483:妖精たちの障害物競走
三つ目――と言っていいのかどうかは分からないが、やってきた試練である妖精たちの『悪戯』。
ひたすらこちらへと向けて襲い掛かってくる落石に、俺たちは辟易しながらも走り続けていた。
直撃したら死にかねない落石とはいえ、落としてくる岩はそこそこ丸い。
恐らく魔法で準備したものだからだろうが、そのおかげで落石の軌道は比較的読みやすいものではあった。
おかげで、動体視力を鍛えている俺や緋真、そして回避能力の高いアリスには、面倒ではあるが対処できないものではない状況であった。
尤も――
「あの妖精共、段々と遠慮が無くなってきてないか?」
「熱中している内に加減を忘れていく子供そのものですね……!」
最初はそれほど大きくはない岩ばかりだったというのに、今では一抱えもあるような岩が頻繁に転がってくる。
ある程度当たっていたら満足していたのかもしれないが、この状況ではわざと攻撃を受けるということもできない。今となっては後の祭りだろう。
中々意地の悪い仕掛けに頬を引きつらせるが、それでも俺たちはまだまだ余裕をもって回避できる状況だ。
落下してくる岩の軌道を読み、そこから外れた安全地帯をタイミングを見ながら走り抜ける。
山道を登っているため中々に大変ではあるが、この試練もそう長く続くことは無いだろう。
そう思いながら角を曲がり――正面からこちらへと転がってくる、三メートルはありそうな岩に、俺は思わず発しかけた罵倒の言葉を飲み込んだ。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
鞘に納めたままの餓狼丸へと、己の生命力を注ぎ込む。
鯉口を切り、僅かに漏れ出した黄金の光が周囲を照らす中、俺は迫りくる巨岩を正面から立ち向かうように足を止めた。
「緋真、周りは頼む!」
「了解です!」
俺がしようとしていることを理解したのだろう、緋真はこちらに落ちてくる岩の迎撃に刃を抜く。
アリスの場合は武器攻撃での対処は難しいだろうが、魔法である程度援護してくれているようだ。
ならば、俺は目の前の脅威にのみ集中すればよい。
「――――ッ」
こちらへと迫りくる岩――止められなければ、俺たちはひとたまりも無いだろう。
岩を刀で斬ることが可能かと問われれば、俺は条件次第では可能であると答える。
岩の材質や強度、密度、劣化具合。それらを加味しなければ、判断することは難しいからだ。
だが、単純に考えれば、刀の玉鋼の方が岩よりは硬い。故に、傷をつけることは可能だし、それが可能であれば刃を通すことも理論上は不可能ではない。
無論、普通はそんなことをすれば刃が潰れるし、やる理由も無い。
だが、このゲームの中で、スキルという要素を加味するのであれば話は別だ。
「シィ……ッ!」
体を捻りながら剣気を蓄え、一歩を踏み込みながら深く体を沈み込ませる。
一瞬の硬直、それと共に爆発させるのは、視界を真っ二つにせんと輝く黄金の一閃――
斬法――剛の型、迅雷。
体のバネを交えて抜き放ったその一撃を、黄金の軌跡を宙に描きながら振り抜く。
純粋な威力ではなく、求めたものは鋭さと速さ。
岩そのものの強度は高が知れているのだ、そこに必要以上の破壊力を込める必要はない。
必要なのは、こちらの刃を通すための鋭さと、相手の強度に敗れぬよう振り抜く速さ。
それが揃っているのであれば――その二つを再現した黄金の軌跡が、迫りくる岩を真っ二つに斬り裂いて見せるのだ。
「……!」
「さっきの光景に映画だ何だと言ってたけど、貴方自身似たようなものじゃない」
二つに分かれ、両脇に逸れながら転がっていく両断された岩に、緋真は目を見開きながら息を飲み、アリスは皮肉を交えながらも楽し気に笑みを浮かべる。
満足いく結果ではあるが、しかし油断することは無い。
確かに目の前の脅威を排除することはできたが、それでも問題の原因そのものを排除したわけではないのだ。
事実、痺れを切らしたらしい妖精たちは、ついにこちらへと向けて直接魔法による攻撃を開始したのだから。
