455:この先にあるもの
アドミス聖王国、聖都シャンドラ。正確には、その跡地とも呼べる場所。
かつての流麗な城は跡形もなく、この街に住んでいた人々は一人として生き残っていない。
その災禍の痕は未だに消えてはいないが、それでも街の復興は急ピッチで進められていた。
(数日見ないだけで一気に様変わりするな、ここの景色は……)
『エレノア商会』の拠点として作られた建物の窓から街の景色を眺め、胸中でそう呟く。
シャンドラは城を含めて残らず瓦礫の山となっていたが、それらはとうの昔に撤去され、今は無数の建築が進められている状況だ。
区画をどのように使うかは既に決まっているらしく、建築予定地の地面には既に建物の基礎が作り上げられている。
どうやら、どのような街にするかは既に決まっているらしく、その構成にはまるで隙が見当たらない。
またエレノアが何か企画したらしく、街作りのゲームをこよなく愛するプレイヤーを集めて都市計画を作ったそうだが――よくもまぁ上手くまとめたものだ。
ちなみにだが、城も建築が進められている。どうも『一度でいいからこういうものを造ってみたかった』という意見が多く、こちらも都市全体と同様、どのようなものを造るかで相当揉めたのだそうだ。
「それで……わざわざここに呼び出して、何の用だ? 流石に疲れたし、今日はさっさと休むつもりだったんだが」
「すみません、早い内に意見を聞いておきたかったので」
そんな街に俺を呼び出したのは、他でもないアルトリウスだ。
余人を排した場ではあるが、何故か聖女ローゼミアが同席している。
彼女を隣に座らせている姿には思わず苦笑を浮かべそうになるが、まあ仲がいいに越したことはない。
これから先、この二人が仲良くしてくれていた方が、俺たちにとっても都合はいいのだから。
「で、何が聞きたいって?」
「今回の悪魔たちの動き、どう思いましたか?」
率直なアルトリウスの言葉に、ピクリと眉を跳ねさせる。
まあ、俺でも気づいていたのだから、アルトリウスが気付かない筈がないだろう。
今回の悪魔の動きが、これまでとは明らかに違っていたということに。
「偵察だな。いや……戦力自体は揃えていたから、龍王の存在を見て偵察に切り替えたってところか」
「はい。爵位持ちの悪魔たちはこちらを滅ぼすことよりも、僕たちの観察を優先していたように思えます。勿論、隙があれば積極的に攻めてきたでしょうが……」
「もうちょっと手加減して、相手を誘っておくべきだったか?」
「いえ、下手に隙を見せると逃げられていた可能性もありますから、とりあえずはこれで良かったかと」
アルトリウスの返答に、軽く肩を竦めながら身を椅子の背もたれへと預ける。
今回の戦いも、決して悪くはない結果だった。
それだけを見れば、大勝利と言っても過言ではないだろう。
だが、どうしようもなく不気味な不安感が拭いきれない。
奴らは、果たして次にどんな動きをしてくるのか――それが読み切れないのだ。
「俺やお前だけじゃない。奴らはエレノアや、果ては他の一般的なプレイヤーまで分析していた。その情報がどこまで敵の本隊に届いているかは分からんが……」
「ここからは、こちらの弱点や欠点を狙ってくる可能性は否定できないでしょうね」
「ま、ようやっと戦争らしい戦争になる、ってことかもしれんがな」
厄介ではあるが、ただ座視するようなものではない。
向こうが情報を得るために動くのであれば、こちらもそうするまでの話だ。
当然、アルトリウスもそれは分かっているだろうが――
「アルトリウス、お前さんはもう悪魔側の領地に斥候を放っているのか?」
「ええ、結界が解除された時からすぐに。とはいえ、イベントの対応がメインだったので、どちらかというと内部での破壊工作がメインでしたが……かなり綿密な防諜体勢が敷かれていました」
その言葉に、思わず眼を細める。
悪魔たちはこちらの情報を得ようとするだけでなく、自分たちの情報流出を防ぐ動きをしていたのか。
「しかも、諜報員を逃がさないための動きではなく、そもそも入れないための動きでしたね」
「……異邦人の性質をよく理解しているか」
俺たち異邦人は、例え死んだとしても最後に利用した石碑から復活する。
つまり、殺したところで情報の流出を避ける方法はないのだ。
捕らえることは可能かもしれないが、死亡時のデメリットを受ける代わりに石碑に戻るという緊急退避手段もある。
異邦人を利用した諜報活動は、相手側にとっては非常に厄介なものなのだ。
故に、完全に防ぐという方法を取らざるを得ないのだろう。
「普通に考えれば、相手側の人員を大きく制限できる話ではあるんだが……」
「悪魔側の戦力は無尽蔵ですからね。それはあまり期待できないでしょう」
その言葉に同意して、軽く嘆息を零す。
爵位悪魔はともかくとして、名無しの悪魔は殆ど無尽蔵に出現する。
防諜体勢を敷いていたとしても、大きな影響はないだろう。
「正直、まだ悪魔側の状況は把握できていません。次の戦いを見越すにしても、しばらくは情報戦でしょうね」
「しかし、そうなると厄介だな。こちらに防諜体勢を敷くのは不可能に近い」
「そうですね。筒抜けとまでは言いませんが……こちらの情報がかなり抜かれることは覚悟した方がいいでしょう」
異邦人の大半は、このゲームの本当の目的を知らない。
そうである以上、諜報に対する対策など意識して動けるはずがない。
