426:荒天に踊る
「セイラン、まずは回避に専念しろ。俺が直接叩く」
「ケェッ!」
俺の指示に頷き、セイランは力強く翼を羽ばたかせる。
そんな俺たちへと襲い掛かるのは四方八方より降りかかる風と雷だ。
これが大したことのない威力であれば容易く対処もできるだろうが、これを放っているのは伝説に名を連ねるほどの魔物だ。
セイランの纏う嵐の防壁だけでは防ぎ切れるものではなく、上手いこと避け続ける必要があるのだ。
(しかし……こいつ、セイランを狙い撃ちしてやがるな)
放たれた風の刃を《蒐魂剣》で打ち消しながら、俺は内心で舌打ちを零す。
ワイルドハントはどうも、セイランのことを優先的に狙ってきているように思えるのだ。
そうでなければ、機動力で劣る緋真たちやシリウスが、この攻撃を避け切れる筈がない。
まあ、セイランの進化に向けての試練であるのだから、それも納得はできるのだが――
「流石に、洒落にならんな……!」
セイランを不規則な軌道で飛行させながら、それでもワイルドハントの姿を捉えつつ独りごちる。
今のところ、機動力の面でこの波状攻撃に対応できているのは、俺たちとルミナだけだ。
緋真のペガサスではこの複雑な機動についてくることは不可能であるし、大人しくシリウスを壁に使った砲台に徹して貰うしかないだろう。
幸い、今のワイルドハントはまだ魔法以外の攻撃を行ってきていない状況だ。
これならば、まだ対処することは可能だろう。
「ルミナ、援護を頼む! 突っ切るぞ!」
「了解です、お父様!」
ルミナは翼と髪を輝かせながら、俺たちと並走するように空を駆ける。
その中で、次々と魔法を放ってはワイルドハントの魔法を迎撃し、少しずつではあるが的確にワイルドハントへの距離を詰めていった。
無論、相手もそれを呆然と見ているだけではない。俺たちが向かってくることを見るや否や、無数の魔法をこちらへと向けて放ってきた。
「ルミナ、任せるぞ!」
「勿論です!」
対し、こちらはルミナの魔法を利用して迎撃する。
雷は回避する以外に対処が難しいが、風による攻撃ならばルミナの魔法で迎撃は可能だ。
中空に白い光の筋を描きながら、まるで絡み合うかのように飛ぶルミナの光弾は、次々とこちらに向かってくる風の刃を撃ち落としていく。
問題は雷だ。飛来する速度が速く、威力が高い。直線にしか飛ばないため回避することは可能なのだが、こうも大量に飛んでくると全てを回避しきることは難しい。
防ぎ、避けることは可能だが、近づくことが難しい――ワイルドハントは未だ本気を出していないというのに、この状況とは。
何か一手、奴の魔法を止める何かが必要だ。そして、それは――
「――《スペルエンハンス》、【インフェルノ】ッ!」
今注意の向いていない、緋真ならば。
恐らくはアリスの使った月属性の魔法によって相手の注意を逃れていた緋真は、全力で魔力を注ぎ込んだ《灼炎魔法》を発動した。
狙った一点、ワイルドハントの元へ渦を巻くように炎が収束し、そして一気に拡散する。
強大な熱量を誇るその魔法を至近距離で受け、流石のワイルドハントも、纏う嵐の防御に綻びを生じさせた。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
そして、僅かに攻撃の止んだワイルドハントへと向け、シリウスが咆哮を轟かせながらブレスを放つ。
斬撃を伴う衝撃波のブレスは、ワイルドハントの纏う嵐の防壁へと直撃し――その綻びをこじ開け、打ち破ってみせた。
「セイラン!」
「ケェエエッ!」
その隙を逃さず、セイランは強く翼を打ち、弾ける様にワイルドハントへと向けて飛び出す。
急激な加速には身を伏せながら耐えつつ――振り落とされることなく、揺らいでいるワイルドハントへと向けて一気に接近する。
「――『生魔』」
刃に纏わせるは金と蒼の輝き。
まだ完全には消え切っていない嵐の防壁を斬り裂きながら、俺の刃は一直線にワイルドハントへと向かう。
そして――光の筋を残す一閃が、ワイルドハントの魔法を完全に打ち消しながらその身を斬り裂いた。
「ッ――クケェエァアアッ!」
交錯の直後、翼に受けた傷から血を零しながら、それでもワイルドハントは鋭い叫び声を上げる。
再び吹き荒れ始めた嵐より距離を取り、俺は相手の様子を観察した。
これまではあまり積極的には攻めてこなかったが、手傷を与えたことでどう変化するか。
その疑問に対し、ワイルドハントは自らの行動で示して見せた。
「ケェエエッ!」
「ッ……! 躱せッ!」
ワイルドハントは、その身に黒い風を纏いながら、こちらへと向けて突撃してきたのだ。
これまで嵐の防壁を纏っていた時は、セイランと同じように、球状の魔法で身を包むような形となっていた。
しかしこれは、体に密着するように嵐を纏っているのだろう。
体の表面を黒い風と紫の雷が這い回り、異様な姿に変貌している。
その姿に如何なる力があるのかは、動きを見れば容易に理解することができた。
(速い……! しかも、何だこの機動力は!?)
