437:人魔大戦:フェーズⅠ その5
インベントリ一杯に爆薬を詰め込んだフィノは、再びシリウスによじ登って上空へと駆け上がる。
どうやらシリウスも慣れてきたらしく、乗られることに抵抗感は無いようだ。
まあ、いい加減そろそろ暴れたくなってきているようではあるし、これが終わったら好きにさせてやるとしよう。
現状、大穴の前は相変わらず大渋滞が起こっている状況だ。しかし、そこで立ち往生するのではなく、悪魔たちは横に逸れて迂回しようとし、魔物たちは穴をふさぐため強制的に飛び込ませられている。
また、後続の悪魔たちにもこの前線の状況は伝わってきているようで、あらかじめ左右に分かれて進んでくる敵も出てきている状況だ。
見通しが悪いせいか、全部が全部というわけでもないのだが、流石に対応されてきているな。
「……まあ、今はできることをやるだけだな」
現在、フィノが狙っているのはキルゾーンから迂回しようとしている悪魔たちだ。
流石に砲弾の届かぬ範囲も分かってきているらしく、その範囲を迂回するように進んできているのだが、分かり易く固まることになるため絶好の的となっている。
ひょいひょいと放り投げられる爆弾は、今も地上の悪魔や魔物たちを蹂躙している真っ最中だ。
流石に向こうも反撃しようとしてはいるが、シリウスの鱗を貫けるほどの威力は無いらしい。
近距離ではどうなのかは知らないが、少なくとも遠距離からシリウスに有効なダメージを与えられている様子はない。
「さて、この調子なら……ルミナ、セイラン、存分にやっていいぞ! ここなら補給はいくらでもできる!」
「はいっ!」
「クェエエッ!」
俺の言葉に頷き、ルミナとセイランは魔力を滾らせる。
眩く輝く翼を展開するルミナの周囲に現れるのは、複数の光の弾だ。それらはルミナの魔力を受けた途端一気に膨張し、光の輪郭で形作られた分身が姿を現す。
ルミナが呼び出した精霊たちは、ルミナそのものの姿を模倣しながら、四方八方へと光の尾を引いて飛び出していく。
一方で、セイランが魔力を放出すると共に、上空には黒雲が立ち込め始めた。
しかし、雨が降り出す様子はない。上空では雷が響き始めてはいるが、どうやらそちらだけに効果を限定したようだ。
そして、セイランの周囲に現れるのは黒灰の靄で形作られた髑髏の姿。上空から降り注ぐ雷によって姿を照らし出しながら、攻撃を透過する亡霊たちは一斉に悪魔たちへと向けて襲い掛かる。
「……対処法が無いと凶悪だよなぁ、《亡霊召喚》」
物理攻撃は完全に透過し、魔法攻撃の効き目も薄い。
《蒐魂剣》のような魔法破壊の能力ならば効くようだが、結構珍しいスキルだし、そうそう対処はされないと考えていいだろう。
一方で、ルミナの《精霊召喚》は物理的な手段でも排除することは可能だ。
しかし、こちらは《亡霊召喚》よりも遥かに攻撃性が高く、しかも独自に魔法も使って攻撃してくる。
この場における殲滅能力に関して言えば、間違いなくこちらの方が上だろう。
尤も――
「これなら、どちらもキルスコアはそう変わらんだろうけどな」
上空から断続的に降り注ぐ雷が、亡霊たちとは別に悪魔を打ち据えているのだ。
セイランの《天嵐魔法》は、その種族としての能力も加わっているのか、非常に強力だ。
しかも魔力の出し惜しみをしていないせいなのか、強力な雷は止まることなく降り注ぎ続けている。
特に狙いは付けていないのか、あまり密集していない所に落ちていたりもするが、それを加味しても十分な戦果は叩き出しているようだ。
純粋な魔法攻撃力だけで言えばルミナの方が上であろうが、一撃で倒せる以上は威力の優劣に意味はない。
幸い、すぐ近くには他のプレイヤーの姿はないし、存分に魔法を放たせて問題はないだろう。
「エレノアに頼ることになるのはちょいと申し訳ないが……まあ、ポーションぐらいで傾くような商会じゃないか」
どうせ、今回の件で多方面に恩を売っているのだろう。
ただでさえ国を掌握しかけていたというのに、最早この国であいつに口出しを出来る者はいなくなるのではないか。
まあ、エレノアならば権力の使い所を間違えることはないだろうが、中々に恐ろしいものだ。
果たして、あいつは今何をしていることやら。
(……まあ、今はいい。とにかく、敵の数を減らさねばな)
