457:新たなる局面
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「で、それがお前さんの成長武器か」
「うん、『天槌ウルカヌス』だって」
イベントの翌日、俺たちはさっそく『エレノア商会』の支部を訪ねた。
聖都シャンドラに建築されたその建物は、ホームセンターでも作ろうとしているのかと言わんばかりの規模である。
街の復興は『エレノア商会』がほぼ牛耳っている状況であるとはいえ、これは中々に強権が過ぎるのではなかろうか。
まあ、エレノアが主導で行っているのだから、今更と言えば今更なのだが。
ともあれ、今日の目的はフィノ――というか、彼女が獲得した成長武器である。
相変わらず、少女の見た目にはそぐわない武骨なハンマーであるが、その柄には精緻な彫刻が成されている。
実用的ながら遊び心も忘れない、そんな品のようにも思えた。
「武器とは言うが……結局、それは鍛冶に使えるのか?」
「うん、使えるよ。っていうかそっちがメイン。鍛冶じゃないとあんまり経験値入らない」
フィノの返答に、俺は思わず眼を見開いた。
俺たちの成長武器は、敵を倒すことによって経験値を獲得し、成長していく。
しかし、包丁代わりに食材を切って料理を行ったところで、経験値は入ってこないのだ。
だが逆に、フィノの場合はそういった生産活動でなければあまり経験値を得られないということだ。
中々に不思議な性質ではあるが、その方がフィノにとっては都合がいいだろう。
「まあ何にせよ……しばらくはレベル上げか」
「ん、たぶん龍王の爪を加工するとなると、強制解放を使わない限り歯が立たないと思うから」
その言葉に、軽く嘆息しながら頷く。
ただ真龍の素材というだけならばまだしも、今回の目標は龍王――真龍たちの頂点となる存在の爪だ。
通常の解放では到底歯が立たないだろう。
「とりあえず、しばらくはレベル上げしとくから、待っててね」
「ああ、楽しみにしてるさ。炎の方は緋真にやるつもりだけどな」
「え? その……いいんですか?」
「そりゃ、お前だって赤龍王とは戦ったんだから構わんだろう。アリスも、異存はないよな?」
「私はそんな派手な武器は使わないからねぇ」
手の中で己の得物である短剣をくるくると回しながら、アリスは笑みと共にそう告げる。
彼女の場合、武器自体の攻撃力はそこまで重要ではなく、スキルの倍率の方がよほど影響度が高い。
確かに武器が強いに越したことはないのだろうが、現状ではネメの闇刃で十分満足できているのだろう。
「普段使いは紅蓮舞姫でいいだろうが、よく使う小太刀や、野太刀を作るのには十分な大きさがあるだろうからな。火属性の方はお前が持っていた方が上手く使えるだろう」
「ま、まぁ……それなら、ありがたく使わせて貰いますけど、まだできてもいない内から考えても」
「確かに、それもそうだな。急ぐわけでもないし、ゆっくり待つとしよう」
実際の所、悪魔との戦いに向けて強力な武器は欲しいが、急いだところですぐに出来上がるものでもない。
しばらくは現状のまま戦うしかないだろう。
「で、皆はこれから北に行くの?」
「ああ、今更帝国でレベル上げというのも味気ないからな、様子見がてら悪魔領の方に行ってみるさ」
「ふーん……向こうの方は結構大変そうだし、いいかもね」
「フィノ、何か話を聞いてるの?」
何か含みを持たせるようなフィノの言葉に、緋真が首を傾げながら問い返す。
対するフィノは特に隠すつもりも無かったのか、普段と変わらぬあっさりとした表情のまま声を上げた。
「何か、不定期に悪魔からの襲撃が来てるみたいだよ」
「っ、イベントか?」
「ううん、特にそういう通知は無くて、爵位悪魔のいない悪魔の集団が街を襲いに来るらしい」
「……ますますよく分からんな。イベントでもないのに、悪魔が向こうから仕掛けてくるのか」
MALICE側の動きと考えると、異邦人側に対する偵察と言ったところか。
向こうの兵力が無尽蔵であると考えると、殆どリスクを負うことなくこちらの戦力を探っているということも考えられる。
だが、爵位悪魔が動いていないことを鑑みるに、悪魔側も大々的には動けないということも考えられる。
相手側は、果たして何を警戒しているのか。
