436:人魔大戦:フェーズⅠ その4
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シリウスと共に要塞に帰還すると、フィノが既に連絡を通していたのか、大量の樽が積み上がっている光景が目に入った。
シリウスに指示してその傍に着陸させつつ、俺は城壁の上、アルトリウスがいる場所へと着地する。
今現在も大砲や投石機による攻撃を続けているアルトリウスは、こちらの姿を認めて声を上げた。
「お疲れ様です、クオンさん」
「ああ。上から見ていたが、状況はどんなもんだ?」
「悪くはない滑り出しかと。少なくとも、敵の総数が想定以上であった割にはかなりいい具合に事を運べています」
アルトリウスの返答に、軽く溜め息を零す。
やはり、アルトリウスとしてもこれほどの数は想定外だったということか。
となると、多少の余剰分があったとしても、爆薬や砲弾は足りなくなると考えた方がいいだろう。
エレノアならば急ピッチで製造して補充するということもしているだろうが、どんなアイテムであったとしても原料が足りなくなれば作り出せない。
それに、大砲も投石機も、使えば使うほど耐久力を擦り減らしていく。予備を用意してはいるだろうが、それもどれほどの数になることか。
かなり景気よくぶっ放している様子ではあるが、それでも無尽蔵に撃ち続けることはできないのだ。
――しかし、それを加味した上でも、アルトリウスは余裕の表情を崩していなかった。
(本当に余裕なのか、部下を鼓舞するための虚勢か……俺でも判断がつかない程度には余裕があるってことか)
それならば今は心配いらないと判断し、改めて前方――敵陣の方向へと視線を向ける。
投石機から放たれる爆薬と、大砲による砲弾で蹂躙される悪魔たち。
しかし、それほどの暴虐的な破壊力を前にしてなお、悪魔たちはこちらに進むことを諦めようとはしていない。
それは自意識が薄いが故の動きなのか、或いはそうせざるを得ないのか――確証はないが、今だ鍵を握るであろう爵位悪魔は出現していない。
既に戦争じみた様相ではあるが、これは前哨戦なのだ。
「……とりあえず、赤龍王には上空の魔物や悪魔に対応するよう依頼した。どうしても対空防御は難しそうだったからな」
「助かります。流石に、この規模の対空防御は厳しいものがありますから」
予想通り、やはり上空からの攻撃に対処する方が難しかったか。
まあ、それによって防衛がやりやすくなったのであれば御の字だ。
今のうちに、可能な限り敵の戦力を削っておくべきだろう。
「ところで、黒龍王はどうしてるんだ?」
「彼は迂回してこようとしている悪魔に対応してくれています。この要塞、北以外の戦力は正直なところ十分であるとは言えませんから、北側だけに集中できるようにして貰えるのは助かりますね」
「ふむ……成程、確かにそうだな」
姿を見ない黒龍王とその眷属たちは、現状警戒がメインと考えておいていいだろう。
正直、彼らほどの戦力を横に置いておくのはあまりよろしくはないのだが、後顧の憂いを断てるのはありがたくもある。
俺たちが何も考えずに北側に集中できるのは、黒龍王のお陰であると言っても過言ではないだろう。
まあ、状況によっては彼らもこちらに戻ってくるだろうし、とりあえずはこれで問題はないか。
「それで、どう見る? このまま行けると思うか?」
「難しいでしょうね。完全なる数の暴力で、しかも底が見えない。いくら『エレノア商会』でも流石に息切れします。屋台骨を傾かせるほどの散財はしないでしょうから」
「まあ、裏で色々とやってるみたいだからな……」
国の掌握などというえげつない上にとんでもない真似をし始める女だが、彼女はあくまでも商売人だ。
今後の活動も考えて、破産する勢いでの散財は不可能だろう。
まあ、それでもこれだけの戦力を構築するのだから、流石と言う他ないのだが。
「それに……悪魔とて、決して愚鈍ではない。見てください」
「あん?」
アルトリウスが指し示した先に目を凝らし――思わず、顔を顰めた。
地面に穿たれ、炎を噴き上げる大穴。その地獄のような領域へ、自ら飛び込んでいく姿がそこにはあった。
見た感じ、飛び込んでいるのは魔物のみで、悪魔たちが自主的に飛び込んでくる様子はない。
つまりあれは――
「操った魔物を……無理やり飛び込ませているのか。まさか、あれで足場にでもするつもりか?」
「それに加えて、そろそろ穴を迂回する敵戦力も出始めています。遠距離攻撃で対処してはいますが、抜けてくるのも時間の問題でしょう」
「……まあ、流石に最後まで都合よくはいかんか」
