415:灼熱の焔
『――我が真銘を告げる』
俺と緋真の声が重なる。
それと共に成長武器は脈動し、その真の姿を顕現し始めた。
赤龍王もそれを感じ取っているのか、こちらへの追撃はせずにシリウスの相手をしながら観察を続けている。
どうやら、まだ危機感を覚えているわけではないようだ。それならば都合がいい、そのまましばらく様子見をしていて欲しいものだ。
「我が爪は天を裂き、我が牙は星を砕く。されど我が渇きは癒されず、天へと吼えて月を食む」
「いと高き天帝よ、我が灼花の舞を捧げましょう――紅蓮の華が燃え尽きて、天に葬るその日まで」
朗々と謳い上げるは、それぞれの成長武器に刻まれた、真の力を解放するための唄。
金龍王と接触した今なら、成長武器の性質についても色々と考察できるものではあるが――今はいい。ただ、目の前にいる相手に全力で当たるまでだ。
俺の詠唱と共に、餓狼丸から強大な気配が這い上がる。腕を伝い、黒い炎のような紋章が頬にまで現れる。
そして緋真もまた、炎を編んで作られたかのような衣を纏い、真紅に燃え上がる刃を掲げて告げた。
「怨嗟に叫べ――『真打・餓狼丸重國』!」
「咲き誇れ――『紅蓮舞姫・灼花繚乱』!」
黒と赤、二つの色に燃える刃は、ついにその真の姿を現す。
そこから吹き上がる強大な魔力の奔流に、流石の赤龍王も目の色を変えた様子であった。
「っ……その武器は!?」
「【紅桜】!」
赤龍王の疑問には答えず、緋真は炎を纏う刃を振るう。
それと共に放たれた火の粉は赤龍王の体に直撃し、無数の爆発を巻き起こした。
その攻撃は、決して大きくはないものの、確かに赤龍王のHPを削り取る。
その事実は、赤龍王にとって何よりの衝撃であったようだ。
「バカな、炎で俺様にダメージを与えただと!?」
「驚いている暇なんか与えない――【火岸花】!」
緋真が地面に刃を突き立てると共に、周囲に無数の彼岸花が咲き始める。
それらは紅蓮舞姫の炎によって構成された花。赤龍王の耐性を無視するその炎は、花を踏みつけている赤龍王に対して継続的にダメージを与えるものとなる。
この溶岩に包まれた環境で生きる赤龍王にとって、火でダメージを受けるなど想像の範囲外であったらしく、彼は大きく混乱することとなった。
そして――そのような大きな隙を逃す筈もない。
「『生奪』!」
大幅に攻撃力の高まった今の状態であれば、赤龍王にダメージを与えることも不可能ではない。
赤龍王の体は堅牢な鱗に包まれてはいるが、関節部などを狙えば刃を通すことも可能であった。
膝裏を狙って放った一閃は赤龍王のみを確かに傷つけ――零れ落ちた血が地面に付いた瞬間、小さな爆発を起こすように炎が上がる。
血に至るまで攻撃的とは、本当にとんでもない生き物だ。
とはいえ、ダメージを与えられていることは事実、ここからできる限り畳み掛ける必要がある。
「喰らえ、【火日葵】ッ!」
緋真が突き出すように振り上げた一閃、そこから放たれた火球は、赤龍王に直撃して巨大な爆炎を噴き上げる。
そこらの魔物であれば消し飛ぶような威力の一撃であるのだが、やはり赤龍王は揺るぎもしない。
けれど――己に効く筈のない炎によってダメージを受けているという事実に、彼は大いに興味を惹かれた様子であった。
「クハハハハッ! 何だそりゃ、何なんだお前らは!」
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく旋回させた一撃にて、生命力の刃を放つ。
高速で飛翔した黄金の一閃は、狙い違わず赤龍王の顔面に命中し、黄金の光を撒き散らした。
攻撃力が上がっているとはいえ、流石に【命輝一陣】では有効なダメージを与えることはできない。
とはいえ、一瞬の衝撃と光――それによる隙さえできるのであれば、収支としては十分だ。
「ガアアアアアアアアアアッ!」
そして、そこに放たれるのはシリウスのブレス。
空中から撃ち降ろすように放たれた斬撃を伴う衝撃波は、真っすぐと赤龍王に直撃する。
それを正面から受けながら、しかし平然と耐える赤龍王。その姿を見据えながら、俺はすぐさま叫び声を上げた。
「ルミナ、刻印を使え!」
「はい、お父様――光の投槍よ!」
上空のルミナの右手が光り輝き、巨大な光の槍が形成される。
アンバランスに過ぎる巨大な槍を、ルミナは赤龍王へと向けて真っ直ぐに投げ放ち――刹那、赤龍王の身から巨大な炎が立ち上った。
その熱に、思わず息を飲みながら距離を取る。もし接近していたら、それだけで死んでいたかもしれないほどの火力だ。
炎を纏う赤龍王は、シリウスのブレスをその炎で散らしながら、巨大な鉤爪を光の槍へと叩き付けた。
魔力と衝撃を撒き散らしながら、二つの攻撃は拮抗し――けれど、ほんの僅かな時間の後、光の槍は赤龍王によって打ち砕かれていた。
光の粒子が雪のように舞い散り、炎に包まれた空間に消えてゆく。その中で、赤龍王は灼熱の炎を纏いながら声を上げた。
「クク……やるじゃねぇか、人間」
全身に炎を纏い、目を真紅に輝かせながら、赤龍王は俺たちを見下ろす。
