434:人魔大戦:フェーズⅠ その2
飛翔してくる魔物の多くは見たことのない魔物ばかりであるが、《見識》を使ってみた結果は常に『スレイヴビースト』である。
どうやら、悪魔によって支配された魔物たちは、全てこの名前に統一されるようだ。
実際にどのような魔物であるかを知るためには、今後北に向かった際に、支配されていない個体を見つけるしかないのだろう。
多少気にはなるが、今こだわるような内容でもない。気にするべきは、こちらに向かってくる魔物たちをいかに片付けるかどうかだ。
「セイラン、俺たちを狙っていない連中は無視していい。こっちに向かってくる連中の動きを止めろ」
「クェエッ!」
俺の声に頷きながら、セイランは魔力を昂らせる。
それと共に周囲へと立ち込め始めたのは、強い風を伴う黒い霧――いや、雲だ。
先日戦ったワイルドハントと同じように、セイランもまた天候を操り、周囲に嵐の雲を発生させ始めたのである。
無論、その規模は先に戦ったワイルドハントよりもかなり小さなもので、あの個体と比較するにはまだまだ力の差があることを実感してしまう。
とはいえ、この選択は決して悪いものではない。嵐を煙幕のように展開することで、余分な魔物からの攻撃を避けることができるのだから。
「ダメ押しだ、妨害してやれ」
「ケェッ!」
そして、次いで発動するのはワイルドハントの持つスキル《亡霊召喚》だ。
何もない空間からにじみ出るように現れる、灰色のしゃれこうべ。青白い炎を眼窩に湛えたそれらは、薄暗い嵐の中を泳ぐように魔物たちへと向かっていく。
あの亡霊たちは、触れているだけでも相手の体力を奪っていく上に、物理的な攻撃は通じない。
実に厄介な存在であるのだが、こちらで操作できるのであれば話は別だ。便利に扱ってやることとしよう。
嵐に包まれ、亡霊の襲撃を受けた魔物たちは、揃ってその場で動きを止めてしまっている。
纏わり付いてくる亡霊を振り払おうとしている巨大な鷲――それを見据えながら、俺はセイランへと合図を送った。
「ケェエエッ!」
威勢のいい咆哮と共に、セイランは急激に加速する。
そのGに歯を喰いしばって耐えながら、俺は背中から野太刀を抜き放った。
シリウスの鱗を鍛えて造り上げられた野太刀は、あいつと同じように鋭く銀色に輝いている。
そこに纏わせるのは、漆黒と黄金の二重螺旋だ。
「【ミスリルエッジ】、【ミスリルスキン】、【武具神霊召喚】、《剣氣収斂》――『生奪』」
嵐を纏い凄まじい速さで飛翔するセイランは、既にその体自体が凶器である。
故に、無理に刃を振るう必要などない。刃を固定し、取り落とさぬようにしながら刃を滑らせれば――防御していない相手の首など、容易に断ち切ることができるのだ。
まあ、【武具神霊召喚】による防御力低下の効果も乗っているし、全て素の力で斬ったわけではないのだが。
「次はあいつだ――『練命破断』」
しかし、野太刀の切れ味に感心してばかりもいられない。
そんなことよりも、今は早く周囲の魔物を減らさなくてはならないのだ。
次なる標的は、黒い鱗の亜竜と思わしき魔物である。亜竜というよりも翼の生えた蛇と言った方が正確な姿ではあるのだが、頭はドラゴンっぽいし、呑竜が亜竜の分類であったならばこれも亜竜なのだろう。
何にせよ、鱗に包まれている亜竜の体は頑丈だ。今の攻撃力ならば十分斬り裂けるだろうが、ここは念を入れて《会心破断》を使用しておく。
防御力低下の効果はあるものの、素の状態で攻撃が通じるかどうかは微妙なところだが――《会心破断》の効果があれば、相手の防御力など気にする必要はない。
「し……ッ!」
ぞぶり、と――まるで豆腐に刃を入れるかのように、野太刀の刃が亜竜の首を断ち斬る。
正直、気持ちの悪い感触だ。硬いものに刃を通しているはずなのに、こうもあっさり斬れてしまうのだから。
この感触には慣れぬよう意識を改めながら、次なる標的を求めて空を駆けていく。
若干離れた場所にいる魔物にはセイランからの魔法が飛び、雷と風に蹂躙された魔物が地上へと墜落していく。
