433:人魔大戦:フェーズⅠ その1
申し訳ありませんがストックが足りないため、今回はクライマックスの連続更新はありません。
大障壁の消滅と共に、俺たちは空へと舞い上がった。
空を飛んだ経験の少ないらしいフィノは、シリウスに取り付けた座席のハンドルを固く掴んでおっかなびっくりとした様子であったが、周囲を飛び回る真龍たちの姿に圧倒されたのか、緊張は解れている様子だ。
周囲のドラゴンはほぼ大半が赤龍たちで、一部黒龍の姿もある。
どうやら赤龍と黒龍は反りが合わない様子で、所々口論している様子が見て取れるが、それでも敵を前に争うような真似はしていないようだ。
「よう、人間。いきなり大層な戦場じゃねぇか」
「赤龍王……来てくれたのはありがたいが、案外数は多くないんだな」
「まぁな。どの龍王もそうだが、招集したのはテメェの剣龍よりワンランク上の真龍だけだ。あいつらはまだ未熟でな、戦場に出すわけにはいかん」
赤龍王の言葉に、成程と頷く。
確かに真龍は強力な力を有している。しかし、その成長の性質は他の魔物と変わりはない。
しかし、それでいながら数は少なく、育つにも時間がかかる貴重な存在なのだ。
あまり強くない真龍まで動員し、その数を減らしてしまえば、彼らにとっては致命的な事態ともなりかねない。
というより、討たれた龍王の眷属たちはそのような事態となってしまっていたのだろう。
いかな赤龍王とて、この状況では慎重にならざるを得ないのだ。
「俺の眷属は精強だ、そんじょそこらの悪魔に負けはしねぇ。だが、公爵や大公が出たら話は別だからな」
「これ以上真龍の数を減らすわけにはいかないのは事実だ。慎重に動いてくれるなら、こちらとしても助かるさ」
「ハッ、だが黒の連中のように後ろで縮こまっているつもりもねぇ。精々、派手に暴れてやるさ」
強気な笑みと共に、赤龍王は前方へと視線を向ける。
大障壁が消えた先、悪魔共が支配した領域。そこから現れた存在は、既にその姿が見える距離にまで近づいてきていた。
空と大地、その両方を埋め尽くす魔物と悪魔の群れ――これまでのイベントで遭遇してきた悪魔が、まるで児戯だったと言わんばかりの圧倒的な物量。
想定を超える規模の戦力に、俺は思わず舌打ちを零した。
これは、当初の想定のような、一方的な奇襲とはならないだろう。
「赤龍王、頼みがある」
「ああ? 何だよ、いきなり」
「真龍たちには、上空の魔物や悪魔への対処を願いたい。異邦人の中にも、俺たちのようにある程度空中で戦える者もいるが、その数は総数に比較するとかなり少ないんだ」
「成程な……だがどうする、地上の連中はあの要塞まで辿り着いちまうぜ?」
「そちらの方がまだやりようがあるってことだ……頼まれてもらえるだろうか」
「クククッ……龍王に指図するかよ。いい度胸だな、人間」
赤龍王は、その凶悪な口元を吊り上げながら笑い声を零す。
全くもって恐ろしい姿ではあったが、その声音の中に苛立つような色は一切ない。
それどころか、むしろ轟々と燃え上がるような戦意を滾らせていたのだ。
「おう、野郎共! あのクソ共は、俺たちの空を我が物顔で飛んでやがる! 俺たち真龍が支配すべき、この大空をだ! その蛮行、決して赦されることじゃねぇ、そうだなァ!?」
轟くような、赤龍王の怒声。空気を砕かんばかりのその声に、周囲の真龍たちは気圧されるどころか、より殺意を滾らせ始めていた。
唱和するように真龍たちの咆哮が響き渡り、びりびりと肌を震わせる。
頼もしいことに、あれほどの群れを前にしても一切恐怖を覚えてはいないらしい。
どことなく暴走族の集団をイメージしてしまうのだが、彼らの実力は確かだろう。
「さァ、行くぜ! あの羽虫の群れ、まとめて地上に叩き落してやんなァ!」
勇ましい叫び声と共に、赤龍たちは翼を羽ばたかせて加速する。
全身から炎を噴き上げ、炎そのものが龍の姿と化したかのような怪物の群れは、空を埋め尽くす魔物の群れへと突撃し、まるで紙切れを破るかのように風穴を開けてみせた。
あの調子ならば、とりあえずしばらくは心配いらないだろう。
「……よし、制空権は何とかなりそうだな」
「乗ってくれてよかったですね。あれだけの数に空から攻撃されたら、幾ら要塞でもひとたまりもありませんでしたし」
「つくづく、頭上を抑えることの重要性を実感するってもんだ。だが、おかげでかなり楽になった」
とんでもない数の魔物がいるが、単体で見れば俺たちでも十分に片付けられる程度の存在ばかりだ。
上位の真龍たちにとってみれば、物の数ではない魔物だろう。
