463:霊峰の登山道
仮にこの霊峰を徒歩で登る必要があった場合――当然ながら、道が無ければ登れるようなものではない。
試練というからには容易い道ではないだろうが、無かった場合は俺でも登れる自信はないほどの場所だ。
ともあれ、この世界において人が通ることを前提に構築されている場所であるならば、通り道に当たる場所は必ず存在しているだろう。
さて、その場合、どのようにそれを探すのが効率的か。
「逆算するのが一番楽だわな」
「雪で埋もれて見づらいけど、確かに道があったわね」
考えるまでもなく、神殿の正面から逆方向に向かっていく方法だろう。
この山の最終的な目的地が神殿である以上、そこに続くように道が設置されているのは当然だ。
だから逆に言えば、神殿から辿って行けば登山道が見つかるという寸法である。
そんな俺たちの予想は見事に的中していたらしく、雪に埋もれながらも確かに通り道は存在していた。
しかし――
「めっちゃ崖ですね……しかも雲で見づらい」
「これを命綱無しで通れというのか? 一応楔は打ってあるみたいだが」
断崖絶壁に辛うじて突き出ている通り道は非常に細く、岩壁に楔が打たれ、鎖が設置されていたとしても、気休め程度でしかない。
幸い魔物の気配は感じ取れないが、これを通るのはただそれだけでも命懸けになるだろう。
本当にあっているのかと不安になるレベルだが、生憎とこれ以外に道は発見できない。
確かに、これは試練と呼んで然るべき難易度であるだろう。
「レベルの上限を解放するのにこんな所を通らないといけないんですか……」
「高所恐怖症の人はどうするのかしらね、これ」
「ふむ……とりあえず、辿ってみるしかないか」
他に道が見つからない以上は辿ってみるしかない。
果たしてこの道が正解なのかどうかも、ゴールまで、否スタートまで到着すればはっきりすることだろう。
疑問と不安を感じながらも岩壁の道を辿って行けば、辿り着いたのはその岩壁に穿たれた洞窟であった。
「また妙な構造のルートが出てきたな」
「雲の中を進むよりはマシじゃない?」
「まあ、それは確かにそうなんだが……とりあえず、入ってみるか。何があるかは分からんが」
若干の不安は覚えつつも、俺たちは横穴から洞窟内へと足を踏み入れた。
そこそこの広さがあるとはいえ、流石にシリウスが通れるほどの大きさではない。
セイランなら何とか通れるというレベルであるが、自由に動き回れるほどではない。中での戦闘を考えるとセイランも戻しておいた方がいいだろう。
こういう時に、人間サイズのルミナは制限がなくて助かるものだ。
「見た感じ、普通の洞窟ですね」
「だが、地面は平坦だ。高さも低すぎず、人間が通ることを想定したような形になっている」
「人間が通る前提であることは、出口の鎖を見る以上明らかだけどね」
身も蓋もないアリスの言葉には苦笑しつつ、慎重に洞窟の中を進んでいく。
空気は流れているし、やはりここは通り道なのだろう。
音の反響する洞窟内ではあるが、他に動く者の気配は感じない。ただ、風の吹き抜ける音が響くばかりの静かな洞窟だ。
あらゆる気配を捉えられるよう意識を集中させ、ルミナの魔法によって光源は確保しながら進み――やがて俺たちは、サッカーコート程度の広い空間に行き当たった。
「また、何かありそうな場所だな」
「けど、何も無いですよね?」
明らかに何かありそうな広い空間であるのだが、特に何かが現れるような気配は感じない。
ルミナが光源を増やして空間全体を照らしてみたのだが、何か目立つ物が置かれているということも無かった。
謎の多い領域だが、果たしてこれは何を目的とした場所なのか。
一応、広場の反対側に再び通路に入ると思われる入り口は発見できたのだが、どうにも気になる。
「ふーむ……入口から順当に入ってきたら何かあるのか?」
「まあ普通に考えて、元来た道を戻ってきた所に試練なんて置かないわよね」
「入り直したら何か出てきますかね?」
「……いや、止めておこう。仮に試練を受けられたとしても、今は上限の解放はできんからな」
緋真の意見にはそう返し、反対側にあった入り口から再び洞窟の通路へと足を踏み入れる。
