478:補給と準備
悪魔との連戦はそれなりに効率のいい稼ぎではあったのだが、やはり物資をそれなりに消耗してしまう。
まあ、俺の場合は使っていた武器は餓狼丸だし、回復はスキル任せであったため、よほどの状況でない限りポーションは使わなかったのだが。
だが、セイランやシリウスにはそれなりにMPポーションを渡すことになったし、緋真もそれなりに消耗している。やはり、一度補給に戻るべきだろう。
逆に言えば、補給さえすればもう一度同じ方法で稼ぐこともできる。そう判断した俺は、一度聖王国北の大要塞へと戻ってきた。
「やっぱ、ここは人が多いな」
「ここが最前線ですからね。トップ層はみんな集まってきてるんじゃないですか?」
緋真の言う通り、この地は現状、もっとも敵に近い位置であると言える。
悪魔たちも結構な頻度で襲撃してくるし、クエストも増えてきていることだろう。
もう少しレベルの低いプレイヤーであれば帝国で稼ぐという手もあるのだろうが、トップ層であるならばここが最適解となるだろう。
まあ、それだけ数が集まってきているということは、狩場の競争が発生するということでもあるのだが。
やはり、ああして奥まで踏み込み、敵の出現を誘発した方が効率的ということか。
「とりあえずポーションと……装備の修理は要るか?」
「私は別に大丈夫ですよ。二刀も使いましたけど、あっちは魔法触媒がメインでしたし」
「私もいらないわ。使ったのはほぼ成長武器だけだもの」
どうやら、装備関連については特に問題は無いようだ。
防具の修理も含めてはいたのだが、あまり攻撃は受けていないらしい。
まあ俺たちの場合、全員防御力は低いため、喰らったらその時点で終わりである可能性が高いのだが。
「ふむ。それなら、回復アイテムだけでいいか。多めに購入して、しばらく戦えるようにしておくぞ」
「もう一回あそこに行くつもりですか?」
「この状況なんだ、当たり前だろう」
嫌そうな顔をしつつも、緋真も理解しているようだ。
これだけの数のプレイヤーが集まってきている状況では、ああでもしない限り効率的な狩りはできないのだから。
何にせよ、目標はレベルキャップの到達であるし、そこまで行けば後は試練に向かうだけだ。
そうそう長い間、あそこに留まり続けるということも無いだろう。
(しかし……ただ集まってきているだけじゃないな、これは)
俺たちのような戦闘系のプレイヤーも多いが、同じぐらいに生産系のプレイヤーも見受けられる。
この辺りまで出てきている時点で、その大半は『エレノア商会』のメンバーだと考えられるだろう。
その数は以前にもまして多くなってきており、彼らがエレノアからの指示を受けて動いていることは想像に難くない。
さて、であればその指示とは一体何なのか――正確なところは聞いてみない限り分からないが、ある程度予想はつく。
(動くにはまだ早いが、準備は始めておくってところか。それだけ、霊峰の確保は急務ってわけだ)
アドミス聖王国内の情勢は、まだまだ安定というには程遠い。
にもかかわらず、次の戦の準備を始めるということは、それだけ霊峰の確保が重要であるということだ。
まあ、全てのプレイヤーに関わる要素であるし、それ自体は仕方ないのだが、中々に無茶をするものである。
拠点の建設、防衛、そして補給線の構築――どれも、容易くはいかない難事だろう。
「先生、どうかしました?」
「いや、ちょっとした考え事だ。とりあえず回復アイテムを買っておくぞ」
補給するのはMPポーションを多めに、保険として高品質のHPポーションと状態異常回復のポーションだ。
HPについてはあまり気にする必要も無いのだが、強敵と戦う時は必要になる時もある。
だが、それ以上に補給が難しいのがMPだ。自動回復もあるのだが、使う時は一気に使うため、足りなくなる場面も多い。
まあ、その主な原因は【武具神霊召喚】にあるのだが。
何にせよ、補給さえ十分にできればいくらでも戦い続けることは可能だ。
余裕をもってポーションを購入しておけば、テイムモンスターたちも好きに暴れさせることができるだろうし、戦闘効率も上がるだろう。
そんなことを考えながら『エレノア商会』の店舗へと足を運び――そこで、聞き覚えのある声がかかった。
「おーい、クオン! 戻ってきたのか!」
「勘兵衛、こっちに来ていたのか」
声をかけてきたのは、エレノアの腹心である勘兵衛であった。
店番をしていたというわけではなさそうだが、どうやらこちらの拠点に何かしらの用事があったらしい。