傲岸不遜――だが、その目の中には最早油断は存在していない。
俺たちをただの無力な人間ではなく、一つの敵であると認識したようであった。
「ババアに言われただけのことはある。お前らは、他の雑魚共とは違うようだ――だが、それだけじゃ認めてやれねぇよなぁ!」
「ッ……!」
心底愉快だというように口元を歪めながら、赤龍王は叫ぶ。
ただその闘気だけで吹き飛ばされそうになりながら、しかし俺は口元を笑みに歪めた。
これで条件は整った。後は、しばしの間耐えるだけだ。
直後、赤龍王は大きく息を吸う。その魔力の高ぶりからも、彼が何をしようとしているかは明白だった。
「《蒐魂剣》、【因果応報】――緋真!」
「はい! 《スペルエンハンス》、【ファイアエクスプロージョン】!」
俺が【因果応報】を発動すると同時、緋真が俺へと向けて魔法を放つ。
それを一息に斬り裂いて吸収した俺は、改めて前へと出ながら刃を構えた。
赤龍王が放とうとしているものはブレスで間違いない。
この遮蔽物のない空間では、地面の上でブレスから逃れることは不可能だろう。
故に――これを迎撃する。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】――【餓狼呑星】ッ!」
「燃え尽きろ――カァッ!!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく翻した一撃にて、青く輝く刃の軌跡を放つ。
その直後、赤龍王の口からは真紅の炎が吐き出された。
まさにドラゴンのイメージそのものである、炎のブレス。飲み込まれれば骨も残さず焼き尽くされるであろうその熱量――それを、最大強化した【断魔斬】は見事に受け止めてみせた。
金龍王のように、一点に収束したものではない。地面を狙い、周囲を丸ごと焼き尽くそうとするブレスだ。故に、一点にかかる威力そのものは幾分か低いのだろう。
僅かに貫通ダメージを受けてはいるが、防ぐことは可能。であれば、後は作戦を決行するだけだ。
「――我は暗夜に沈むもの。冷たき刃の裡にて、応報の唄を祈り捧ぐ」
――俺の隣を、小さな影が駆け抜ける。
今の今まで姿を隠していた彼女は、普段装備している防具全てを解除したインナー姿で、俺の放った青い軌跡の外側へと進んでいく。
「復讐の夜は来た――『復讐神の宣誓』!」
――その全身に、赤黒い紋様を浮かび上がらせながら。
そして、それと共に放った闇属性の魔法の一撃が赤龍王に命中し、強制解放の発動条件が満たされる。
直後、彼女は何のためらいもなく、赤龍王のブレスの中へと飛び込んだ。
灼熱の炎は容赦なくアリスの体を焼き尽くし――けれど、そのHPがゼロになることはない。
吹き付ける炎の中を一歩一歩前に出ながら、その赤い紋様を輝かせる。
そしてブレスが止み、尚も燻り続ける炎の中で、全身を焼かれるアリスは皮肉った口調で声を上げた。
「あら、ドラゴンの王様の炎は、案外弱火なのね」
「……テメェ」
流石に、無抵抗に攻撃を受けながら無事であることは予想外だったのだろう、赤龍王の意識は完全にアリスの方を向いている。
だが、それで構わない。それこそが俺たちの作戦、赤龍王を追い詰めるための手なのだから。
アリスの挑発を受けた赤龍王は見事に乗り、尻尾による一撃をアリスへと叩き付けた。
どうやら、自慢のブレスをノーガードで耐えられたことはプライドを傷つけたらしい。
本来であれば地面の染みになるような一撃も、今のアリスはただ地面に押し付けられるだけ。尻尾が退けば、何ら変わった様子もなく赤龍王へと向けて走り出す。
「何なんだ、コイツは!?」
放たれる炎の魔法、爪による攻撃。それら全てを受けながら、しかしアリスは倒れることはない。
そういう効果であるため仕方がないが、本当に無茶苦茶だ。初見殺しにも程があるだろう。
防御無視ができるとはいえ、アリスの攻撃力そのものは大したことはない。不意打ちで急所を刺せなければダメージは出せないのだから。
しかし、それでもいくら攻撃を受けても倒れないという不気味さは、赤龍王も決して無視できないものであった。尤も、それが大きな間違いであるのだが。
大きく薙ぎ払う一撃を受けて弾き飛ばされ、地面に叩き付けられたアリスは、しかし何事も無かったかのように平然と起き上がりながら声を上げる。
「さてと……火も消えたことだし、頃合いかしらね」
「くそっ、訳が分からねぇ……あのババアの差し金か!」
「さあね。でも、勝負はこれで終わりよ――ここに復讐は完遂せり」
強制解放の終了を示す最後の言葉。
それと共にアリスの体から弾ける様に拡散した赤黒い光は、一瞬で赤龍王の体に絡みつき、その体を這い上がった。
赤龍王は困惑した様子で身を捩るが、その光から逃れる術はない。
そして、血のような光は輝きを増し――弾けて散ると共に、赤龍王のHPを大きく奪い去ったのだった。
「ガ、ァ――ッ」
低く、零れるような苦悶と同時――赤龍王は、力なくその場に身を伏せる。
作戦は成功。しかし、ここから先は赤龍王の出方次第だ。
油断なく構えながら、俺たちは赤龍王の様子を観察するのだった。