425:嵐の王
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石碑から聖王国の南へと転移し、そこから更に南へと向けて飛ぶ。
この辺りの魔物は今更戦うほどの相手でもないし、さっさと移動してしまって問題はない。
時折寄ってくる敵はいるのだが、セイランやシリウスが威圧してやればさっさと離脱していった。面倒がなくていいことである。
「そうそう前のことってわけじゃないですけど、何だかこの辺りも懐かしいですね」
「そうだな。聖王国の戦いは、それだけ濃かったってことだろう」
ディーンクラッドとの戦いは、未だ記憶に新しい。
その発端となったのは、聖女の救出からといっても過言ではないだろう。
彼女は今でも、アルトリウスたちの庇護を受けながらこの国で暮らしている。
やってくる異邦人たちにクエストを発行し、《聖女の祝福》を与えるという活動を続けているため、未だにプレイヤーからの人気は高い状況だ。
『キャメロット』も決して彼女を独占するような真似はせず、聖女に対するアクセスの窓口を設置している状況であるため、今でも数多くのプレイヤーが彼女の元に詰めかけている状況だ。
「多少時間ができたら様子を見に行くかと思っていたが……あまり余裕も無いな」
「今が一番余裕のあるタイミングですけど……何だかんだ忙しいですね」
帝国でのあれこれに加え、真龍たちとの交渉。
結局、悪魔共が動けない状況であろうとも、やることが無くなる訳ではないのだ。
致し方のない話とはいえ、何とも慌ただしいことである。
まあ、それに加えて嵐王を探しに来ているのだから、忙しさについて文句をつける話でもない。
何しろ、自分から面倒事に首を突っ込んで行っているだけなのだから。
「クオン、場所はどの辺りなの?」
「そうだな……地図と照らし合わせた感じ、あの山の辺りだが――」
「何か、見るからに雲に覆われてますね」
目指す場所である山頂は、何やら黒い雲に覆われている状況であった。
他の空には雲一つないというのに、あそこだけ雷雲に包まれているのだ。
見るからに異常な光景――あれこそが目的地で間違いないだろう。
「しかし、天候を変えるほどの力とはな」
「伝説の魔物っていうぐらいですし、それ位はあるんじゃないですかね」
「雷雲の中に入るのは中々勇気がいるわねぇ」
確かに、雷の鳴り響く黒雲の中に入りこむのは勇気がいる。
しかし、あそこに行かなければ、嵐王に会うことはできないだろう。
勇気をもって、飛び込むしかあるまい。
「よし……突入するぞ、セイラン」
「ケェッ!」
決意を新たに、俺たちは黒い雲の中へと飛び込んだ。
入り込んだ雲の中は酷く視界が悪く、数メートル先を見通すことができない。
しかも、時折空間に雷光が走るため、飛んでいるだけでも気が気でない場所だ。
この視界の悪い空間では目標を見つけられるかどうかも分からないし、早々に何とかしたいところではあるが――そう思っていた瞬間、急激に視界が開けた。
「っ……!」
まるで台風の目か――どうやら、この黒い雲の中心には、雲のない領域が存在していたらしい。
風も穏やかで、雷が降り注ぐ様子もない、何とも穏やかな空間だ。
しかし、その中心で羽ばたく存在は、決してそんな穏やかなものではないだろう。
「あれが……嵐の王、ワイルドハント」
姿形はグリフォンそのもので、今のセイランともあまり変わった様子はない。
しかしながら、感じ取れる魔力はセイランの比ではないだろう。
龍王とまでは行かずとも、真龍たちと比肩するほどの魔力――紛れもない、あれこそがワイルドハントだ。
■ワイルドハント
種別:魔物
レベル:99
状態:アクティブ
属性:嵐・風・雷
戦闘位置:地上・空中
「こりゃまた……怪物だな」
「……マーナガルムを相手にした時のような感覚ね」
あれもとんでもない存在であったが、こちらもそれに引けを取らないだろう。
どちらにせよ、今までそこらで相手にしてきた魔物とは一線を画する、圧倒的な格上の存在だということだ。
ワイルドハントは俺たちの姿を認め、次いでセイランへと視線を注いだ。
