435:人魔大戦:フェーズⅠ その3
上空での戦いは赤龍王たちに任せ、俺たちは一度後退する。
まあ、フィノのように弾切れがあるわけではない緋真とルミナについては、移動しながらも地上への攻撃を止めてはいなかったが。
(今回のキルスコアは緋真たちの方が上かもしれんな……大物についてはどうなるか分からんが)
今のところ、爵位持ちの悪魔とは遭遇していない。
いないということはあり得ないだろうが、どのタイミングで出てくるかは謎だ。
面倒なことにならなければいいが――現状、準備をしておく程度しかできることはない。
ともあれ、今気にするべきは地上の魔物たちの状況だ。
要塞へと戻っていく際中、地上は未だ魔物と悪魔に埋め尽くされているような状況である。
所々で奇襲を行っているプレイヤーの攻撃の様子が見て取れているが、総量から比べれば焼け石に水の状況だ。
「フィノの爆弾でも結構な量を削れたとは思うんだが……これまでのイベントとは桁違いだな」
「地面が見えている所の方が少ないレベルですね」
「真龍たちが空を抑えてくれていてなおこれなんだから、ヤバいなんてもんじゃないわね」
赤龍王による空の魔物の駆逐が無ければ、状況はもっと悪かっただろう。
俺たちがのんびりと爆撃を行えるのも、彼らの力があってこそだ。
空を覆い尽くすような飛行魔物や悪魔が向かってきていたら、どうあっても防ぐことはできなかっただろう。
「先頭が見えてきたねー。よかった、まだ要塞までは届いてないよ」
「時間の問題ではあるが……エレノアの奴、どうするつもりなんだかな」
迎撃をするため、数多くのプレイヤーは要塞の城壁の上で待ち構えている状況だ。
彼らの目からも、既にこの悪魔の軍勢は見えていることだろう。
果たして、その目にはどのような光景に映っているのか。この圧倒的な軍勢を、いかにして退けるつもりなのか。
その答えの一端は、エレノアの渡してきた地図に示されていることだろう。
(細かなトラップについては既に発動した後だったのか、確認はできなかった。だが、この最大のトラップとやらはこれからだ)
地図に示されている、やたらと広く線の引かれたエリア。
要塞からほど近く、雑になぞったかのように塗り潰されたその場所には、事務的な文字で『キルゾーン』と記載されている。
この立地条件からして、エレノアはこの位置で敵を足止めし、要塞の上から狙い撃ちにするつもりなのだろう。
えげつないものではあるが、実に有効な手段だ。その実態が果たしてどのようなものなのか、上空からじっくりと観察させて貰いたいところだが――
「……そろそろエリアに入っていると思うんだが、何も起こらんな」
「え、もうですか? 起動をミスったんでしょうか……?」
「かいちょーがそんなミスするわけないでしょ? ほら、見ててー」
どうやら、フィノもトラップの建設には関わっていたのか、自信ありげな表情だ。
そこまで言うのであればとじっくり観察していれば、悪魔の軍勢は変わらず要塞へと向けて進軍を続け――くぐもった音が、響き渡った。
「っ……!?」
「ちょっ、まさか――」
そして、それと共に不自然に盛り上がる地面。
俺の耳が狂っていなければ、今聞こえた音は紛れもなく爆音だ。
閉鎖空間内で発生した、くぐもった爆音。それがどこで発生したのかは、不自然に盛り上がった地面を見れば明らかだろう。
そして、次の瞬間――盛大な爆発と共に、多くの悪魔や魔物たちが乗っていた地面が、まるで火山が噴火するかのように吹き飛んだのだった。
「――――あいつ、実はバカなんじゃないだろうな」
咄嗟に耳を塞いで目を閉じていた俺は、改めてその惨状を確認して口元を引きつらせる。
噴煙のように煙が立ち上るそこは、広範囲に渡って深く穴が掘られ、その下には金属製の鋭い杭がいくつも突き出しており、更には煌々と炎が燃え盛っている地獄のような光景があった。
どうやら、エレノアはあの広い領域全体に深く穴を掘り、トラップと爆薬を仕掛けた上で、地属性の魔法で上を覆っていたようだ。
そして、悪魔たちが十分その上に乗った段階で、何らかの方法で爆弾を起爆したのだろう。
上に乗っていた悪魔たちは爆発によって吹き飛ばされ、そのまま穴の底に落下して杭に貫かれながら燃やされる。