彼はエレノアに次ぐ事情通であるし、話を聞いておいて損はないだろう。
「北の警戒線を超えていたらしいな? 何か面白そうな素材は手に入ったか?」
「いや、敵の数が多すぎて、あまり回収している余裕は無かったさ。まあ、ある程度は取ってきたけどな」
「それでも他のプレイヤーよりはよっぽど多いだろうさ。見せてくれ」
店番でもないだろうに、自分で精算するつもりらしい。
まあ、彼の計算は正確だし、そこは任せても問題は無いだろう。
とりあえず、俺と緋真、そしてアリスで回収していた分の素材を放出すると、勘兵衛は楽しそうな笑みと共に見分を始めた。
「スレイヴビースト……悪魔が隷属させている魔物たちは、北のかなり広いエリアから集められてきているみたいでな。俺たちが到達できないようなエリアの素材もあるみたいなんだ」
「まあ、そうだろうな。あのまま北に行くのは困難だし」
悪魔の警戒線がある以上、素材集めに北に行くことは難しい。
だが逆に、スレイヴビーストは俺たちがしばらく到達できないであろう遠方のエリアからも集められている可能性がある。
狙った素材を手に入れることは難しいかもしれないが、珍しい上位の素材が手に入る可能性もある。
何にせよ、素材を落とさない悪魔よりは美味しい獲物だと言えるだろう。
「やっぱり、初見の素材もいくらか含まれているな……精算に時間がかかるが、大丈夫か?」
「ああ、別にそこまで急いでいるわけじゃないからな」
「助かる。ちょっと待っててくれ」
礼を言いつつ、勘兵衛はどこかと連絡を取り始める。
恐らく、聖都シャンドラで働いている商会のメンバーだろう。
様々な素材を用いて日夜研究を行っている彼らは、魔物の素材のスペシャリストなのだから。
「とりあえず、同系統の素材から値段の算出をする。初見の素材だから暫定的だが――」
「その辺は慣れてるさ、適当で構わんよ」
「相変わらずだな。こちらとしても助かるけど」
苦笑する勘兵衛は、素早く金額を入力して計算を終える。
そこそこの値段ではあるが、やはり戦闘した時間と比べると少なく感じてしまう。
多くの素材をスルーしてしまったし、それは仕方のない話ではあるのだが。
「しかし、こうも色々と出てくると、研究に時間がかかるんじゃないか?」
「否定はしないが、その分いいものが出来上がるさ。もう少ししたら、お前さんたちの装備も一新できるかもしれないぞ?」
「ほう? そりゃ楽しみだ」
武器はともかく、防具はしばらく更新していない。
基本的に攻撃を受けないように立ち回っているが、それでもある程度はダメージを受けてしまうものだ。
防具そのものの性能が向上するのは、こちらとしてもありがたいところである。
「それに、成長武器のレベルアップに使う素材もある。お前さんら三人の必要素材はメモしてあるし、届いたら確保もしているが……今のところは半分ってところだな」
「ほう。やっぱり北の素材だったか」
「ああ、だがこっちにもプレイヤーが増えてきたし、素材が集まるスピードも増してきている。そう遠くない内に、素材は集まると思うぞ」
勘兵衛の言葉を聞き、俺たちは揃って笑みを浮かべた。
成長武器の進化は、俺たちにとっては大きな成長となり得る要素だ。
より上位の悪魔と戦うためにも、武器の強化は必須。次なる成長段階にも期待したいところだ。
まあ、俺の方は龍王の件で一度進化させているため、どのような能力なのかは把握しているのだが。
(餓狼丸は単純な成長しかしないからな……まあ、それはそれでいいんだが)
餓狼丸は常に効果範囲と吸収量、それから吸収量の上限の成長しか無い。
面白みに欠けるといえばその通りなのだが、扱いに困るということも無い。
変に手札が増えても使いきれるかどうかは分からないし、そのままでいてくれた方が楽だとも言える。
成長武器の進化は、とりあえずの攻撃力上昇程度に考えておき――俺は、精算を続ける勘兵衛にポーションの依頼を送りながら声をかけた。
「ところで、一つ聞きたいんだが……もう攻める計画を立てているのか?」
「……察しがいいねぇ。まあ、まだ準備段階だけどな」
「アルトリウスの指示か。ま、今後を考えれば納得だが」
「ああ。といっても、まだ数日は動けないから、その間は好きにやっていてくれ。素材の持ち込みは大歓迎だぞ?」
「集めた分は持ってくるさ。今後もよろしく頼む」
「ご贔屓にどうも」
にやりと笑いながら精算を完了する勘兵衛に、こちらもくつくつと笑みを零して返す。
購入したポーションは全員と分けつつ、俺たちは『エレノア商会』を後にしたのだった。