景色が変わらないため分かり辛いが、通路は弧を描きながら下っていっているらしい。
果たして、今は山で言うところのどの辺りにいるのか――正直、体感ではわかり辛い。
だが、歩いた距離を考えれば、そこそこ下って来てはいるはずだ。少なくとも、雲の層は突破していることだろう。
と――そんなことを考えていたちょうどその時、俺たちは再び広い空間に行き当たった。
だが、その広さは先ほどのエリアよりは狭く、精々が広い部屋一つ分程度の大きさだろう。
「また何かありそうなところだな」
「お父様、あれを」
全体を見られるように光源を飛ばしたルミナが、俺たちの横を示す。
その方向を確認してみれば、どうやら俺たちが出てきた通路の他に、二つ同じ大きさの通路が並んでいる様子だった。
反対側には入り口が一つ――どうやら、あそこから入ってくる形となっているようだ。
そして気になるのは、それぞれの入口の上に刻まれている文字である。
「武の試練、知の試練、そして技の試練か」
「三種類あるんですね。全部受ける必要があるんでしょうか?」
「さっきの通路の構造から考えると、一つだけでいいんじゃないかしら?」
「どれか一つでいいからクリアして、山頂へと続く道へ行け、ということか」
解釈としては間違っていないだろう。
プレイヤーのスキル傾向、得意とする分野はそれこそ千差万別だ。
戦闘ばかりの試練では、潜り抜けられないプレイヤーも出てきてしまうことだろう。
こうして試練の選択ができるのも、当然といえば当然だ。
俺の場合は武の試練を選ぶことになるだろうが、エレノアやアルトリウスはまた別の試練を選択するかもしれない。
まあ、どうせあいつらは情報を集めるのだろうし、どんな内容なのかはその時に確認すればいいだろう。
「で、こっちが入り口か。風の音が聞こえてきたし、また外に出そうだな」
「歩くのも面倒だし、また飛びましょうよ」
「ですね。中でちょっと時間をかけすぎちゃいました」
ただ道を降っていただけであるため退屈ではあったが、そこそこ長い時間を歩いていた。
これ以上時間をかけていては、麓を探索する時間が無くなってしまう。
再び従魔結晶を取り出しながら外に出ると、そこはもう雪に覆われた山の景色ではなくなっていた。
とはいえ、眩しい日の光に目を細めつつ、再び呼び出したセイランに跨る。
見たところ、道は普通に続いているようだが、その道は深い森の中へと続いている。
上空からでは見失ってしまいかねないが、なるべく低い位置を飛んで位置を確認し続けねばなるまい。
「森の中でも何かしらありそうですけど……やっぱり、こちらからだと何も無いんですかね?」
「そもそも上空からだからな。どんな仕掛けがあるのかはさっぱり分からん」
「敵が出てくるのか、それとも探索系か。どっちにしろ、この森を抜けるのはそこそこ時間がかかりそうね」
木々の間から辛うじて見えている道を辿り、徐々に山を下っていく。
あちこち蛇行しているようにも見えるが、山を下りる時は直線が最速であるとは限らない。
調べてみれば理に適ったルートなのかもしれないが、生憎と今はそれを確かめている時間はない。
やがて森を抜け、木々がまばらになってきた頃、俺たちはようやく飛行を辞めて地上に降り立った。
苦労はしたが、何とか道は見失うことなくここまで来ることができたのだ。
そして、そんな俺たちの目に入ってきたのは、一つの集落――否、その跡地であった。
「今更ですけど、飛び回ってこの集落を発見した方が早かったですね」
「あるかどうかも分からなかったんだ、仕方あるまい。多少は下見もできたんだし、損ばかりってわけでもないだろ」
「まあ、そうですけどね……で、あの集落ですけど」
「やはり、人の気配は無さそうだな」
ようやく辿り着いた集落であるが、やはり破壊の痕跡が見て取れる。
ここも、悪魔による攻撃を受けてしまったらしい。
「……とりあえず、探索はするか」
「そうね、何か手掛かりがあるかもしれないし」
霊峰の麓、その登山道の入口にあった集落。
俺の想像通りの場所であるならば、何かしらの情報があったとしても不思議ではない。
若干の期待を込めて、俺たちは集落の跡地へと足を踏み入れたのだった。