449:人魔大戦:フェーズⅠ その17
書籍版マギカテクニカ第5巻が12/18発売となりました。
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氷の地面ではあるのだが、全くと言っていいほど溶け出す様子がないためか、踏んでいても滑るようなことはない。
一体どんな魔力を込めればこんな氷が出来上がるのかと言いたくなるが、足場とするにはこの方が都合がいいわけであるし、今は気にしないでおくことにする。
転倒したゼリオポラリスも、氷が溶けているわけではないため長々と滑って行ったわけではない。少し走れば、あっさりと追い付ける程度のものだ。
突然の転倒に混乱したらしいゼリオポラリスは、手足をばたつかせてまだ立ち上がれていない。
そんな悪魔の背中へと躊躇いなく飛び掛かったのは、武器を大剣に切り替えたアンヘルであった。
「ブッ潰れなさい!」
倒れているゼリオポラリスに、アンヘルの大剣が容赦なく襲い掛かる。
流石に体がでかいため一撃で真っ二つにするようなことはできないが、それでもアンヘルの一撃はゼリオポラリスの背中に深々と突き刺さった。
『ッ……やってくれるな!』
だが、それでもゼリオポラリスのHPを大きく削るには至っていない。
比較的小さめであるとはいえ、真の姿を解放した侯爵級悪魔だ。その頑丈さは伯爵級とは比べ物にならない。
背中に突き刺さった大剣をアンヘルごと払いのけると、ゼリオポラリスは周囲を薙ぎ払うように刃を振り回しながら立ち上がった。
俺はそんな刃を掻い潜りながら、死角を縫うようにゼリオポラリスの足元へと肉薄する。
「《練命剣》、【命輝練斬】」
斬法――剛の型、輪旋。
接近と共に旋回させた刃が、圧縮させた生命力を纏ってゼリオポラリスの右翼へと襲い掛かる。
黄金の軌跡を描く一閃は、強靭極まりない侯爵級悪魔の肉体であろうと、十分な斬れ味を発揮した。
右側の黒い翼へと向けて振り下ろした餓狼丸の刃は、ゼリオポラリスの翼の一つに深い残痕を与えてみせた。
「――やはり、見えていなければ反応しきれないか。常時加速しているわけではないようだな」
『ッ、魔剣使い!』
歩法――烈震。
再び、こちらへと襲い掛かってくるシャムシールを、一気に加速することによって回避する。
だがその瞬間、強い殺気が俺の横手から襲い掛かってきた。
(転移――!)
歩法――陽炎。
《化身解放》を使う前から見せていたし、《時空魔法》を使う時点で予測は出来ていた。
故に、俺は移動速度を一気に落としてその攻撃を空振りさせ、刃を振り切ったその直後にゼリオポラリスへと肉薄した。
歩法――縮地。
「《奪命剣》、【命喰牙】」
こちらを視界に捉えられている以上、ゼリオポラリスはすさまじい速度でこちらの動きに反応してくる。
多少幻惑する程度では、攻撃を回避することはできても隙を作り出すことはできない。
だが、そうであるが故に、俺の存在こそがゼリオポラリスにとっての隙となる。
「【緋牡丹】!」
ゼリオポラリスの背後より襲い掛かったのは、炎を纏う紅蓮舞姫を掲げた緋真だ。
俺の援護のために移動していた様子だったが、どうやら思いがけず自らの前方にゼリオポラリスが出現することになったらしい。
チャンスと見れば、躊躇いもなく格上の相手に斬りかかる姿勢は見事、やはりそうでなければ。
斬法――柔の型、流水。
ゼリオポラリスは、緋真の声に気を取られたせいか、一瞬俺に対しての迎撃の手が鈍る。
俺はその一瞬の隙を利用して相手の剣戟を横へと向けて受け流し、ゼリオポラリスの隙を広げた。
その瞬間、緋真の振り下ろした一撃は相手の背中へと突き刺さり――その衝撃によって動きを鈍らせた瞬間、俺は肉薄したゼリオポラリスの脇腹へと【命喰牙】を突き刺した。
この短剣はそこまで大きな効果を見込めるものではないが、長期的に見ればその効果は大きい。
(次は――)
打法――柱衝。
間髪入れず、俺は前のめり気味になったゼリオポラリスの顔面、仮面に覆われたその顔を蹴り抜く。
一瞬でもいい、視界さえ塞げば神速の反応を防ぐことができる。
俺の蹴りを受けて体を仰け反らせたゼリオポラリスは、それでもこちらを斬ろうと両腕の刃を振るう。
ハサミのように襲い掛かる刃は、巻き込まれれば胴から真っ二つに両断されることになるだろう。
だが、こちらの姿を捉えられていない以上、気配を探る術を持たないゼリオポラリスには正確な攻撃は不可能だ。
即座に体を沈み込ませた俺は、頭上を通り過ぎる刃の気配を感じながら地を蹴り、ゼリオポラリスの足を斬りつけながら前へと飛び出した。
『その程度で、逃げられると思うな』
歩法――影踏。
――刹那、悪寒を感じて、俺は踏み出す方向を強制的に捻じ曲げた。
その瞬間、俺が進もうとしていた先へと向けて、強力な斬撃が放たれた。
氷の地面が真っ二つに斬り裂かれたその威力は、ゼリオポラリスの剣によって直接斬りつけられた場合とそう変わりはしないだろう。
(今の攻撃は――ッ、考えている暇もないか!)
