486:真なる剣
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久遠神通流の当主として、目の前の存在は驚嘆に値すると言っていい。
果たしてどのような仕組みなのかは全く不明だが、こいつは見事に俺という剣士の技術を再現してみせているのだ。
俺が人生の大半を使って積み上げてきたものを、こうも簡単に再現されてしまうのには複雑な感情を抱かざるを得ない。
だが同時に、これはこれ以上ないほどに大きな修練の機会であると言えるのだ。
「――――ッ!」
歩法――影踏。
こちらへと迫ってきた横薙ぎの一閃を、俺は半歩後退して擦り抜けるように回避し、相手の肩口へと向けて刃を振り下ろす。
しかし、その一閃に対して、相手は左手を合わせて刃の軌道を逸らせて見せた。
互いの刀は空を斬り、互いの視線が一瞬交錯する。
まるで人形のように表情は動かないが、呼吸そのものは俺のタイミングと同じだ。
故に、次に来る動作についてもある程度読めてしまう。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
相手は、返す刀でこちらの胴を狙ってくる。
首を狙ったならばただの流水で良かったが、そこを狙われるとなると竹別を使ってくることが目に見えている。
故に、受け流すのではなく、受け止めながら相手の死角へと移動する。
無論のこと、相手も俺である以上、その程度の動きには即座に対応してくるだろう。
だが、それでもこの状況では、こちらの方が一瞬速い。
「しッ!」
斬法――柔の型、月輪。
手首の動きのみで振り下ろすその一閃は、決して威力は大きくない。
けれど、ほぼ体の動作を必要としないが故に、僅かな隙であろうとも攻撃を差し込むことができる。
その一閃に対して迎撃は間に合わないと踏んだのだろう、相手は大きく後退することによってその一撃を回避する。
歩法――縮地。
だが、その選択はこちらも見越していた。
故に、俺は相手が地を蹴るのとほぼ同時に、追い縋るように移動する。
月輪は手首の動きのみで振るうが故に、足腰はほぼフリーの状態だ。だからこそ、こうしてすぐさま移動することも可能なのである。
(少しずつだが、見えてきたな)
こいつは、確かに俺自身を再現しているように見える。
だが、決して俺の思考そのものまでも模倣しているわけではないようだ。
恐らくは、これまでの戦闘データを混ぜ込んで、一塊にしているかのような存在だろう。
だからこそ、反応速度は非常に速く、こちらの行動に対して瞬時に判断して迎撃行動を行ってくる。
だが、だからこそその行動は読みやすい。
(その状況下で、俺が反射的に動くとすればどのように動くか。とどのつまりが、それを突き詰めた存在ってわけだ)
いかな女神とて、俺の頭の中まで覗けるわけではないのだろう。
どんな理由があってその行動を取ったのか、その詳細まで把握しているわけではない。
これまでの大量の戦闘経験があるせいで、確かにコイツの動きは的確ではある。
だが、そうである以上、どのように出てくるかはある程度予想ができるのだ。
「ああ――全く、粋な計らいだよ、こいつは」
女神には感謝しなくてはなるまい。
まさか、このような形で自らを見つめ直すことができるとは。
自らの思考を、自らの隙を、自ら潰す形で自覚する。このゲームを始めてから、一番の修練になっていることは間違いない。
隙を突き崩すことで仕留めることはできるだろう。相手が常に迎撃の形で動いてくる以上、利用できる隙は必ず存在するのだ。
だが、今はこの戦いを少しでも引き延ばしたい。自らに残っている弱点を、一つでも多く明確化したいのだ。
(しかし、恐るべきものがあることもまた事実、か)
もし、俺がゲーム内で行ってきた術理を再現しているのであれば、恐れるべきものがいくつか存在する。
言うまでもなく、久遠神通流に連なる奥伝だ。
鎧断については今回はあまり気にしなくてもいいだろうが、流水・無空や虚拍など、使われれば危険であることは間違いない。
それに、何よりも恐れるべきは、俺にとっても最大の一撃たる甕星・天穿だ。
ディーンクラッドを相手に使ったあの業を、恐らくはこの俺も使うことができるのだろう。
後の先にて敵を貫くあの刺突は、分かっていたとしても対処の難しい、恐ろしい業だ。