まさか、純粋な戦力量以外でも不利な状況に立つことになろうとは。
悪魔共め、純粋に有利な状況なのだから、もっと油断しておけばいいものを。
「しかし、情報戦か……俺も手を貸した方がいいか?」
「いえ、クオンさんは流石に目立ちすぎるので……アリスさんはともかく、他の皆さんを含めての諜報は無理でしょう」
流石に否定しきれず、苦笑で返す。
悪魔は俺に注目しているし、テイムモンスターたちは非常に目立つ。
アリスならば楽に諜報活動もできるだろうが、流石に彼女だけ単独行動させるわけにもいかないだろう。
「諜報についてはこちらで何とかします。クオンさんは自由に動いていただければ」
「そうか。しかし、自由と言ってもな……適当に北へと繰り出すぐらいしか無いんだが」
「それはそれで助かりますけどね。クオンさんはいるだけで目立ちますので」
「俺を陽動に使おうとは、いい度胸してるな」
まあ、それは別段構わないのだが。
しかし、情報も無く明確な目標も無いまま動くというのもやり辛い。
どうしたものかと頭を悩ませ――そこで、話し合いの推移を見守っていた聖女ローゼミアが声を上げた。
「あの、クオン様。失礼ですが、今のレベルはいくつになりますでしょうか?」
「レベル? それなら91になったが……姫さん、それがどうかしたのか?」
周囲に現地人の姿が無いため、かなり砕けた感じで話をしているが、当の聖女はまるで気にした様子がない。
相変わらず、王族としての意識が薄すぎる人物だ。
ともあれ――彼女が俺のレベルを聞いてきたという事実には困惑せざるを得ない。
俺のレベルなど、姫さんが知って何になるというのだろうか。
そんな俺の疑問を他所に、ローゼミアは感心した様子で手を合わせながら声を上げた。
「やはり、クオン様はもう人間の限界点に近いのですね」
「限界点?」
「ああ……クオンさん、このゲームにおいて、僕たちのレベルにはレベルキャップ――限界点があるんです」
「それはつまり、それ以上のレベルには上がらないということか?」
「はい。種族に限らず、僕たち人間のレベルは99が限界。それ以上には上がりません」
思わず、眉根を寄せる。レベル99――俺からすれば、あともう少しで届いてしまうレベルだ。
そのレベルに到達すると、それ以上成長できなくなってしまうのは、俺たちにとっては死活問題であると言えるだろう。
何しろ、まだまだ強力な悪魔は存在している。あと8つレベルを上げた程度で、それらの怪物に太刀打ちできるとは思えない。一体、どうすればいいというのか。
そんな俺の内心を読み取ったのか、ローゼミアは相変わらずの柔和な表情で声を上げた。
「大丈夫です、クオン様。人間の限界点を超える方法はありますよ」
「僕らで言うところの、レベルキャップの解放ですね。99で止まってしまっては大公を討つことなど夢のまた夢ですし、一安心と言ったところです」
「そうか、それならよかったが……具体的にどうすればいいんだ?」
アルトリウスの言葉にひとまず安堵するが、生憎と具体的な方法については何も分かっていない。
果たして、どのような手順を踏めばレベルキャップを解放することができるというのか。
そんな俺の疑問に対し、ローゼミアは微笑みながら声を上げる。
「北にある山の山頂……そこに、アドミナスティアー様の神殿があります。その神殿にて祈りを捧げれば人間は真化へと至り、新たなる種族としての力と共に限界を超えることとなるでしょう」
「……何だかわからん単語が出てきたな。真化とは何だ?」
「人間の限界点を超えることは、即ち人間の超越に他なりません。今のままの種族ではなく、新たな種族へと変貌することになるでしょう。女神様は、あらゆる選択肢を示して下さるはずです」
手を組み、祈るような姿勢で話すローゼミアの姿は、聖女という肩書に相応しいものだ。
だが生憎と、彼女の説明はいまいち要領を得ないもので、俺は困惑を残したままアルトリウスへと視線を向けることになった。
しかし、どうやらアルトリウスにもよく分かっていないのか、彼も軽く首を横に振るだけである。
「……とりあえず、行ってみないことには分からんか。姫さんも、実際に体験したわけではないようだしな」
「ええ、申し訳ありません。限界点に到達する人間は、本当にごく僅かなのです」
「まあいいさ。それで、問題は――」
「その神殿が悪魔に支配された領域にあること、ですね」
北の山となると、やはり聖王国よりも北の地にある山を指しているだろう。
山岳地帯の多い彼の国の中でも、一際高い山――恐らく、彼女の言っている場所はそこだ。
当然ながら、悪魔に支配された領地であり、その神殿も悪魔の手に渡っていると考えられる。
「神殿が悪魔に破壊されていることはないのか?」
「問題ありません。女神様の力は、例え大公や魔王であろうとも侵せるものではありません」
「ふむ……だが、占拠されている可能性は否定できんな。とりあえず、一度見ておいた方がいいか」
マップで位置を確認すれば、比較的聖王国に近い位置にある。
これならば、それほど悪魔の領域に足を踏み入れずとも確認することができるだろう。
「感謝する。ひとまずではあるが、目標ができたな」
「ええ……よろしくお願いします、クオンさん」
「ま、俺たちにとっても死活問題だからな」
アルトリウスの言葉に手を振って答えつつ、次なる標的を定める。
とりあえず、次なる作戦を考えるまでに、女神の神殿とやらを確認しておくこととしよう。