「緋真、そっちは自分で何とかしろ!」
「分かってます! でも、先生ほどは受けきれませんからね!」
こちらへと迫ってきた炎の魔法を《蒐魂剣》で斬り裂きながら、再び前へと向けて走り出す。
やはりこのエリアでは、ある程度被害の少ない内に攻撃を受けることが必要なのだろう。
そうしなければ、こうしてどんどんと妖精側の攻撃がヒートアップしていくのだ。
「ったく、先に言っておけってんだ」
「時々面倒なことをしてくれますよね、本当に!」
果たして本当に時々だったかと思いつつも、俺は【断魔鎧】のテクニックを発動する。
幸いと言うべきか、今のところ妖精たちの魔法攻撃はそこまで強くはない。
ダメージ量のみで言えば、明らかに先程の岩の方が危険だっただろう。
だが、追加効果や足止めも含めて、無視するわけにはいかないダメージだ。【断魔鎧】による保険はかけておきたい。
「しかし妖精共め……本当に遠慮がないなあいつら」
岩が弾切れになったからなのかは知らないが、飛び回っていた妖精たちは皆こちらへと魔法を撃ってきている。
狙いそのものはそこまで正確ではないため、こちらに当たりそうなもののみを《蒐魂剣》で破壊すれば何とかなるだろう。
一方、魔法破壊を持たないアリスはどうしているのかと探してみたが、姿が見当たらない。
どうやら、《姿なき侵入者》を使用して透明化しているようだ。
それによってすっかりと標的を見失っているのか、アリス自身は魔法の標的にはなっていないようだ。
(いやまぁ、それが正解なんだがな)
魔法に対する対抗手段を持たず、しかも体力も低いアリスの場合は、そうしておくのが最も安全だろう。
自分に向かうであろう攻撃を全てスルーしてこちらに押し付けたことには若干言いたいことはあるが、結果としては同じことになっていただろうし、今はいい。
それにしても、この試練は果たしていつまで続くのか。ずっと走っていたがために、どれぐらいの距離を登ってきたのかがよく分からない。
だが、遠景に見える景色からすると、そろそろ目的地に着きそうなものではあるのだが――
「ああクソ、邪魔すぎる! 《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
まるで息を合わせたかのように同時に飛んできた魔法へ、こちらは広範囲に広がる《蒐魂剣》のテクニックを放つ。
完全に防ぐのであれば【護法壁】の方がよかったのだろうが、あちらはどうしても足を止めなければならない。
前に進み続けるには、こうして大技を放つ他に道は無いのだ。
(……タイミングが合わさったのは偶然か。意図してできるのであれば最初からしていた筈だ。やはり、妖精たちは大雑把な指示は受けているが、動きを支配されているわけじゃない。いや、詳細に指示を受けてその通りに動けるのかは知らんが)
基本的に、妖精たちは好奇心旺盛な子供のようなものだ。
その動きを完全に制御するなど、それこそ女神でもなければできないだろう。
何にせよ、妖精たちが自主的に息を合わせられないのであればこちらとしても好都合だ。
一斉に襲い掛かってきた魔法は打ち消し、散発的に飛んできた魔法は回避して、俺たちは先へと進み――
「クオン! 前方に洞窟!」
「っ、分かった!」
どうやら、アリスは姿を隠している間に先行して調査していたらしい。
ともあれ、ゴールが見えたのであれば、後はそこまで走り抜ければいいだけだ。
妖精たちは相変わらず邪魔であるが、あと少しこれを潜り抜ける程度ならばまだまだ余裕はあるだろう。
(これが魔物だったら遠慮なく反撃してやるところだったんだがな!)
歩法――烈震。
心の中で毒づきつつ、俺と緋真は一気に加速する。
目標地点が見えているのであれば、体力を気にしすぎる必要も無い。
唐突な加速によって目標を見誤った妖精たちの魔法は地を叩き、更にこちらの動きを捉え切れずに僅かに硬直する。
その隙に、俺たちは一気に洞窟の中へと身を躍らせたのだった。