赤龍王たちの実力ならば、制空権を維持することは難しくは無い筈だ。
ならば――後は、予定通り地上の悪魔を攻撃すれば済む話である。
「というわけでフィノ、準備はいいか」
「う、うん、大丈夫」
先ほどの赤龍王たちの姿、そして悪魔の数に怖気付いているのか、フィノの様子はまたも硬くなってしまっている。
だが、やることはきちんと理解できているのだろう。フィノは安全帯によって体が固定されていることを確認すると、インベントリから先ほどの樽を取り出した。
既に俺たちの眼下は、悪魔や魔物たちによって埋め尽くされている。
どこを狙うかなど、気にする必要も無いような光景だ。
「よし……それっ!」
軽い掛け声と共に、フィノは樽を投擲する。
言うまでもなく自由落下していった樽は地上を歩く魔物の群れの頭上へと落下し――衝突と共に、派手な爆発を巻き起こした。
遠すぎて状況は見えないが、どうやら一瞬空白地帯が生まれる程度には魔物を吹っ飛ばすことができたようだ。
「ほう……中々の威力だな」
「ん、これはオーソドックスな爆弾だね。威力は結構高めな感じ」
一回やってある程度勝手がわかったのか、フィノは次々と樽を取り出してポンポンと放り投げていく。
地上では次々に爆発が巻き起こっており、面白いように悪魔が吹き飛ばされていくが、奴らは気にした様子もなく進軍を続けている。
数が数であるためか、この程度のダメージでは一切気にすることはないらしい。
流石に真龍たちに攻撃されれば無視はできなかっただろうが、反撃が無いのであれば逆に好都合でもある。
「ルミナ、セイラン。適当に攻撃していてもいいぞ。フィノが爆弾を投げ切るまではこの調子だからな」
「ですが、空の魔物の警戒は――」
「何かあったら俺やアリスが警告するさ。暇だからな」
「そうね。遠距離攻撃が得意な組はどんどん攻撃していいと思うわ」
俺もアリスも、遠距離攻撃はあまり得意とはしていない。
皆無というわけではないのだが、これだけの距離で有効なダメージを与えることは不可能だ。
アリスの場合は毒を投げるという選択肢もあるのだが、あれで中々に作るのが面倒な品らしいため、投げ続けるような余裕は無いだろう。
「というわけで、お前たちは悪魔に攻撃を続けろ。ただし、消耗しすぎるなよ」
「はい、お父様」
「了解です、先生」
俺の言葉に頷いて、緋真の炎が、ルミナの光が、セイランの雷が悪魔たちを襲い始める。
緋真たちの魔法攻撃力はかなり高く、群れている魔物たちの数を少しでも減らすには十分な威力を持っているようだ。
「よし、次はこれ」
一方、一セット投げ終わったらしいフィノは、新たな名前の刻まれた樽を取り出した。
今度は何やら栓の付いている樽で、フィノはそれを引っこ抜いた上で地上へと向けて放り投げている。
少し気になってその行く末を眺めていると、樽は何故か、地上につくよりも早く炎を噴き上げて爆発してしまった。
失敗なのかと首を傾げ――次の瞬間、その性質の真骨頂に気づく。
爆発と共に飛び散ったもの、それはタールのような粘度のある物体で、それらが燃えながら地上へと降り注いでいったのだ。
つまりあれば――
「焼夷弾か……よくそんなものを作れるな」
燃え盛る燃料を広範囲に浴びせかける爆弾。中々に非人道的な兵器だが、地上で扱う場合はどうやって使うつもりだったのだろうか。
まあ、相手は悪魔であるし、広い範囲に高い効果を発揮できる兵器だ。むしろ好都合であると考えておけばいいだろう。
フィノも効果の高さを実感したのか、次々と栓を抜いては地上へと投げ落としていく。
動作不良でも起こしてここで爆発してしまっては恐ろしいことこの上ないが、インベントリでスタックできているということは、ハンドメイドではなく一括での生産なのだろう。
であれば、すべて同じ品質で作用するはずだ。
「まあ、上手いこと動いてくれているなら文句はないんだが……問題は、あっちだな」
赤龍たちが暴れ回る空の戦場。そちらへと視線を向け、独りごちる。
赤龍たちの力はとんでもなく、空を飛ぶ魔物の多くを掃討してみせているのだが、それでも討ち漏らしが皆無というわけではない。
そのうちのいくつかは、こちらへと向けて飛来している状況だ。フィノの爆弾はまだいくらでもあるし、しばらくはここで戦いたいところではある。
「仕方あるまい。セイラン、片付けるぞ」
「クェエ!」
俺の言葉に、セイランは地上への攻撃を中断して視線を上げる。
こちらへと飛来する魔物は、まだあまり多くはない。
フィノに近寄らせないようにするため、早々に片付けてやることとしよう。