「いや、だからこそ――」
あれを乗り越えてこそ、己の弱点を克服することができる。
恐ろしくもあるが、同時にそれを乗り越えることを望んでいる己がいることも事実だった。
ともあれ――
「まずは、それを出させるほどに追い詰めないとか」
駆ける俺に対し、相手はそれを待ち受ける形で構える。
とはいえ、相手の動きに合わせる形でこちらも走っているため、その体勢は完璧ではない。
その状態で振り下ろすのは、相手の体を真芯に捉える一撃だ。
斬法――剛の型、竹別。
縦振りの竹別は、よほどの技量差がない限りは受け流すことはできない。
俺と相手の技術が互角であるならば、これを受け流すことは不可能だ。
故に、若干無理な体勢ではあったものの、相手は俺の一撃を斜め前に出ながら回避する。
そして反撃として放ってきたのは、俺の胸を狙う拳の一撃――恐らくは、寸哮・衝打だろう。
回避することは難しい状況、故にそれは甘んじて受け止める。
「ぐ……ッ!」
深く響く衝撃ではあるが、体勢が完璧ではないが故に威力も完全とは言い難い。
おかげで、不動で十分に受け流すことは可能だった。
無論、それでも多少ダメージを受けることになったが、必要経費と割り切っておく。
それよりも重要なのは、相手に肉薄できているこの状況だ。
斬法――柔の型、零絶。
密着した状態から、腰の捻りを利用して刃を振り抜く。
その一閃は、相手の脇腹を捉えて確かな傷を与えてみせた。
状況としては痛み分けではあるが、与えたダメージではこちらの方が大きいだろう。
だが、相手もまた、そのダメージで怯むことは無い。
「……ッ!」
左手で打撃を放っている間に、右手の刀は切っ先をこちらに向けている。
狙いはこちらの顔面、穿牙による刺突は俺を一撃で葬り去ろうと牙を剥く。
対し、俺はがくりと地面に崩れ落ちるように、深く身を沈み込ませた。
体勢からして、今の穿牙は地を踏みしめていなければ放てない。故に、蹴りによる迎撃は襲ってはこないだろう。
歩法――烈震。
体を倒すのと同時に地を蹴り、己の体重を推進力へと利用して前に出る。
相手に向けて直接突進するのではなく、その横をすり抜ける形での移動だ。
さらに、その擦れ違い様に相手の足へと刃を滑らせる。
足に傷を負わせて機動力を削ぐ――生憎と、相手が俺であるため、この程度のダメージはすぐに回復されてしまうだろう。
だが、それでもほんの僅かに動きを鈍らせる効果は有る筈だ。
そのまま少しだけ距離を開けて反転、体勢を立て直して相手へと向き直り――俺は、思わず眼を見開いた。
「……その、構えは」
こちらへと切っ先を向け、静止したその姿。
それは紛れもなく、甕星・天穿を狙っている構えであった。
カウンターで行うあの業は、こちらから仕掛けなければ意味はないものではある。
だが、一度放たれれば対処は不可能。不可視に近い神速の刺突が、こちらを貫くことになるだろう。
故に、このまま様子を見て相手が構えを崩すのを待った方が確実であると言える。
(だが――)
俺とジジイしか扱うことのできない奥伝。
流石のジジイといえど、その術理を俺に向けて放ったことは無い。
故に、俺はこれまで、甕星・天穿に挑んだ経験は無いのだ。
そもそも、ジジイにこれを使われていたのであれば、俺はとっくの昔にくたばっていただろうが。
ともあれ――これは、ジジイですら経験したことがないであろう、貴重な機会なのだ。
「はは、正気の沙汰じゃねぇな」
息を整え、意識を集中する。
女神の試練、レベルキャップの解放――それが重要であることは理解している。
だが、今この時、それよりも優先しなければならないものが目の前にあるのだ。
限界を超えるために、ジジイの頂に手を届かせるために。
――今、至高と信じた己の一撃を打ち破る。
「……」
互いに無言。元より相手は声を発していたことは無いが、互いに極限まで集中力を高めていく。
間合いを測り、切っ先の位置を確認して――駆ける。
「――――ッ!」
相手の切っ先が揺れる。俺の心臓を貫かんと、まるで流星のように飛び込んでくる。
その様は目にすることはできず、ただ想像で補うだけ。
刃の切っ先は、間違いなく俺の命脈を断とうと閃き――
「――ああ、これか」
――俺の左肩を貫いて、腕ごと斬り飛ばした。
そして俺の一閃は確かに、相手の首を半ばまで斬り裂いていたのだった。