かなりの数の敵を討ってきたと思うが、それでも数が減った気はしない。
大砲と投石機、それによる波状攻撃すら、敵の戦力の一端を削ったにすぎないのだ。
現在、砦側から見て右側を相手にしてきたが、左側がどうなっているかは分からない。
まだ接敵されていないとは思いたいが、果たしてどうなっていることやら。
と――そのとき、唐突な衝撃によってセイランの体が揺れる。だが、その原因は決して害あるものではなかった。
「よいしょっと……ちょっとお邪魔するわ」
「っと、アリスか。随分無茶なことをするな」
「貴方に言われる筋合いはないわね」
身軽な身のこなしでセイランの背中に跳び乗ってきたのは、上空から飛び降りたアリスであった。
よくもまぁこんな空の上、しかも失敗したら悪魔の群れの中に落ちるような場所でそんな真似ができるものだ。
アリスは先ほどまで緋真のペガサスに同乗していたのだが、どうやら流石に暇になってきたらしい。
「この状況だと、俺たちにはやれることが少ないな」
「私は何もないってわけじゃないんだけどね。でも確かに、私にはあまりやることが無いわ」
先ほどは上空から襲い掛かってくる魔物がある程度いたが、ここではその姿も無い。
流石に皆無というわけでもないのだが、俺たちが手を出さずとも、砦から放たれる魔法や矢によって撃ち落されてしまっているのだ。
無視してもどうにかなる程度の相手ならば、わざわざ手を出す必要もない。
「今回は、貴方よりも緋真さんのスコアの方が高いかしら」
「さてなぁ。今の所はあいつの方が上だろうが、大物を討った時にどうなるかは分からんぞ?」
荷物になるアリスが離脱した結果、緋真は機動力を上げて爆撃を開始している。
あいつの魔法攻撃力は非常に高い。それこそルミナの攻撃力に匹敵するレベルであり、しかも攻撃範囲も広いのだ。
故に、上空からの殲滅能力と言う点においては、この中でも上位に存在すると言っても過言ではないだろう。
その殲滅能力は、確かに数多くの悪魔を屠っている。今のところは確かに上位のスコアとなっていることだろう。
「大物ねぇ。そういえば、まだ爵位悪魔は見てないわね」
「来ないってことはないだろうがな。問題は、どのレベルが来るかだ」
しかし、雑魚を倒した戦績だけでイベントの結果が決まるわけではない。
特に多くのポイントを得られるのは、このイベントにおけるボスに割り当てられた悪魔を討伐した時だろう。
果たしてどのような悪魔が出現したのか、それは確かめておきたいところだ。
「侯爵級か、公爵級か……最悪の場合は大公級って可能性もあるが」
「それだけは無いと思いたいわね」
「まあなぁ……不完全であるとはいえ、銀龍王にあれだけのダメージを与えたような存在だ。今の俺たちでは、到底届かんだろうよ」
「そうよね。侯爵級までならまだ何とかなると思うのだけど……公爵級以上は未知数だわ」
適当に魔法を放り投げているアリスの姿を眺めながら、その言葉に頷く。
まあ、今のところまともに接触していない侯爵級も分からないと言えばその通りなのだが、公爵級ほどではないと考えればかなり気は楽なものだ。
今更伯爵級が出しゃばってくることも無いだろうが、ボスとしてではなく通常の戦力として現れる可能性もある。
そういう意味では、伯爵級についても注意は必要だろう。
「できれば侯爵級であってほしいが……あまり期待しすぎるのもな」
「そうねぇ……最悪の場合も考えておくべきでしょうね」
最悪――つまり、大公級が出現するパターン。
銀龍王に一撃で致命傷に近い傷を負わせたということしかわかっていないが、その情報だけでも十分に危険であるということが分かってしまう。
そのような怪物と戦うには、明らかに戦力が足りていないのだ。
「……まあ、今の情報では判断も付かない。とりあえず、それぞれのパターンがあり得ることだけ考慮しておこう」
「そうね。どうせそのうち、嫌でも接敵することになるんだから」
アリスの言葉に、軽く嘆息しながら頷く。
その答えは、そう遠くない内に目の前に現れることになるだろう。
そろそろ爆弾も投げ終わったらしいフィノが手を振っている姿を認め、再び動き出しながら、俺はこの先の戦いへと想像を巡らせていったのだった。