432:襲撃準備
「……本当にこれで大丈夫なのか?」
「正直、結構不安は残る」
フィノを連れて悪魔を襲撃することに決定した俺たちであるが、そのための準備は必要だ。
具体的には、フィノをシリウスの背中に乗せるための準備である。
シリウスの鱗は全てが刃物のように鋭く、普通に座っていたらそれだけでダメージを受けかねない。
そのため、シリウスの背中にフィノが座れる座椅子のようなものを装着したのだが――また、何ともシュールな光景だ。
「首の根元辺りじゃないと、体の傾きが厳しいんだよな……やっぱり、ここ以外は無理か」
「うへぇ、結構怖いかも……でも、成長武器を手に入れるためにはやらないとね」
流石にドラゴンの背中に乗ることには恐怖を感じているようではあるが、それでも目標の方が勝っているのだろう。
地面に伏せたシリウスの体をペタペタと触ってその感触を確かめていたフィノは、ふと振り返ると俺の方へと向けて小さな笑みと共に声を上げた。
「それで、組み方はこの間のイベントの時のと同じでいいんだよね?」
「ああ、こっちにはテイムモンスターたちがいるからな。そっちは緋真とアリスで組んでくれ。まあ、一緒に戦闘をするわけだからあまり変わらんが」
「私やアリスさんが倒した敵も、ある程度はポイントとして加算されるし、それなりに稼げるんじゃないかな?」
「あんまり姫ちゃんに頼りっ切りっていうわけにもいかないけどね……貢献度は上げておかないと」
言いつつ、フィノは己の後方、そこに積み上げられている樽の山に視線を向ける。
『エレノア商会』の面々が次々と運び込んできているアイテムであるが、どうやらこれが悪魔に投下する予定の爆薬であるらしい。
俺の基準でも一抱えはあるような大きさの樽であり、地妖族のフィノにとっては己とほぼ変わらないほどの大きさである筈だ。
フィノの姿と山のような樽を見比べつつ、俺は思わず半眼を浮かべて問いかけた。
「お前さん、これ持ち上がるのか?」
「ん? そりゃまあ、鍛冶は筋力と体力仕事だから」
俺の疑問に対し、フィノは何のことは無いと言わんばかりに樽に近づき、それを両手で掴んで頭上に抱え上げてみせた。
実に軽やかな動きであり、どうやらこの程度では重さに苦労するということは無いようだ。
まあ、小柄な少女が巨大な樽を抱え上げている姿は、何ともシュールな絵面であったが。
「錬金の人たちも張り切っちゃって、新兵器の導入実験だって色々作っちゃったみたい」
「それでこれか……いや、『エレノア商会』が構わんのなら別にいいんだが」
それぞれの樽には、どうやら中身を作成したプレイヤーの名前が刻まれているらしい。
エレノアお得意の、コンペティションによるアイテム作成だろう。
果たしてどれだけの数のプレイヤーが競い合いながらアイテムを作っていたのか――『エレノア商会』も中々に変わった連中だと思う。
「とりあえず、持てるだけ持って行くから、インベントリはできるだけ空けちゃうね。ということで、はい」
「おん? ああ、新しい武器か」
フィノが差し出してきたのは、シリウスの鱗によって製造された武器であった。
こちらに戻ってくるたびにドロップした鱗を預けていたため、それなりの数にはなっていたのだが、完成品を目にするのはこれが初だ。
さて、どのような性能になっているのか――その性能に目を通し、思わず眼を見開く。
■《武器:刀》剣龍鱗の小太刀
攻撃力:55(+12)
重量:14
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中) 研磨
製作者:フィノ
■《武器:刀》剣龍鱗の野太刀
攻撃力:67(+14)
重量:23
耐久度:140%
付与効果:攻撃力上昇(中) 耐久力上昇(中) 研磨
製作者:フィノ
成長武器と比較しても見劣りはしない性能だ。解放を含めなければ、純粋な攻撃力では餓狼丸を上回っている。
重量は軽く、攻撃力は高い。かなり理想的な武器であると言えるだろう。
流石は真龍素材による武器と言ったところか。シリウスの鱗でこれならば、龍王の爪にはもっと期待が持てることだろう。
尤も、あれを加工できるようになるにはもっと多くの時間を必要とするだろうが。
