427:交錯する嵐
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嵐の防壁を纏っていたワイルドハントと、今の黒い風を纏うワイルドハント。
どちらがより厄介であるかと問われれば、俺としては前者の方が厄介であったと考える。
無論、後者が危険ではないという話ではないのだが、攻撃が通じるかどうかは大きな要素であるのだ。
「《練命剣》――【命輝一陣】」
こちらへと飛来してくるワイルドハントへ向け、生命力の刃を発射する。
勢い良く飛翔したその一閃に対し、ワイルドハントは急旋回によって攻撃を回避した。
嵐の防壁を纏っていた時であれば、そもそも回避する必要などなかった程度の攻撃だ。
やはり、今の状態では先ほどよりも防御能力は低くなっているのだろう。
(当てられるかどうかは別問題だがな……!)
今のワイルドハントはすさまじい機動力を誇る。
その速さは、こちらから追い縋ったところで決して届くことのない速度差だ。
これでは、追いかけて刀を当てようとしたところで意味がない。
つまり、相手が向かってきた所にカウンターを当てるしかないのだ。
「このっ!」
「ああもう、ホント厄介……!」
緋真やルミナは魔法でワイルドハントを攻撃しているが、速すぎる上に複雑な軌道で飛ぶ相手を捉え切れずにいる。
範囲魔法ですら回避してしまうのだ、厄介としか言いようがない。
尤も、そんな緋真たちの魔法攻撃があるからこそ、俺とセイランは一方的に攻撃を受けずに済んでいるわけだが。
旋回飛行しながら放たれた魔法を斬り裂き、俺はひたすらワイルドハントの動きを観察する。
何とかして、相手の動きを止めなければ勝機はない。だが、それは向こうも分かっているだろうし、動きを止めるのは容易ではないだろう。
(亡霊たちは消えているが、ルミナの精霊も時間切れ……波状攻撃で動きを止めることは不可能。シリウスのブレスも当てられない、餓狼丸の効果範囲からすぐ抜けられてしまう以上は解放の効果も薄い……となると)
現状、取れる手段はあまり多くはない。
この凄まじい機動力が、切り札のうちのいくつかを封じてしまっているのだ。
そして、残る切り札も決して有効であるとは言い難い。
まさか、俺たちにこのような弱点があるとは思ってもみなかった。
(……いや、空中戦でこれ相手に的確な対処ができる奴も思い浮かばんが)
戦闘機のドッグファイトにおいては、パイロットの技量と機体のスペックで全てが決まると考えている。
この点において、ワイルドハントを上回れるような怪物を、プレイヤーの中で見たことはない。
ひょっとしたら、ラミティーズならば可能性はあるのかもしれないが、今この場にいない以上は考えても意味のない話だ。
(幸い、魔法の密度は先ほどよりも薄い。あの密度の魔法を放つには、やはり足を止めている必要があるのか)
山のように襲い掛かる風や雷を相手にしなくていいだけでも御の字だ。
これだけならば、回避すること自体は難しくはない。無論、決して簡単でもないのだが。
しかし、ただ避けているだけでは結局何も解決はしない。何とかしてワイルドハントの動きを止め、有効なダメージを与えなければならないのだ。
「……賭けに出るしかないか」
今のまま戦っていても、こちらがじりじりと消耗していくだけだ。
であれば、リスクを背負ってでも状況を打開する必要がある。
ここが空の上である以上、失敗すれば一発で終わりだが――それでも、勝ち目のない戦いに挑み続けるよりはマシだろう。
「悪いな、セイラン。付き合ってくれるか?」
「クェ」
当たり前のことを言うな、とセイランは頷く。
全く、本当に頼りになる騎獣だ。そう呟きながらセイランに合図を送り――俺たちは、その場で動きを停止した。
当然、ワイルドハントによる魔法攻撃が殺到するが、それらはまとめて【断魔斬】を使って打ち消す。
それでもなお動くことのない俺たちに、ワイルドハントは怪訝そうな視線を向けてくるが……それに対して、俺は挑発交じりに手招きをして見せた。
攻撃が届かないのなら、向こうから向かってきて貰うまでだ。無論、多大なリスクは伴うが――そうでもしなければ、ワイルドハント相手に攻撃を届かせることは不可能だろう。
俺の挑発を受けて、ワイルドハントはどこか笑ったような雰囲気を見せる。そして――凄まじい速度で、こちらへと突撃を敢行した。
(セイランのことを試している以上、そう動くだろうよ……!)