小さく嘆息して、視線を要塞内部へと向ける。
どうやら、フィノもそろそろ補給を終えそうな頃合いであった。
安全に攻撃ができるのもそろそろ限界だろう。その時までに、可能な限り敵戦力を削っておかなくては。
「近づかれたらどうする?」
「城門前では白兵戦を、外壁については上での迎撃戦がメインです。まあ、全てのプレイヤーの動きを制御できる訳ではありませんが」
「構わんだろう。その時になったら、俺も暴れさせて貰うさ」
「今回も期待していますよ。それでは、また後で」
軽く手を振り、再びセイランに跨って上空へと飛び上がる。
こちらを見上げるアルトリウスの表情は未だ余裕――果たして、その目にはどこまでの展開が見えているのやら。
何にせよ、これはまだ前哨戦だ。互いに様子見、全力を出すような場面ではない。
であれば程々に対処しつつ、この後に来る本命に備えるべきだろう。
「さてと……フィノ、準備はできたか?」
「おっけー、残りの爆弾は全部詰め込んできたよ」
「重畳だ。固まっている連中を纏めて吹き飛ばしてやるとしよう」
少なくとも、敵の本命が現れるまでにはフィノの仕事を終わらせてやらねばならない。
あの落とし穴の杭もフィノが仕掛けたものらしく、あれでもそれなりのキルスコアを稼げてはいるだろうが、まだ足りているとは言い難い。
フィノが成長武器を手に入れるためにも、もっと多くの敵を片付けなければ。
「さあ、行くとするか。的はまだまだいくらでもあるんだ」
「はいはーい、派手にやったりましょう!」
フィノ自身も成長武器取得に乗り気な様子で、意気軒昂に拳を振り上げている。
この調子ならば、スコア稼ぎも十分期待できる筈だ。
(あとは……本命がいつここに到達するかだな)
北の方角、無数に連なる黒い影の先へと視線を向ける。
果たして、その先にいる爵位悪魔はいつ現れるのか。どんな力を持っているのか。
そして、公爵級や大公級は現れるのか――考えることは山積みだ。
「……順番に片付けるしかない、か。しばらくは頼むぞ、赤龍王」
「先生さーん? 行かないのー? 私この子動かせないんだけどー」
「っと、悪い悪い。行くとするか」
シリウスとセイランに合図を送り、再び悪魔たちの上空へと移動する。
フィノが今持っている爆弾を投げ切ったら、本格的な戦いに移ることになるだろう。
となれば、狙うは大量の悪魔が固まっている場所。そこへと向けて、俺はシリウスたちと共に空を駆けて行ったのだった。
* * * * *
「数ばかり多いだけかと思ってたが……いるんじゃねぇか。ようやくお出ましかよ、爵位悪魔」
「あぁ、怖い怖い……こんな化物を連れてくるなんて、人間たちは本当に生き汚いわぁ」
空を焼き焦がさんとする炎が荒れ狂う戦場。
宙を舞う赤き真龍たちは、空を駆ける魔物や悪魔の悉くを撃ち落とし、後方へと徹した数はほんの僅か。
そんな彼らの奮闘は、異邦人たちにとっては生命線と呼べる状況であるのが現状だ。
しかし、その戦いの中心である赤龍王は、動きを止めざるを得ない状況となっていた。
「伯爵級が三体、侯爵級が一体、そして……」
「公爵級第七位――デルシェーラ。お見知り置きを、赤き龍王様」
足首にまで届かんとするほどの白銀の髪を揺らし、見慣れぬ民族衣装の悪魔は優雅に一礼する。
絶大なる力を持つ八体の公爵級悪魔――その内の一体は先日異邦人たちによって討ち取られたが、残る七体は健在だ。
そして、その内の一体が、今赤龍王の目の前に存在しているのである。
「よくもまぁ、そこまで集めたもんだ――それが魔王のやり方ってわけか」
「そこまで凄まんとって欲しいなぁ。うちはあんたさんには興味ないんよ……おるんやろ? ディーンクラッドはんを斬ったお方」
「ほざくじゃねぇか……この赤龍王を前にして!」
全身から灼熱の炎を噴き上げ、赤龍王は咆哮する。
しかし、それと同時に周囲の真龍たちは一旦後方へと下がらせた。
全力で戦闘する以上、仲間すらも巻き込んでしまいかねないのだ。
けれど、そんな赤龍王を前にしてなお、白銀の悪魔は笑みを崩さない。
優雅に扇を取り出したデルシェーラは、しかしその場から動くことなく声を上げる。
「ほな頑張ってな、お前たち。応援してるさかい、ちぃとばかし時間を稼いでおくれ」
その言葉と共に、伯爵級と侯爵級の悪魔たちの姿が変わる。
一切の油断などなく、最初から全力を発揮するための《化身解放》――異形と化した悪魔たちの後ろで、白銀の悪魔は妖艶に笑む。
「お楽しみまであと少し……ああ、待ちきれんなぁ」
――どろどろと歪んだ熱望を、口にしながら。