485:己との戦い
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
相手が己である以上、手加減などするはずがない。最初から本気、全力を発揮しての戦いだ。
しかし、急いで仕掛けるような真似もしない。刀を正眼に構えたまま、じりじりと互いの距離を測りながら相手の姿を観察する。
見た目は完全に俺自身の姿。だが、変身する前と同じように、薄くではあるが黒い靄のようなものを纏っている。
これは相手の姿を写し取る力を持った魔物や精霊の類なのか、或いはもっと別の、女神が直接干渉したが故のものなのか。
(どこまで俺を――久遠神通流を再現している?)
スキルは使わない。そんなものを使わずとも、俺は元々防御力は低い。
刃さえ当てれば、貫いてダメージを与えることなど容易いのだ。
故に、余計な攻撃力上昇などは必要ない。デメリット面も大きい【武具神霊召喚】などは以ての外だろう。
「……」
隙は少ない。所々見えるが、あれは誘いだ。
自画自賛しているようで微妙な気分ではあるのだが、どうやら技量の面においてもこいつは俺を再現しているようだ。
さて、どうやっているのかは不明だが――まあいい、むしろ望む所だと言えるだろう。
少しずつ、少しずつ、距離を測りながら様子を窺う。そして――
「――――ッ!」
歩法――縮地。
最初に、こちらが仕掛ける。
上体を一切揺らさず、滑るように肉薄して振り下ろした一閃は、しかし即座に反応した敵によって受け止められた。
そのままの鍔迫り合いは互角。どうやら、ステータスの面でも同等の能力を得ているらしい。
(それなら、どこまでついて来れる……!)
重心の移動と共に餓狼丸を逸らし、敵の刀を流し落とす。
しかし、それを読んでいたかのように、敵も体勢を崩すことなく刀を止めてみせた。
だが、それでも次なる動作はこちらの方が速い。
斬法――柔の型、刃霞。
手首の動きによって跳ね上がった刃が、反転しながら敵の肩口を狙う。
しかし、既に体勢を立て直していた相手は、半歩後退することで俺の一閃を回避してみせた。
だが、刃霞の一閃は元より本気で振るった刃ではない。
俺は右足を前に出しつつ、体で押し出すように返す刀の一閃を放った。
(その体勢では躱せない。ならば流水で受け流すだろう)
この体勢であったとしても、選択肢はいくつかある。
無論のこと多くはないが、まず間違いなく流水を使うことになるだろう。
そしてそうなれば、こちらとしてもそれに対処するための方法を取るだけだ。
斬法――剛の型、竹別。
流水による受け流しを許さず、垂直に刃を押し付ける。
この術理は、元より流水への対抗手段として作り上げられたものだ。
たとえ相手が俺自身であったとしても、その一撃を受け流すことなどさせる筈がない。
だが、俺が刃を振るった瞬間、異様に軽い手応えと共に相手の姿が消えた。
「――そっちか」
流水・浮羽による受け流しと移動。竹別に対応するのであれば、それを使うことは想像がついていた。
故に、俺は相手の刃を弾くように刀を振り切る。
中途半端に刃を止めれば、距離が近い状態で相手からの反撃を受けることになってしまうのだ。
大きく相手を弾き飛ばしておけば、少なくとも不利な状況での接近を許すことはあるまい。
「ふぅ……」
整息と残心、互いに刀を構え直して向き直る。
今の攻防で分かったが、まず間違いなくコイツは俺の技量を再現している。
それにどのような技術が使われているのか、試練以外のタイミングでも再現可能なのかどうかは分からないが、今は気にしている暇もない。
必要なのは、いかにしてこいつを斬るか、それだけだ。
「――――ふッ!」
今度は向こうから仕掛けてくる。
スキルを一切使ってこない辺り、コイツを再現した試練も中々に分かっているもの。
或いは、女神とやらが直接手を加えているのかもしれないな。
横薙ぎの一閃を後退して躱し、追撃に放たれた振り上げは半身になって回避しつつ、相手へと向けて刃を振るった。
しかし、その一閃は合流してきた相手の刃によって受け流される。
やはり、ただ刃を振るうだけでは千日手になってしまうだろう。
(さて――)
刃の向きを変え、相手の刀を押さえつけながら左足で前進、相手の体に密着する。
それと共に放つのは、地を踏みしめた威力を存分に伝える衝撃だ。
打法――破山。
くぐもった音と共に足元の岩肌が弾け、衝撃が相手の体へと叩き付けられる。
だが、相手も風林火山を使っていたのか、不動の効果によってある程度衝撃は逃がされてしまったようだ。
しかし、それでも多少はダメージを与えられたのか、後方に跳躍した相手の表情は僅かに歪んでいる。
まあ、あのタイミングで本気の破山を受ければ、俺自身受けきれる自信はない。
ああやって立っていられる程度にダメージを抑えただけでもかなりのものだろう。
「これだけじゃ、終わらないだろう?」
歩法――縮地。
相手が衝撃から立ち直るよりも早く、相手へと肉薄する。
だが、思っていた以上に衝撃を受け流し切れていたのか、即座にこちらの動きへと対応してきた。
こちらを寄せぬようにするための、横薙ぎの一閃。だが、その角度では竹別は使えまい。
斬法――柔の型、流水。
相手の一閃を上向きに流しながら左手を離し、相手の胸へと拳を置く。
間髪入れずに放つのは、衝撃を叩き付けるための一撃だ。
打法――寸哮。
無論のこと、不動を使っている相手にこの衝撃が有効なダメージを与えられるとは考えていない。
必要なのは、次の行動に移るまでの時間を引き延ばすことだ。
衝撃を受けた相手は、衝撃を受け流しながらもほんの僅かながらに動きが鈍る。
その刹那の内に、俺は後ろへと流していた餓狼丸の切っ先を前へと向けた。
「……ッ!」
「避けられるか?」
斬法――柔剛交差、穿牙零絶。
腰の捻りと上半身の動き、それによって放たれる零距離からの刺突。
例え俺が目の前にいたとしても、相手は絶対にこの攻撃に対処しなければならない。
刃の切っ先は相手の心臓へと向けられている、回避であれ防御であれ、必ず何か行動を起こす筈だ。
結果、敵は――俺へと振り下ろそうとしていた一撃を、迎撃のために使用した。
流水によって俺の刺突を逸らし、攻撃を防ぐ。その動き自体は、決して間違いではないだろう。
だが同時に、どうしても避け得ぬ隙が生じるものでもある。
歩法・奥伝――虚拍・後陣。
相手が受け流しを選択したその瞬間、相手の意識の隙間へと潜行する。
その一瞬で相手の視界の外へと逃れた俺は、その隙を利用して大きく刃を振るう。
斬法――剛の型、輪旋。
弧を描く遠心力を利用した一閃。その一撃に――しかし、相手はしっかりと反応してみせた。
僅かに遅れながらも回避行動を取り、肩に僅かな傷を受けながらも、俺の攻撃を避け切ってみせたのだ。
地を滑るように体勢を立て直した相手に、俺は思わず笑みを浮かべる。
「我ながら見事、ってところか。ああ、いいな。実にいい」
奥伝を使っても仕留め切れない、まるでジジイを相手にしているかのような緊張感。
この剣と殺意の応酬は、悪魔を相手にしても得られなかった経験だ。
これが女神の演出であるというならば、心から感謝してしまいたいところである。
「さあ、続きだ。これで終わるわけがないだろう!」
笑みと共に、次なる一当てへと足を踏み出す。
奥伝にまで反応してみせた、その完成度。存分に堪能させて貰うこととしよう。