ほんの数秒足らずでこちらへと肉薄してくる巨体。
それを目の前にして、セイランは自らの頭上より風を吹き付け、強引に体を下にずらした。
当然、その風圧は俺にも押し付けられたわけだが、そこは気合で耐えながらしっかりと刃を構える。
「《練命剣》、【命輝閃】――ルミナ、やれ!」
激突の直前で下にスライドしたことにより、ワイルドハントの突進は空を切り――その腹部を、黄金の輝きを纏う刃がなぞる。
浅くとはいえ、体を吹っ飛ばされそうな衝撃に辛うじて耐え、バランスを崩しながらもその姿を見送る。
そして次の瞬間、俺たちとワイルドハントを閉じ込めるように、光でできた檻が形成された。
「グ……ッ!?」
流石に、唐突に作られた檻を躱すことはできなかったのか、ワイルドハントは急制動をかけつつも檻の壁面に激突する。
ワイルドハントの一撃にすら耐えきったこれは、ルミナが刻印を用いて形成したものだ。
これほどの機動力を持つ相手を捕えるには例え一日一度の切り札を切ったとしても、拘束に特化させる必要があったのだ。
しかし、この拘束も決して長くは持たないだろう。たとえ刻印を使用したものだとしても、ワイルドハントの力ならば破壊することは不可能ではないのだから。
「行け、セイラン!」
「ケェエエエエッ!」
壁面に衝突し、怯んでいる今が最大のチャンスだ。
ここで畳み掛けなければ、例え檻の中でもチャンスは訪れないかもしれない。
嵐を纏って一気に加速したセイランは、そのままの勢いでワイルドハントを壁に押し付けるようにしながら攻撃を叩き込む。
無論、ワイルドハントとて黙っているわけがない。至近距離から雷を発し、こちらを押し返そうと暴れ始める。
そうなると辛いのは俺の方だ。正直、【断魔鎧】を使っていなかったらあっという間に落とされてしまっていただろう。
「《練命剣》、【煌命閃】!」
故に、俺ものんびりとはしていられない。
手加減無しの攻撃をワイルドハントへと叩き込み、そのHPを削り取る。
嵐の防壁を纏っていない以上攻撃は通るし、ワイルドハントは素の防御力は決して高くはない。
このまま攻めれば行けるか――そう思った瞬間、目の前ですさまじい衝撃が発生した。
「がは……ッ!?」
恐らくは、風だろう。台風のそれすらも超えるような風圧に、強引に後方へ通し飛ばされたのだ。
その衝撃は凄まじく、セイランですら堪え切れずに飛ばされてしまったほどだ。
危うく落下しかけた体を何とか支えて状況を確認すれば、そこには大きくダメージを受けた様子のワイルドハントの姿があった。
流石に今のダメージは堪えたようだが、HPはまだ半ばほどと言ったところだ。
未だ戦意も尽きてはおらず、戦う気は満々のようである。
一方で、こちらは今の反撃でかなりダメージを受けてしまっている。《練命剣》にHPを使った点もあるが、かなり厳しい状況だ。
――尤も、これで手が尽きていたらの話であるが。
「――ようやく、動きが止まったわね」
「ギィッ!?」
黒い影が、唐突にワイルドハントの背中に出現する。
その突然の状況にワイルドハントが混乱したその瞬間、《ブリンクアヴォイド》によって光の檻をすり抜けたアリスは、ワイルドハントの首へとその刃を突き刺したのだ。
完全に予想外だったのだろう、大きなダメージを受けると共に、ワイルドハントは驚愕と共に動きを止める。
「ルミナ、檻を解け!」
「はい、お父様!」
その瞬間、俺は即座にセイランを駆り、再びワイルドハントへと突撃した。
だが、今回は攻撃ではない。背中に乗られていることを嫌ったワイルドハントから突き落とされた、アリスの回収だ。
それとほぼ同時、周囲を覆っていた光の檻は消え――俺がアリスの手を掴んだ瞬間、上空から舞い降りたシリウスが、その前足による一撃でワイルドハントを地表へと墜落させたのだった。