「これはいいな。防具には使わなかったのか?」
「んー、それがねぇ……この鱗、防具に使おうとするとあんまり性能が伸びないんだよ。武器にしても、刃のある武器じゃないと強くならない感じ。ちょっと納得がいかない」
「ほう……剣龍という名前の通りってことか」
武器の付与効果にも《研磨》がついているし、真龍の素材にはそれぞれ特殊な効果があるのかもしれない。
まあ、他の真龍の素材と言えば、アルトリウスの育てる白龍ぐらいであろうし、あまり本格的な検証も難しいだろうが。
何にせよ、この武器が強力であることに変わりはない。メインで使うのは餓狼丸ではあるが、こちらも有効に使うこととしよう。
「ところで、付与効果の《研磨》は何なんだ?」
「耐久度を若干減らして攻撃力上昇。発動には刀身を指でなぞればいいよ」
「ほう……その辺もシリウスの《研磨》と一緒か」
シリウスの場合はHPを減らしているのだが、性質そのものは一緒だろう。
耐久度はあまり減らしたくはないところではあるが、場合によっては使う場面もある筈だ。
とりあえず装備を変更し、軽く握りを確認して、前に使っていた物はインベントリに戻す。
どうやら、このやり取りをしている間に、爆薬の運び出しは終わったようだ。
「しかし……随分な数になったもんだな」
「倉庫の方にはまだ在庫があるから、その気になれば一回戻ってきて、補給して再出撃も可能だよ」
「ホント、物量に関してはとんでもないな」
これだけの数を使いきれるのかどうかは分からないが、他にも使い道はあるだろうし、無駄にはなるまい。
フィノが爆薬の数々をインベントリに格納していく姿をぼんやりと眺めながら、俺はイベント開始の残り時間を確認した。
開始まではあと三分――イベントが開始すれば、北を隔てていた大障壁が消滅する。
果たして、どのような悪魔が現れるのか。そして、その侵攻を防ぎ切ることができるのか。
(いや――防ぎ切る、必ずだ)
ここで悪魔を退け、逆に奴らの領域へと攻め入るための足掛かりとしてやろう。
そのためにも、ここに来る悪魔共は確実に殲滅してやる。
と――俺が決意を新たにした、その時だった。
「――さぁ、来てやったぜ人間共!」
「約定は違えない……この地、我ら黒の眷属が守護してみせよう」
巨大な影が、日の光を遮る。
見上げれば、そこにいたのは二体の巨大なドラゴンであった。
見覚えのある赤いドラゴンと、それに匹敵する巨大さを誇る、蝙蝠のような翼を持った黒いドラゴン。
赤龍王、そして恐らくは黒龍王だろう。ギリギリの時間ではあるが、彼らも到着したようだ。
「ハッ、引きずり出された引きこもりが、偉そうな口を叩くなよ根暗野郎!」
「相変わらず粗暴だな、赤龍王……君は勝手にするがいい、僕は僕のやり方でやらせて貰う」
「言われるまでもねぇな! っと……そこにいたか人間! おい、お前も出るんだろう!?」
何やら言い争っていた二体の龍王であったが、赤龍王はこちらの姿を認めると、何やら上機嫌な様子で声をかけてきた。
その通りではあるのだが、あまり極端に目立たせるような真似は辞めてもらいたい。
ついでに、真龍同士の言い争いも勘弁してほしいところだ。
リーダー同士で仲が悪いからかは知らないが、眷属の真龍たちも距離を置いている様子だ。
果たして、戦闘で協力し合えるのかどうか――その不安を抱きつつも、赤龍王へと向けて返答する。
「ああ、ここに到達するまでに、可能な限り敵の戦力を削る!」
「成程なぁ、いいだろう! 俺の眷属たちも好きに暴れさせて貰う!」
「全く……我が眷属たちよ、広く展開せよ。迂回してくる悪魔が存在した場合、すぐに僕へと情報を伝えるんだ」
どうやら黒龍王は慎重な性格らしく、真っすぐ攻めてくる以外の悪魔にも警戒しているらしい。
どちらかというとその方がありがたいため、こちらとしても助かる所だ。
「さあ、見ろよ。始まるぜ……奴らを潰すための、戦争がな!」
赤龍王が声を上げ――同時、地が揺れる。
北に聳え立っていた赤黒い大障壁。それが、まるで崩れ落ちるように消滅する。
『――グランドクエスト《人魔大戦:フェーズⅠ》を開始します』
――悪魔との真なる戦争が、ついに幕を開けたのだ。