448:人魔大戦:フェーズⅠ その16
書籍版マギカテクニカ第5巻が12/18発売となりました。
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「――――ッ!!」
一体の悪魔へと変化したゼリオポラリス。四本の腕に刃を構える悪魔は、その二対の翼を羽ばたかせると同時、凄まじい速さでこちらへと突撃してきた。
そのスピードはこれまでの比ではない。空中にいたゼリオポラリスは、一瞬で地上まで降下すると共に俺へと向けて攻撃を仕掛けてきたのだ。
そのあまりの速さに、俺は咄嗟に後方へと跳躍することしかできなかった。
俺への攻撃を外したゼリオポラリスは、すぐさまこちらのことを捕捉すると再び高速でこちらへと攻撃を仕掛けてくる。
成程――甘く見ていたつもりはないが、どうやら想像以上だったようだ。
「チッ……!」
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
普通に戦っていれば狩られるだけだ。
俺はすぐさま切り札の一枚を切り、目を大きく見開いてこちらに迫る悪魔の姿を捉えた。
例えどれほど速かったとしても、相手の姿が消えているわけではない。
おまけに、コイツの呼吸は先ほど分裂していた時と一切変化していない状態だ。
これならば、相手の動きを先読みすることは可能だろう。
「……?」
振り下ろされた一閃を先読みしながら回避、普段ならばここで刹火でも当てるところであるが、生憎と腕が四本あるゼリオポラリスにはカウンターを入れる隙が無い。
連動しながら襲い掛かってくる横薙ぎの一閃を浮羽で受け流しながら、俺は間近に感じる違和感に眉をひそめた。
こいつの動きは何かがおかしい。純粋に速いのはその通りだが、何か違和感がある。
尤も――生憎と、今はそれを確かめている余裕は無いのだが。
(全力で回避に専念すれば受けることは可能……だが、反撃を差し込む余裕は無いか)
尤も、これは相手が今の動きに専念している場合の話だ。
こいつが他の能力や魔法を使い始めれば、今の余裕は無くなるだろう。
ならば、コイツが本気を出し始めるよりも早く、コイツの能力の謎を解き明かさなければ。
今一番怖いのは、不明な能力による初見殺しだ。一撃でもクリーンヒットを貰えばそこで終わりである以上、可能な限りデータを搾り取りたい。
そう考えながらひたすらゼリオポラリスの攻撃を捌き続ける俺の視界に、紅の炎が躍った。
「――――ッ!」
全身に炎を纏いながら駆ける緋真。その目は大きく見開かれ、せわしなく動きながら相手の姿を観察している。
どうやら、既に白影を使っているらしい。相手のスピードがこうである以上、その判断は正しいだろう。
加速しながら交戦に飛び込んできた緋真は、燃え盛る刃を以てゼリオポラリスへと斬りかかる。
こちらに集中していたらしいゼリオポラリスは若干反応が遅れるが、それでも凄まじい速度で対応し、緋真の一撃を受け止めてみせた。
だが、ほんの僅かにでもゼリオポラリスの意識が逸れたことは事実。その刹那を狙い、ランドの矢とアンヘルの銃弾が一斉に襲い掛かった。
『小癪な』
相変わらず二つ重なった音声で声を上げるゼリオポラリスは、二振りの刃でアンヘル達の射撃を弾き返す。
とはいえ、全てを弾くには至らず、何発かはその身に命中していたが。
ゼリオポラリスは三つのHPゲージを持っていたが、《化身解放》を使ったことでその一本目が消失している。
どうやら、自らHPを捨て去るということもできるらしい。そうしてまで自らを強化する理由は分からないが、確かにこの姿は強力だ。
(意識が逸れたな)
歩法・奥伝――虚拍・後陣。
アンヘル達の遠距離攻撃を振り払った、その刹那。俺は、ゼリオポラリスの意識の空白へと潜り込んだ。
先ほどは二体に分裂していたから不可能であったが、今ならばそれも叶うだろう。
ゼリオポラリスの意識から外れ、横合いへと潜り込んだ俺は相手の脇腹へと刃を放とうとし――その直前に、相手の意識がこちらを捉えたことを察知した。
「バカな!?」
驚愕しつつも、意識を攻撃から防御に切り替える。
攻撃を当てることは可能だろうが、その場合反撃に対する防御が間に合わない。
こちらへと襲い掛かってきた一閃を流水で受け流しながら、俺はゼリオポラリスの間合いから後退した。