この高さから墜落すればまず助かることはないし、地上を歩く魔物を巻き込めるのは更なるメリットだ。
それならば、他の魔物もまずは翼から斬り裂いてやることとしよう。
「『生奪』!」
離れた場所の魔物はセイランの魔法で、近くにいる魔物は俺の刃で、それぞれ地上へと叩き落していく。
墜落した魔物の体によって結構な数の魔物や悪魔が潰されているのだが、不気味なのは地上の魔物たちがそれに一切拘泥していないことだ。
空中からの爆撃や魔法を受けようと、頭上から降ってきた魔物に体を押し潰されようと、奴らはまるで気にした様子もなく進軍を続けているのである。
それが魔物だけであれば、支配した結果であると納得もできるが、あの軍勢には悪魔の姿も含まれている。
奴らは精神支配を受けているわけではないと思うのだが、果たして奴らは何を考えているのか。
「……直接聞けるわけでもないし、分かる筈もないか」
原理はよく分からないがとりあえず浮いている羊の魔物の首を斬り裂きつつ、軽く嘆息する。
こいつも集団でいるならば防具の素材に良さそうなのだが、生憎と今回は素材を回収することは出来ない。
地上に落としても他と比べると威力が低そうではあるが、襲ってきている以上は無視するわけにもいかないのだ。
「さてと……まだ来るか」
そこそこな数を地上に叩き落したのだが、生憎と向かってくる魔物の数は減っていない。
こちらとしても退屈せずに済むのはよいことなのだが、流石に数が多すぎるのは勘弁してほしいところだ。
俺はまだしも、セイランは無尽蔵に戦い続けられるというわけではないのだから。
どうしたものかと考えていると、ふと離れた場所にいた鷲がびくりと体を震わせ、そのまま地上へと落下していった。
目端でちらりと捉えられただけであるが、どうやら矢が突き刺さったことが原因であるらしい。
「アリスか。まあ、暇だろうしな」
ちらりと後方に視線を向ければ、嵐のせいで見づらいが、アリスがひらひらと手を振っていた。
どうやら、地上への攻撃よりもこちらの援護を選んだらしい。
確かにアリスの攻撃力では地上への攻撃は有効ではないし、空中の魔物を相手にした方がマシだろう。
空中ではいつもの戦法を使うこともできないが、彼女には毒を使うという選択肢もある。
今回使ったらしい麻痺毒は、確かに空中を駆ける魔物相手には非常に有効であるだろう。
「しかし、この嵐の中でよく当てられるものだな」
セイランの展開した黒雲の内部は、嵐である以上当然ながら強力な風が吹き荒れており、どうしても矢は影響を受けてしまう。
その風の中で標的に矢を命中させたのは、かなりの技量であると言えるだろう。
まあ、流石にそこまでの技術は無かったと思うので、何らかのからくりはあるのだろうが。
便利ではあるし、そこは気にする必要もない。とにかく、敵の数を減らすことが優先だ。
手が回らなくなれば緋真やルミナを戻したいところではあるのだが、あの二人の遠距離攻撃火力は優秀だ。
できれば、地上攻撃に専念したいところではあるが――
「みんなー、爆弾投げ終わったよー」
「っと……思ったより早く終わったな」
「まだあるから、一旦拠点に戻りたい」
「了解だ。まあ、地上の戦闘状況も気になるし、観察がてら戻るとするか」
戦闘が始まってから、まだそこまでの時間は経っていないが、地上の魔物たちは空中からの攻撃を一切無視して要塞へと向かっている。
足止めを受けていない以上、程なくして要塞まで到達することになるだろう。
多少減らせていると言っても、全体から見れば焼け石に水。要塞では間違いなく激戦が待っていることだろうが――
「……そのための準備とやら、見せて貰うとするか」
エレノアが渡してきた地図を取り出し、その位置を確認しながら笑みを浮かべる。
あのエレノアが、自信満々に準備は万端であると口にしたのだ。
果たしてどれほどえげつない準備をしているのか、特等席から見物させて貰うとしよう。