実にえげつない光景だが、その効果は覿面と言えるだろう。
「……流石に、この状況ではあいつらも足を止めるか」
これまで、上空からの攻撃を受けても歩みを止めなかった悪魔たちが、その落とし穴の前では動きを止めている。
まあ、仕方のない話ではあるだろう。空を飛べなければ、この穴は迂回する他ない。
しかし、無駄に広く掘られているこの穴を迂回するには相応の時間が必要だ。
そして後方から続く悪魔たちは、未だにその動きを止めていない。
その結果どうなるかと言えば――
「うわ、えげつな……」
「う、うーん……これは私たちも予想外だったかも」
後ろから続いてきた軍勢に押された前列の悪魔や魔物たちは、耐えきることができずにそのまま穴に落下する。
下で燃えているのは、どうやら先程焼夷弾で使用していた燃料と同じものであるらしく、炎の勢いは留まることを知らない。
落下した悪魔たちは、当然杭に貫かれるか、或いは消えぬ炎に焼かれ続けることになるのだ。
一部の悪魔は、短時間の飛行能力は持っていたのか、そのまま飛んで要塞へと向かって行こうとするが、その程度の数であれば七面鳥撃ちだ。
瞬く間に矢や魔法によって射抜かれ、穴の中に落下することとなった。
「エリアに入った標的を一網打尽にし、その上で後続の足止めを行うか。となると、ここからが本番ってわけだ」
「え? まだ何かあるんですか?」
「相手が固まって動きを止めているんだ、やることなんて一つしかないだろうよ」
疑問符を浮かべた緋真に、軽く肩を竦めながら答え、要塞の方へと視線を向ける。
それとほぼ同時、城門の上で立っていたアルトリウスが剣を掲げ――次の瞬間、彼の後方、要塞の内部からクレーンのような物体が姿を現した。
木造のそれは、資料でしか見たことのない代物ではあるが……恐らくは、大型の投石機だろう。
構造さえ調べられればこちらでも作れるということなのだろうが、まさかそんなとんでもないものを作り上げているとは。
それに、要塞の上部に備え付けられている黒い筒――どうやって作ったのかは知らないが、紛れもなく大砲である。
それらの後ろ側では、恐らく『エレノア商会』のプレイヤーが複数人で作業を行っており、早急に使用の準備が整えられていた。
「エレノアの言う通り、こいつはキルゾーンだ。あそこで足を止めた悪魔共を一網打尽にする、そのための大仕掛けだろう」
「要塞に辿り着かせる前に、全部倒し切るってことですか?」
「さて、そこまで悪魔共がこのエリアを攻略しきれずにいるか、或いは先に砲弾が尽きるか――どうなるかは分からないが、あの群れを全て片付けられるかどうかは、正直難しいところだろうよ」
確かにこの仕掛けは強力だが、全ての悪魔を片付けられるとは考えづらい。
また、上位の爵位悪魔相手には、あまり通じるとは思えない手だ。
最後までこの作戦が通じるとは考えない方がいいだろう。
だが、作戦自体は非常に有効で強力だ。その力は、今から目の当たりにすることとなるだろう。
俺がそう考えるのとほぼ同時、アルトリウスは合図するように聖剣を振り下ろし――大砲が、一斉に火を噴いた。
「……ミリタリーのオタクだか軍記のオタクもいるんだろうなぁ」
「そりゃまあ、プレイヤーの趣味は千差万別だものね」
精密に角度計算がなされた大砲は、まるで絨毯爆撃のように悪魔たちの群れを蹂躙する。
その威力は非常に高く、魔物も悪魔も木っ端微塵に吹き飛ぶほどだ。
しかも、追い打ちをかけるように投石機からいくつもの樽が放たれ、着弾と共に派手な爆発を巻き起こす。
どう見ても、フィノが先程投げていた樽を一回り大きくしたような代物だ。
その爆発の威力がどれほどのものであるかは、悪魔が面白いように吹き飛んでいく光景を見れば一目瞭然だろう。
「……この調子なら、実際に要塞で接敵するまでにはしばらくかかるだろうな。補給に行くとするか」
「あ、それなら私たちはここで攻撃しててもいいですか?」
「そうだな。しばらくはそれで構わんだろう。奴らがこのキルゾーンを乗り越えてからが本番だ」
今のまましばらく膠着するならば、上空からの攻撃を続行すべきだろう。
そう判断し、俺はフィノを連れ立って要塞内へと一時帰還したのだった。