その直後、相手の背後からアンヘルが襲い掛かり、こちらへの追撃をインターセプトする。
だが、あいつと緋真でも長くは持たせられないだろう俺もすぐさま戦線に戻ろうとし――隣に並んだランドが声を上げた。
「シェラート、恐らく空間属性……いや、時空属性だ」
「……そういえば、分裂してた時は光と闇の魔法を使ってたな」
光属性と闇属性の複合属性魔法は《空間魔法》。そこから進化すると、《時空魔法》になるらしい。
元々はアリスが取得しようとしていた属性だが、あまり詳細ははっきりとはしていない。
しかし、時間や空間を司る属性となれば、その身の加速や転移が容易いことなど想像に難くない。
未だ使用者の少ない魔法であるため、どのような性質を持っているのかはあまりよく知らないが、ある程度の想像ができるようになるだけでもかなりマシだ。
それよりも、今気にするべきはランドが俺に対して示した手の動きの方が重要だ。
(人差し指と親指を立てた後、拳を握る――後退の合図か)
かつての部隊で戦っていた時に使用していたハンドサインだ。
いくつかあったため覚えるのには苦労したが、その意味合いは今でも覚えている。
銃を仕舞うことを示すようなこのハンドサインは、一時的な後退を示すものだ。
(どういう意図かは分からんが、何かしら作戦があるってことか)
現状ではこの悪魔を倒し切るための策も無い、ここは素直に従っておくこととしよう。
とはいえ、コイツと戦いながら後退するのもそう楽な話ではないが。
アンヘルにはもう伝えているのだろうし、協力して下げていくしか無いか。
生憎と、今の緋真には声をかけても意味がないし、そこは雰囲気で伝えていくしかないのだが。
「ったく、相変わらず無茶な注文をしてくれる……」
作戦の出元はアルトリウスか、或いは軍曹か。
どちらにしろ、悪魔を追い詰めるための一手となるならば文句はない。
その決意を定めながら、俺は再びゼリオポラリスへと接近した。
こいつが最も注目しているのは俺だ。当然、コイツを引き連れたまま後退するのは俺の仕事になるだろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
接近と共に、生命力の刃を飛ばす。
攻撃力の高まった餓狼丸とて、そうそうダメージを与えることはできないだろうが、こちらに意識を向けさせるには十分だろう。
アンヘルを弾き返し、後退した緋真に追撃しようとしたゼリオポラリスに対し、俺の放った黄金の刃が直撃する。
どうやら、完全に死角からの攻撃にまで高速で反応できるわけではないらしい。
(意識の加速か、動作の加速か。どちらかは分からんが、時間を操る魔法ならそういった効果も考えられるか)
何にせよ、既に意識されている攻撃ではクリーンヒットさせることは難しい。
四人でかなり息を合わせなければ、有効なダメージを与えることはできないだろう。
アリスならば攻撃を当てることは難しくないだろうが、当てた後で逃げられるかどうかは別の問題だからな。
こちらへと意識を向けたゼリオポラリスは、すぐさまこちらへと向けて走り出す。
相も変わらず正面からやり合うのは避けたいスピードであるが――出始めが見えている以上、動きを読み取ることは不可能ではない。
「《蒐魂剣》、【護法壁】」
対し、俺が発動したのは《蒐魂剣》のテクニック。
魔法にしか効果のないこのテクニックを、俺は足元に広がる氷の塊に対して発動した。
『なッ!?』
俺が足元へと刃を突き刺すと同時、前方に青白い光の壁が発生する。
あらゆる魔法を分解する《蒐魂剣》の力は、しかし足元に広がる氷を丸ごと消滅させるには至らない。
これは絶大な魔力を誇る公爵級悪魔の発動した魔法だ。残念ながら俺の力でこれをすべて消滅させることは不可能だろう。
だがそれでも、一部を削り取ることぐらいは可能だ。【護法壁】によって削り取られたのは、ゼリオポラリスの正面、踏み出した足の先。
踏み出した先の足元を失ったゼリオポラリスは、氷の縁に足を引っかけて盛大に転ぶことになった。
そのまま氷の地面を滑るように転がってきた悪魔の巨体を避け、ランドに対してにやりと笑みを向ける。
一瞬呆然とした表情を浮かべていた彼は、同じように意地の悪い笑みを浮かべながら走り出した。
このまま少しずつ戦線を下げ、どのような作戦が展開されるのかを見せて貰うこととしよう。