前に顔を合わせたが、今はあの時のような余裕も感じられない。
どうやら、力関係ではあちらの小さい悪魔の方が上であるようだ。
だが何にせよ――
「【アダマンエッジ】、【アダマンスキン】、【武具神霊召喚】!」
これから向かう先を塞がれている以上、ここに介入する以外の道は無い。
思わず舌打ちを零しながらも魔法を発動すれば、二体の悪魔もこちらの存在に気が付いた様子であった。
「魔剣使い……!」
「あら、例の異邦人。ねぇロムペリア、憧れの人が来てくれたみたいよ? どうするのぉ?」
「チッ、黙りなさいエリザリット!」
青い髪の悪魔、エリザリットに対し、ロムペリアには余裕が無いように見える。
さて、どんな状況なのかはいまだに把握できないが、正直なところ侯爵級に値する悪魔二体を相手にテイムモンスターなしで挑むのは流石に厳しい。
正直なところ、まともに戦っても勝ち目は無い状況だ。
(だが、どういう状況だ、これは)
こいつらが本物の悪魔である以上、これが女神の仕込みである可能性は低い。
つまり、これはレベルキャップ解放の試練とは関係のない、想定外の介入であるということだ。
正直なところ、悪魔同士が争っている以上は介入せず、俺たちだけでレベルキャップの解放に向かってしまった方がいいのだが、生憎とここを素通りするのは難しいだろう。
だが、悪魔同士が敵対している状況であるため、こいつらが協力して俺たちを潰してくるということは無さそうだ。
であれば――
「ロムペリア、質問に答えろ。お前は自分でここまで登ってきたのか?」
「……ええ、そうよ。麓から、自分の足で、試練だって踏破してきたわ」
「アハハハ! バカみたい、人間でもないのに女神に頼ろうだなんて! 女神が悪魔を受け入れるはずなんて無いのに!」
「黙れと言ったはずよ、エリザリット! そんなことは分かっているのよ最初から! でも、私にはその可能性に賭ける以外の道なんて無い!」
煌々と燃える、ロムペリアの瞳。
傷だらけでありながら、それでも瞳の中に炎を燃やし、天に牙を剥くようにエリザリットへと吼える。
「悪魔に成長の要素なんて無い、あるのは出力の違いだけ――私たちは最初からそういう風に作られている! 他でもない、あの魔王から!」
「そうね、だって必要ないんだもの! アタシ達は完璧な存在、そんな余分な要素なんて必要ないわ!」
「私はアンタのように蒙昧じゃない。元あるものは強化できても、新たなものを生み出せないのなら、私は結局ずっと先に進めない。なら――」
「人間になれば解決するってぇ? 追い詰められ過ぎて気が狂っちゃったのかしらぁ? 女神の力に触れているだけで力を削られているっていうのに、よくそんな奴に頼ろうだなんて思えるわね!」
「っ……今日は、あのクジラがいなかったっていうのに――!」
――嗚呼、成程、そういうことか。
魔王とは比べるべくもないが、女神も中々に趣味の悪い人物であるようだ。
軽く嘆息を零し、俺はエリザリットへと向けて刃を振り抜いた。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
「ッ……!?」
眩く輝く生命力の刃が飛翔し、不意打ち気味にエリザリットへと直撃する。
大したダメージにはならないだろうが、ほんの僅かであっても怯ませられるのであればそれで十分だ。
「何よもう、話には聞いていたけど乱暴な奴、って――」
「行くぞ」
「は? ちょ――」
その一瞬でロムペリアへと接近した俺は、膝を突いていた彼女を抱えて一気に神殿の方へと走り出した。
何故今日に限って雲が晴れていたのか、その理由が俺の想像通りであるならば、こうしてやるのが最適解である筈だ。
「緋真、アリス! 時間を稼いでくれ!」
「ちょっ……ああもう、分かりましたよ! 足止めだけですからね!」
緋真とアリスにエリザリットの足止めを頼み、神殿へと駆ける。
予想外に慌ただしい状況になってしまったが、これは面白いものが見られそうだ。
思わず笑みを浮かべつつ、俺はロムペリアを連れて目的地へと到達したのであった。