453:人魔大戦:フェーズⅠ その21
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餓狼丸の刃がゼリオポラリスの臓腑を抉り、そのHPを大きく減少させる。
とはいえ、相手は侯爵級悪魔。そう簡単に倒し切れるような相手ではなく、まだ半分近くHPが残っている。
これだけのダメージでも致命傷にならないのは実に驚異的だ。だが――それでも、確実に追いつめつつある。
『ぐっ……おのれ!』
「っと!」
挟み込むように襲い掛かってきた刃をしゃがみ込んで躱しつつ、すぐさま餓狼丸を抜き取って距離を取る。
緑の血を流すゼリオポラリスはこちらへと憎悪の視線を向け、しかし追撃を行うことは無かった。
こちらへと追撃を行えば、背後から攻撃されることを理解しているからだろう。
「貫けぇッ!」
『邪魔をするな、人間!』
突撃槍を出現させて飛び込んできたアンヘルの攻撃を、ゼリオポラリスは魔法による防御で受け止める。
攻撃を受け止められたアンヘルはそのまますぐに槍を手放し、その両手にガントレットを出現させた。
「《ウォールブレイカー》!」
鉤爪の付いたガントレットは、出現と同時に青白い光を帯び始め――アンヘルはその鋼の拳にて、腰の入ったパンチを障壁へと向けて叩き込んだ。
瞬間、甲高い音を立てて、景色を歪ませる障壁が砕け散る。
「魔法破壊なんて持ってたのか」
「対象は防御魔法オンリー、しかも打撃属性攻撃限定で発動ですけどね! その分、格上の魔法でも壊せますよ!」
俺の呟きに律儀に答えたアンヘルは、その手に手斧を出現させてゼリオポラリスへと襲い掛かる。
そんなアンヘルに対し、ゼリオポラリスは振り返りながら斬撃を繰り出すが、その腕へと向けて一筋の閃光が突き刺さった。
それを放ったのは、遠距離から弓を構えるランドだ。
鋭い矢によって手首を貫かれ、ゼリオポラリスの攻撃は急激に失速する。
その隙に、アンヘルは容赦なく手斧をゼリオポラリスへと向けて叩き付けた。
だが――その攻撃が直撃する寸前で、悪魔の体が光を纏う。
「っ、また――」
「だが、それはもう何度も見たさ」
再び分裂するゼリオポラリス。その二体へと向けて、俺と緋真は同時に襲い掛かった。
挟み込むようにアンヘルを狙おうとしていたようではあるが、そのシャムシールによる攻撃は俺たちの一閃によって逸らされて空を斬った。
辛うじて攻撃を躱したアンヘルは、しかし無理な追撃はせずにその場から退避する。
それを視界の端で確認しながら、俺はこちらを認識したポラリスへと刃を振り下ろした。
「『生奪』」
「【緋牡丹】!」
繰り出す一閃は、共に白輝。
しかし、意識を加速させる魔法を持つこの悪魔たちは、的確に反応して俺たちの一閃を受け止めてきた。
だが――共に片腕、ゼリオに至っては手首を矢に貫かれている現状、十全に力を発揮できる筈もない。
例えステータスで劣っていたとしても、本来の力のどれ程を発揮できているというのか。事実、分裂した悪魔たちは、俺たちの白輝を受け止めきれずに後方へと弾き飛ばされた。
「緋真!」
「はい、先生!」
吹っ飛んだ悪魔たちへと追撃を仕掛けるため、前方へと向けて一気に駆ける。
地面を転がった悪魔たちであるが、その体が光に包まれると、直立した状態のゼリオポラリスが現れる。
体勢まで元通りにされてしまうのは何とも面倒ではあるが――今更足を止めるわけにもいかない。
歩法――陽炎。
緋真と共に走るスピードを不規則に変えながら、ゼリオポラリスへと接近する。
意識を加速しているこの悪魔にはそれほど大きな効果はないだろうが、それでも俺と緋真の攻撃タイミングを惑わせられるなら十分だ。
緋真の一閃を右の刃で受け止め、続いた俺の一撃を左の刃で対応する。
流れるように放たれる俺たちの攻撃を受け止め――けれど、反撃の隙は与えない。
魔法による防御があれば即座に《蒐魂剣》で破壊しつつ、少しずつ刃を届かせていく。
『魔剣使い、聖剣使い、そして……』
仮面に隠れて見えないが、ゼリオポラリスの意識は上へと向けられている。
どうやら城壁の上、そこで今もなお火を吹いている大砲へと意識が向けられているようだ。
俺たちの攻撃を捌き切れずに攻撃を喰らっているが、それでもそちらから意識を逸らせずにいるらしい。