距離を離した俺とセイランに向け、一直線に突っ込んでくるワイルドハント。
セイランも《帯電》した翼で速度を増しているにもかかわらず、その速度も機動力も、セイランを大きく上回っている。
タイマンでは、ドッグファイトを挑んでも一方的に撃ち堕とされるだけだ。
「精霊たちよ、集え! 戦乙女の戦列を此処に!」
だが、そこにルミナのインターセプトが入る。
使用したスキルは《精霊召喚》。精霊を呼び出し、ルミナ自身の分身として使役する能力だ。
光で形成された分身は八体。その全てが散開しながら、ワイルドハントへと向けて攻撃を放つ。
流石のワイルドハントも、囲まれた上での波状攻撃は嫌ったのか、完全に包囲される前にこの場から距離を取った。
しかし――それは、逃れるためだけのものではなかったようだ。
「クケェエエエッ!」
――ワイルドハントの周囲に、黒い闇が渦を巻く。
いくつも発生した黒い渦は、やがてその姿を変貌させ始めた。
深く暗い、洞のような眼窩がこちらを覗く。黒い闇から這い出るように現れたのは、その靄で形成された髑髏の顔であった。
ワイルドハントの周囲より這い出してきた黒い亡霊たちは、それぞれが空を駆けながらルミナの精霊たちへと襲い掛かる。
どうやら、ルミナの《精霊召喚》と同じように、ワイルドハントにも配下を召喚する能力があるようだ。
「ワイルドハントは亡霊を引き連れている、だったか。ならばこれは、差し詰め《亡霊召喚》と言ったところか……個体でも十分厄介だというのに、こんなスキルまで持っているとは」
属性的には有利な様子で、ルミナの精霊たちは亡霊相手に十分戦うことはできている。
だが、追加で呼び出した戦力の手が塞がってしまっていることは紛れもない事実だ。
これでは、先程とさほど状況は変わらないだろう。つまり、こちらが不利な状況から変わっていないということだ。
ちらりと上空に視線を向け、周囲の状況を把握しながら、思わず舌打ちする。
(相手が速すぎて、餓狼丸の解放はあまり意味がない。手札の増える紅蓮舞姫はいいが、ペガサスの機動力では今のワイルドハント相手にはただの的だ。下手に手を出すべきじゃない)
緋真が手を出すのは、相手の隙を作るための一瞬だ。
それ以外で攻撃を行うのは、多大なリスクが伴う行為になってしまう。
アリスについては言わずもがなであるが……とにかく今、ワイルドハントと正面切ってやり合えるのは、俺とセイランとルミナだけなのである。
「やりようはある、が……そこまでどう持って行ったもんかね」
黒い風を纏うワイルドハントであるが、こちらの出方を窺っているかのように、積極的には仕掛けてこない。
恐らく、セイランがどのように戦うのか、見極めようとしているのだろう。
ある程度余裕が生まれるのは助かるが、どちらにしろかなり厳しい課題であることは間違いない。
(必要なのは、何とかしてこいつの動きを止めること。そうすれば勝機はある)
かなり難しい条件ではあるが、やらなければ何も解決はしない。
何とかして、あのにやけ面をしていると思われる怪物の鼻を明かしてやるとしよう。
「セイラン、準備はいいな?」
「クェ」
さあ、様子見は終わりだ。ここから先は、死力を尽くしての戦いとなる。
その覚悟を決め――セイランは、俺の合図と共にワイルドハントへと向けて飛び出していた。