(……一応、アルトリウスに話を聞いておいた方がいいか)
悪魔側の動きが想像できないのはこちらとしても困る。
これから悪魔領に足を踏み入れるにしても、ある程度敵の行動予測ができなければ足を掬われかねない。
とりあえず、今何が起こっているのかだけでも把握しておいた方がいいだろう。
「とにかく、状況は分かった。装備の修理もありがとうな」
「ううん、こっちの仕事だから。じゃ、成長武器のことは期待しててね」
商会を辞去し、石碑を使って北の要塞へと移動する。
すると確かに、先のイベントの時ほどではないが、戦時の緊張感を肌で感じ取ることができた。
どうやら、確かにフィノの言う通り、散発的な悪魔の襲撃があるようだ。
「……この前といい、本当に悪魔の動きが変わってきているな」
「どういうことなんでしょうかね……」
「さてな。ここで頭を悩ませていても始まらんさ。事情は事情通に聞いた方が早い」
ということで、さっさとアルトリウスに通話を繋ぐ。
手が離せないようであれば後回しにせざるを得なかったが、幸い今日はまだ余裕がある状況であったようだ。
『こんにちは、クオンさん。何の御用ですか?』
「ああ、北の状況について話が聞きたいんだ。度々悪魔の襲撃があるようだが、どういう状況なのかは把握しているか?」
『ええ……と言っても全てを把握しきれているわけではありませんが』
流石のアルトリウスも、昨日の今日で情報を集めきれるわけではない。
とはいえ、少しでも事情が分かるのであればこちらとしてもありがたい。
ゼロの状態で戦うよりはよほどマシというものだ。
『イベント以来、悪魔たちは特に制限なくこちらへとやってきて、攻撃を仕掛けてきています。と言っても、本格的にこちらの都市を攻略しようとしているわけではなく、外にいるプレイヤーを狙うことが多いようですが』
「悪魔共の目的は偵察か?」
『それもあるとは思いますが、恐らく大きな目的は牽制です』
「それは、何に対しての牽制だ?」
悪魔共はこちらの何を警戒し、動きを留めようとしているのか。
それが分かれば、こちらとしても動きやすくなるというものだ。
そんな俺の思惑に対し、アルトリウスはこともなげに返答した。
『今のこの状況は、陣取りゲームのようなものです。互いに少しずつ戦線を押し上げ、相手の領土を奪っていく。向こうもそのための準備をしていることでしょう』
「……成程、こちらが前線基地を構築することを警戒しているのか」
『そうですね。こちらから攻め込もうとする場合、どうしても基地の設置は不可避です。現状、その役目は北の要塞が負っていますが、悪魔領に踏み込むには少々遠いですね』
悪魔領においては補給はあまり期待できないし、基地の構築は行わなければならない。
悪魔たちはそれを警戒し、こちらが動きづらいように牽制すると共に、基地構築の動きがあるかを偵察しているのか。
『生憎と、僕らはまだ地盤固めが十分じゃない。本格的な前線拠点構築には踏み込めない状況です。しばらくは防衛に徹し、悪魔からの襲撃を凌ぐしか無いでしょう』
「消極的だが、仕方ないな。こちらから先手を打てる状況じゃない」
聖王国が健在であったならその選択肢もあっただろうが、生憎とこの国は死に体だ。
十分な基盤ができていない内から攻撃を開始すれば、こちらが息切れすることは必至だろう。
アルトリウスの言う通り、しばらくは防ぎながら力を蓄えるしかない。
しかし――
『――ですが、それは向こうの前線構築を黙って見ている理由にはなりません』
「……成程、それが俺の役割か」
『特にどうして欲しいというお願いがあるわけではありませんが、そのことを頭に入れておいていただければ』
つまり、今悪魔が行っている行動と同じように、こちらも奴らの拠点構築を邪魔する動きをすればよいということだ。
ま、詳細は現地をこの目で見てみなければ分からないし、それよりも先に女神の神殿を確認するという仕事もある。やることは山積みだ。
「了解した。それじゃ、何かあったら連絡する」
『ええ、よろしくお願いします。それでは』
相変わらず忙しそうなアルトリウスの様子に苦笑しつつ、改めて視線を北へと向ける。
目指すは天高き霊峰――その上にある女神の神殿。
果たしてどのような状況になっているのか、確かめてみることとしよう。