遠隔で放たれた斬撃、恐らくは《時空魔法》による攻撃だ。
魔法攻撃ならば《蒐魂剣》で対応できる筈だが、流石に不可視の攻撃についてはどうしようもない。
せめて攻撃の出だしが見えていればどうにかなったのだが――それを気にしている場合ではない。何故なら、ゼリオポラリスは再び転移してこちらに襲い掛かってきたからだ。
「面倒な……!」
どうやらこの悪魔、一か所に留まっていれば緋真やアンヘル達に囲まれて攻撃されるということを学習したらしい。
頻繁に転移することで他の仲間たちからの攻撃を躱しつつ、俺へと攻撃を集中させるつもりのようだ。
こちらに意識が向かっていること自体は構わないのだが、あまり攻撃が集中しすぎても後退が難しくなってしまう。
厄介ではあるが、転移や先程の魔法について、その呼吸を把握する方が近道になるだろうか。
舌打ちしつつ襲い掛かってきた一閃を躱し、追撃に放たれた刃を流水で受け流す。
受け流すにしても僅かに逸らす程度しかできないため、ゼリオポラリスからの連続攻撃を受けることは避けたい。
(……寂静に集中する。全てを含めて呼吸を掴め)
目を見開き、ゼリオポラリスの一挙手一投足に集中する。
僅かな筋肉の動きすら逃さず、相手の動きの兆候を見極めるために。
まず放たれるのは上段からの一閃、これについては流水で軌道を逸らし、攻撃が命中しない場所へと移動する。
それに連動して放たれるのは横薙ぎの一閃だ。こちらは大きく逸らさなければ命中してしまうため、素直に後退して攻撃を躱す。
そしてその直後、ゼリオポラリスは僅かに動きを止め、魔力の昂りと共に姿を消した。
「……!」
感じた悪寒に、前方へと向けて跳躍する。
その瞬間、俺の背後に転移していたゼリオポラリスが、まるで挟み込むように二振りの刃を振り抜いていた。
一瞬でも戸惑って移動を躊躇えば、その瞬間に斬り裂かれていただろう。
転移能力は実に厄介だが、きちんと見ていれば兆候は読み取れるようだ。
問題は、先程放ったような不可視の斬撃だろう。攻撃を放つ瞬間を見極められなければ、直感で避ける他に道は無くなる。
(さて、どう来るか――)
若干の距離を開いて対峙したゼリオポラリス。次にどんな動きで来るのか、それを見極めるために刀を構えて待ち受け――その悪魔の頭が、大きく揺れた。
「――――っ!?」
ぐらりと、ゼリオポラリスの体が揺れる。その一瞬後に響き渡ったのは、遠雷のような銃声だ。
それを耳にして、俺は即座にゼリオポラリスへと向けて突撃した。
歩法――烈震。
普通に走っていたのでは間に合わない。
今の一撃は狙撃銃による狙撃攻撃。発射地点は、恐らく要塞の城門の上だろう。
数百メートルに達するような距離の射撃であるが、俺の予想した通りの人物であれば、この程度の距離は半分寝ながらでも命中させてくるはずだ。
そう、狙撃の名手たる、あの軍曹であるならば。
「《練命剣》、【命輝練斬】!」
斬法――剛の型、穿牙。
放った刺突が、頭を撃ち抜かれて怯んだゼリオポラリスの胸へと突き刺さる。
身長が高く心臓を狙うことはできなかったが、それでも腹を穿って内臓を貫くことができただろう。
そのまま刃を払って深くその身を抉る。だが、それ以上の追撃は行わずにゼリオポラリスの身を蹴り、後方へと退避した。
「後方へと下がらせた理由はこれか……だが、それで終わりじゃないんだろう?」
「――ええ、その通りです」
声が響いた刹那、要塞側を進んでいた悪魔たちが閃光によって薙ぎ払われる。
それを放ったのは、白い翼をもつ真龍だ。輝く閃光のブレスは、その主人が進むべき道を切り開くものであったらしい。
「よう、アルトリウス。ようやく出勤か?」
「ええ、これで大詰めです。やるとしましょうか、クオンさん」
都市を襲う悪魔の群れを押し返し、ここまで戦線を広げてきたらしいアルトリウスは、既に解放したコールブランドを掲げる。
そして、味方全体へと強化の輝きを振りまきながら、笑みと共に俺の言葉に頷いたのだった。





