474:防諜態勢
先ほどの悪魔を片付け、再び北上を開始した俺たちだったのだが、程なくして再び悪魔と遭遇することになった。
時間を測るまでもなく、明らかに悪魔との遭遇率が上昇している。
北に行くほど危険であるということは分かり切っていることではあるのだが、これまでの経験を加味すると、異様な早さで悪魔に捕捉されることとなったのだ。
「……いや、流石に多くないか?」
「何か、後からどんどん追加されてません? 《スペルエンハンス》、【インフェルノ】!」
迫り来る悪魔の群れへと向けて、先制攻撃とばかりに緋真が炎を飛ばす。
地面の雑草を焼き焦がしながら駆ける炎は、悪魔の群れを舐めるように飲み込んだ。
しかし、来ると分かっている攻撃を素直に受けることも無いようで、悪魔たちは防御魔法である程度ダメージを軽減したようだ。
こうして、悪魔がやってくることそのものは構わない。問題は――
「……さっきの戦闘、リザルトが出る前に新しい敵が来たんですけど」
「まだ一、二匹残ってたからな……アリスが片付けたようだが」
これまでには無かった事態なのだが、襲ってきた悪魔を倒し切る前に、次なる悪魔が出現し始めたのだ。
奴らの防衛ラインを踏み越えてしまったのか、後から後から敵が集まってくるのである。
流石に、この頻度は異常と言わざるを得ない。大集団で襲ってくるわけではないためまだマシだが、明らかに異様な動きだ。
「……ふむ」
「先生、まさかとは思いますけど……」
「分かってるじゃないか、ここで狩りを続けるぞ」
だが、これは俺たちにとっても好都合ではある。
これだけの数の悪魔が、断続的に襲ってきてくれるのだ。経験値稼ぎには持って来いの場所であると言える。
流石に、これ以上先に進むとなると厄介な悪魔が出てくる可能性は否めないが、今の所は随時戦力が追加されてきているだけだ。
これならば、むしろ効率的な狩りになると言えるのではないだろうか。
(まあ、何だってこんな戦力の逐次投入なんかやってるのかは知らんが)
用兵の観点で言えば、下の下に等しい。
こちらが悪魔を狩っている間に、戦力を集結して一気に攻め立てる方がよほど効率的だろう。
しかし、あちらこちらから順次追加されてくる悪魔は、どうも周囲から徐々に集まってくる動きのようにしか思えない。
単純に、近い位置にいた悪魔の群れから向かってくる――そんな、機械的な反応だ。
これが囮で、俺たちをより深い位置に誘い込んで殲滅するというのであればまだ納得できるが、その割には誘導しようとする動きも見られない。
多少の不気味さはあるため、これ以上踏み込まないようにはしておきたいが、この悪魔たちの動きが都合がいいことは確かだ。
「よし、それならペースを上げるとするか」
「まあいいですけど……熱中しすぎないでくださいよ? 私たちは先生ほど持久力があるわけじゃないですから」
「分かってるさ、適宜休んでおけ」
自動回復に多くスキルを割り振っている俺は、よほど激しく消費しない限りはすぐに回復できる。
多少節約しておけば、いつまででも戦闘を続けることができるのだ。
まあ、流石に体力的な問題はあるのだが、戦場にいた頃も長時間にわたる戦闘は行ってきたため、体力も集中力も持たせることは可能だ。
さて、それではこのまま戦闘を続けるために――少しばかり、殲滅速度を上げることとしよう。
「貪り喰らえ、『餓狼丸』」
「焦天に咲け、『紅蓮舞姫』!」
俺と緋真で、同時に成長武器を解放する。
迫ってくる悪魔たちは、正直に言えば解放を使うほどの強敵ではないと言えるだろう。
だが、これほどひっきりなしに集まってきてくれるのであれば消費した経験値を補うなど容易いし、より殲滅速度も上昇することになる。
集まってくる速度がこちらの殲滅速度を上回らないように、こちらも効率的に狩っていかなければなるまい。
歩法――烈震。
唸りを上げる成長武器を手に、俺は攻撃魔法によって足止めを受けた悪魔の群れへと斬り込む。
餓狼丸の放つオーラは悪魔の群れ全体を包み込み、そのHPを吸収し始めた。
「《蒐魂剣》」
斬法――剛の型、穿牙。
まずは、魔法を防ぐために発動していた障壁を破壊する。