『火を吹く筒――それを作り出した人間。ディーンクラッド様が敗れた要因か』
「……!」
この悪魔、ここまでずっと俺たちの戦力を分析し続けていたのか。
俺とアルトリウス、強制解放可能な段階の成長武器を持っている異邦人を警戒するのであれば分かる。
だが、まさかエレノアの存在にまで気づき、警戒心を抱くとは。
やはり、ゼリオポラリスは――否、今回の悪魔の襲撃は、俺たちの戦闘能力と陣容の確認が主目的だったのか。
であれば、厄介だ。これまで悪魔はこちらの戦力量などあまり気にしてはいなかった。
だが、今になって悪魔たちは情報を重視し始めたのだ。これだけの戦力を使いながら、こちらの戦力を分析していたというのか。
(ここでこいつを仕留め切ったとしても、情報は既に奪われてしまっているだろう。そこは気にしてももう意味はないか)
情報の隠蔽をしていたわけでもないし、知られてしまうことはどうしようもないだろう。
問題は、悪魔たちがそれを重視し始めたことだ。
油断せず、情報を集めて戦い始めた場合、こいつらは果たしてどれほどの脅威となることか。
正直、よろしくはない事態ではあるが、今は気にしている余裕もない。
面倒なことは後々アルトリウスに任せるとして、今はこの悪魔に集中するとしよう。
(だが、まだ何か企んでいるな?)
追い詰められつつあるゼリオポラリスであるが、その精神はまだ落ち着いている。
何かしらの考えがあるのか――と言っても、コイツの属性から考えれば想像はつく。ならば、その目論見を潰してやるだけだ。
緋真とはアイコンタクトを交わしつつ、俺は更にゼリオポラリスへの距離を詰める。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
ゼリオポラリスの攻撃を受け流しながら背後へと回る。
そのまま餓狼丸に《練命剣》を纏わせて足を斬りつければ、蓄積した脚のダメージによって、奴の体がぐらりと揺れた。
そして、それとほぼ同時、ゼリオポラリスの頭上から、赤い影が姿を現した。
それまで完全に姿を隠していたアリスが、出現と共にゼリオポラリスの首へと刃を突き刺したのだ。
『が……っ!』
完全なる不意討ちに、ゼリオポラリスのHPが大きく減少する。
急所に対する攻撃力で言えば、アリスのそれは俺以上だ。
危険域に届くほどにHPを削られたゼリオポラリスは、強引にアリスを振り払うと、そのまま魔力を滾らせる。
魔法を発動する兆候――だが、その魔力の中に殺気は感じ取ることができない。
攻撃の魔法ではない、それを察知した俺は、即座にゼリオポラリスへと向けて肉薄した。
「《蒐魂剣》、【奪魂練斬】!」
発動するテクニックは《蒐魂剣》の最も新しいテクニック。
その効果は最初のテクニックである【奪魂斬】と同じく、斬りつけた相手のMPを吸収する能力を持っている。
だが、その効果はそれだけではない。【奪魂練斬】の持つ力は――
『ッ、転移が――!?』
「唱えさせるわけがない! お前はここで死ね、ゼリオポラリス!」
――詠唱中の魔法の完全破壊だ。
発動した魔法だけでなく、発動を待機させている魔法すらも破壊するこのテクニックは、魔法使いにとって天敵とも言える効果を持っている。
それは、こうして転移魔法を発動しようとしていたゼリオポラリスにとっても同じことであっただろう。
逃げるために準備していたであろう転移魔法が消滅し、ゼリオポラリスは驚愕に身を固める。
その隙こそが最大のチャンスであり、最後の攻撃機会だ。
テクニックのクールタイムから、次の転移魔法を止めることはできない。故に――ここで仕留め切る。
「術式解放――!」
「《練命剣》――」
緋真が前に出ると共に、身に纏っていた炎の全てが紅蓮舞姫の刀身へと収束する。
その熱量をゼリオポラリスの体越しに感じながら、俺は足を止めて大きく刃を旋回させる。
転移を阻害され、それでもゼリオポラリスは刃を振るって俺たちを迎撃しようとし――その両腕が、飛来した魔力の銃弾によって弾かれた。
『なッ!?』
「――【緋牡丹】!」
「――【命輝練斬】!」
斬法――剛の型、輪旋。
黄金と真紅、二つの軌跡を描きながら、刃が降り抜かれる。
体の両側から斬り裂かれたゼリオポラリスは、そのダメージに耐えることはできず――全てのHPを散らし、その場に倒れ伏したのだった。