どうやら、セイランが自分の領域に近づいている存在だと察知したようだ。
「クルルルル……」
だがワイルドハントは、俺たちを前にして殺意を昂らせるようなことはない。
感じ取れるものは喜悦の感情――どうやら、歓迎自体はされているようだ。
尤も、その魔力と戦意そのものは、見る見るうちに高まってきているわけなのだが。
「……どうやら、マーナガルムと同じ類のようだな」
「戦い好きなタイプでしょうか?」
「分からんが、どうやら穏便に力を与えてくれるってことは無さそうだぞ」
その返答とほぼ同時――ワイルドハントは、雷光を纏う翼を力強く羽ばたかせた。
急激な加速によってさらに上空へと舞い上がったワイルドハントは、際限なく溢れ出すような強大な魔力を解放する。
「――ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
その瞬間、周囲を覆っていた黒い雲が、徐々に上空を覆い隠し始めた。
どうやら、早速その力を示してくれるらしい。
日の光を遮り、周囲を薄暗い闇で包み込んだワイルドハントは、しかしその姿を雷光で浮かび上がらせながらこちらを睥睨する。
そして――
『特殊進化クエスト『天空の覇者、嵐の王』を開始します』
「っ――全員、散開!」
――次の瞬間、上空より無数の雷が降り注いだ。
餓狼丸を抜き放ち、セイランを駆ってその攻撃を躱しながら、俺は攻撃を仕掛けてきたワイルドハントを見上げる。
雷を纏うその姿は、薄暗い空の下でも見失うことこそ無いが、逆にこちらもまた相手から隠れることはできない。
遮るもののない空の上、ここは相手にとって有利なフィールドなのだ。
「ったく……どうしたらクエストクリアになるんだかな、これは」
何にせよ、まずは接近しなくては始まらない。
他の連中はともかくとして、俺は接近しての攻撃しか手段がないのだから。
「光よ、舞え!」
ともあれ、先んじて攻撃を仕掛けたのはルミナだ。
ヴァルハラガーディアンに進化したことによって更なる機動力を手に入れたルミナは、空中を舞うようにしながら雷の攻撃を躱すと、それと共に無数の光弾を空中に残す。
そしてそれらの光は次の瞬間、中空に白い軌跡を描きながらワイルドハントへと殺到した。
対し、ワイルドハントはその翼を羽ばたかせ、凄まじい烈風を発生させる。
その風だけで、ルミナの放った魔法の悉くを撃ち落としてしまったのだ。
「ガアアアッ!」
しかし、その間にシリウスが横合いまで移動し、鋭い尻尾の刃を振り抜いた。
流石に尻尾までは受け止めきれないのか、ワイルドハントは素早く身を翻して攻撃を回避する。
そして、それと共に放たれた雷がシリウスに命中し、そのHPの一部を削り取ってしまった。
大した量ではなかったというのに、タフなシリウスのHPを二割近く削ってしまったのだ。まともに相手をすることは不可能だろう。
「シリウス、突っ込みすぎるな! 《練命剣》、【命輝一陣】!」
「《スペルエンハンス》、【ファイアエクスプロージョン】!」
振り抜いた刃から飛び出した生命力の刃。
しかし、ワイルドハントはそれをあっさりと回避し――次の瞬間、空間を埋め尽くすように発生した炎が、その身を飲み込んだ。
流石に、範囲魔法までは簡単には避け切れないようだが――
「ケエエエッ!」
「……あまり、効いちゃいないか」
立ち込める炎と煙の中から、嵐を纏うワイルドハントが姿を現した。
強力な威力を誇る緋真の魔法ですら、ワイルドハント相手には大した痛手にならないらしい。
恐らく、あの嵐属性の魔法を貫かない限り、まともなダメージは与えられないのだろう。
覚悟はしていたが、一筋縄ではいかないらしい。
「ハッ……上等だ」
大型亜竜以上に、更なる格上。挑み甲斐のある怪物ということだ。
相手が常時防御を纏っているのであれば、《蒐魂剣》を使ってそれを破壊しなくてはなるまい。
かなりギリギリの戦いになるだろうが――ああ、それでこそ滾るというものだ。
思わず口角が釣り上がる感覚を覚えながら、俺はセイランに合図を送り、上空へと向けて飛び出したのだった。