そして、そのまま突き出した刃の一撃は、魔法を展開していたアークデーモンの心臓を貫いた。
アークデーモンの場合はこれだけで仕留め切れるということは無いのだが、それでも大ダメージを与えられることに変わりはない。
相手が反撃するよりも早く、抉るようにしながら刃を引き抜き、俺はその悪魔の横手を滑るように通り抜けた。
歩法――間碧。
僅かな隙間を見つけながら、相手の陣地の奥底まで潜り込む。
当然、悪魔たちは俺のことを眼で追って――そこに、頭の角を突き出したシリウスが突撃してきた。
額から生えるその角は、それ自体が巨大な鋭い槍と化している。
その刃にて胴を貫かれた悪魔は、シリウスが強引に頭を振ると共に、真っ二つになって地面に撒き散らされた。
そして角についた血を振り払ったシリウスは、餓狼丸の吸収など物ともせずに暴れ始める。
「いい具合だな、そのまま暴れ回るといい――『生奪』!」
《再生者》を含めた回復は、既に餓狼丸による吸収を上回っている。
この吸収の真っ只中であっても、俺のパフォーマンスには一切の陰りはない。
斬法――剛の型、輪旋。
大きく旋回させた刃にて、こちらに向かってくる悪魔の群れを斬り伏せる。
ただのデーモンであればそれで片付くが、アークデーモンは一撃では仕留め切れない。
尤も、だからといってこちらに攻撃を加える暇など与えないが。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
咄嗟に振るったであろう攻撃を絡めとり、その一撃に乗るようにしながら移動する。
それと共に刃を振るえば、胴を半ばまで断たれた悪魔はその場に崩れ落ちた。
「【紅桜】!」
悪魔がこちらの動きを捉え切れずに一瞬困惑した、その刹那。
若干遅れて飛び込んできた緋真は、振り下ろした刃から無数の火の粉を発生させた。
連続して爆ぜる炎の威力は以前よりも高く、体力の減った悪魔を蹂躙するには十分すぎるものだ。
だが、最も大きいのはその爆発の衝撃と音――それにより、悪魔たちは怯んで動きを止めることとなった。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
そしてその時間があれば、こちらもテクニックを準備することができる。
大量のHPを注ぎ込んだ【煌命閃】は眩く輝き、その効果を発現する。
悪魔が我に返り、こちらの動きを止めようとした時には、既に発動は完了しているのだ。
斬法――剛の型、輪旋。
大きく翻した刃が、その軌道に沿って生命力の刃を広げる。
餓狼丸の攻撃力上昇を含め、大量のHPを注ぎ込まれた一撃は、集ってきた悪魔たちを丸ごと両断して余りある威力を有していた。
そして、辛うじてその効果範囲を逃れていた悪魔は、それでも尚こちらへと向かってこようと魔力を滾らせ――その胸を、光を纏うルミナの薙刀によって貫かれた。
それと共に光を放った薙刀は、悪魔の体を内側から爆散させる。
血ごと塵となって消滅していく悪魔の向こう側で、えげつない攻撃を繰り出したルミナは慌てた様子で声を上げる。
「お父様、新たな悪魔が近付いて来ています!」
「ああ、やっぱり来ているのか。慌てる必要はない、むしろいいことじゃないか」
増援に次ぐ増援、やはりここにきて悪魔たちは特殊な動きをするようになってきている。
恐らくは、アルトリウスの言っていた防諜体勢。俺たち異邦人を近づけさせないようにする作戦なのだろう。
悪魔側が何を考えてこのような形式にしているのかは分からないが、逆に利用してやることとしよう。
「とりあえず、こちらのリソースが三割を切るまでは続けるぞ。ちょうどいい稼ぎになるし、悪魔共の戦力分析にもなる。ちょっとした根競べと洒落込もうか」
俺の継戦能力は高いが、他のメンバーまでそうだというわけではない。
俺だけならいつまででも戦えるだろうが、流石に緋真たちまでそれに付き合うのは不可能だろう。
だが、可能な限り戦い続ける。悪魔たちの戦力が途切れるとは思えないが、それでもある程度の影響を与えることはできる筈だ。
故に――盛大に歓迎してやることとしようか。