413:赤龍王の元へ
テンポを上げて火口を降っていくが、やはり慎重にはならざるを得ない。
ここは一歩足を踏み外せばそれで終わりの危険な領域だ。たとえ急いでいるといっても、雑に進むことなどできるはずもない。
しかしながら、あまりのんびりとしてはいられないこともまた事実である。
何しろ、後ろから別のプレイヤーが迫ってきているのだ。まだ距離はあるが、この空洞のような形状の空間内では、向こうもこちらの姿を捉えていることだろう。
「……見られているな。仕方のないことではあるが」
「妨害、してくると思う?」
「相手によるとしか言えんな。どれだけ本気でこのイベントを攻略しているか……そして、どれだけ俺たちを危険視しているか。まだ分からんな」
自分で言うのもなんだが、俺たちはゲーム内において有名人だ。
これまでも様々なイベントに突入し、これを攻略してきたのである。
つまり、俺たちが赤龍王の元へ辿り着くことにより、イベントを攻略されてしまうと危惧されている可能性もあるわけだ。
もしも、彼らが本気でイベントを攻略しようとしている場合、こちらの妨害行為に走る可能性も否めない。
できればそのような行為に走って欲しくないものだが、現状どう動くかは不明だ。気を付けておくに越したことはないだろう。
「しっかしこれ、段々暑くなってきてません?」
「むしろ今まで気づいてなかったのか? 気温は明らかに上がってきているぞ?」
「……緋真さん、火に慣れているからかしらね」
深く潜っていくほどに、周囲の気温は高くなってきている。
溶岩に近づいてきているのだから当たり前ではあるが、正直かなり厳しい環境だ。
耐熱のポーションも飲んではいるのだが、そろそろきつくなってきている頃合いではある。
効果が切れているわけではないため、効いている状況でも厳しい暑さということだろう。
「耐熱ポーションでも耐えきれない暑さにはならないと思うが……流石に、ちょいときついな」
「これ以上暑くなられるのはちょっと困るわね……はぁ、ゲーム内で暑さに困ることになるとは」
珍しくフードを降ろしたアリスは、げんなりとした表情で呟きながら次の足場へと移動する。
文句を言っていた所で涼しくはならない。さっさと目的を済ませて、撤退した方が建設的だ。
幸い、下の様子はそろそろ見えてきている。ゴールも近いことが予測できるだろう。
であれば、さっさとここを潜り抜け、赤龍王の元まで辿り着かなくては。
そんな決意と共に俺たちが直面したのは、今にも崩れそうな細い足場によって繋がれた二つの浮遊する足場だった。
「来るとは思ったけど、やっぱりあるのね、足場渡り」
「アスレチックには定番と言えば定番かもですね」
「何だっていいさ、さっさと渡っちまうぞ」
今にも崩れそうな細い足場ではあるが、流石に乗っただけでどうにかなるようなことはないだろう。
しかし警戒心だけは絶やさぬようにしながら、まずアリスが細い足場を進んでいく。
身軽な彼女であるが、その運動能力だけでなくバランス感覚もかなり優秀だ。細い足場も、平然とした様子で渡り切ってしまった。
対し、緋真は少々おっかなびっくりである。こいつの場合、跳躍する分にはそれほど困ってはいないのだが、こういった跳躍で賄いきれない距離は苦手なのだろう。
尤も、バランス感覚も決して悪くはないため、この程度で足を踏み外すようなことはないが。
「さてと……」
緋真が渡り終えたことを確認し、俺もその後に続く。
岩でできている足場は揺れることはないが、いつ折れてしまうか分からないような細さは流石に不安になる。
尤も、ここを通らなければ先に進めないような構造である以上、流石にこれが壊れるということはないだろうが。
己の重心を意識しつつ、それを揺らすことなく真っ直ぐと歩く。普段からしていることだ、今更失敗するようなことはあり得ない。
もしそれがあるとするのであれば――妙な横槍が入った時だけだろう。
「ッ……《蒐魂剣》!」
こちらへと向けられていた視線の圧が高まる。
それと共に感じた魔力に、俺は舌打ちしながら刃を抜き放った。
振るう刃に纏うは蒼い燐光、その一閃を以て、こちらへと殺到してきた風の魔法を打ち消す。
だが、細い足場での横への攻撃は体を支えきれず、俺は大きくバランスを崩すことになった。
「チッ……!」
「先生っ!?」
この状態では、流石に体を支え切ることは困難だ。体が傾ぎ、地の底へと向けて落下を始める。
だがそれよりも早く、俺は左袖から取り出した鉤縄を緋真たちの方の足場へと放った。
綺麗に引っかかった鉤縄のロープに引かれ、俺の体は振り子のように中空を揺れる。
目指す先は次なる足場――足を振って揺れを大きくしながらロープを手放し、体を放り投げるようにしながら、俺は何とか目標の足場にしがみつくことに成功した。
「……流石に、今のは肝を冷やしたな」
「よかった……! っ、よくもやってくれたわね! 【フレイムストライク】!」
俺の無事を確認した緋真は、安堵と共に怒りがぶり返してきたか、容赦なく魔法を解き放った。
狙った先は、俺を攻撃してきたプレイヤー……ではなく、彼らが乗っていた足場である。
どうやら、この辺りの足場は破壊されないようで、緋真の魔法の直撃にも壊れるようなことは無かった。
尤も、その衝撃と振動は別の問題である。立っていた足場を大きく揺らされることになった彼らは大きくバランスを崩し、うち何人かが足場から転落する。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
「畜生おおおおおおおおっ!」
その悲鳴を聞きながら足場へとよじ登り、上を見上げて嘆息を零す。
妙な真似をしなければ、せめて下までは辿り着けていたかもしれないというのに。
残った連中も、あのメンバーだけで先に進んだとして、果たして赤龍王と戦えるのかどうか。
まあ、俺が心配する話でもないだろうが。
「あまり悪さをするもんじゃねぇぞ、ってな。おい緋真、俺の鉤縄は回収できるか?」
「えっ? あ、はい! まだ引っかかってますよ!」
「重畳、次の保険が無くなる所だからな」
鉤縄は便利ではあるが、複数持っているわけではない。
もしも溶岩に落ちてしまっていては、再び購入するまで使えなくなってしまうところだった。
尤も――この先は、それもあまり必要ではないだろうが。
「底が見えてきたな」
足場の続く先、溶岩の海の中心。その場所に、魔法陣のようなものが刻まれた黒い足場があった。
他に行ける場所もないし恐らくあれが目的地なのだろう。
というか、あれが目的地でなかったらどこに行けばいいか分からない。
一度撤退するしかなくなってしまうだろう。
「緋真、あそこが目的地っぽいが、その手の情報はあるか?」
「ふぅ……いえ、その辺の詳しい話はないです。行ってみるしかないですね」
「そうか。まあ、仕方あるまい」
とりあえず、分かり易い目標はあれぐらいしかないし、行くだけ行ってみるとしよう。
それで間違いだったら――まあ、その時はその時だ。
緋真たちが追い付いてくるのを待ち、ゆっくりと黒い足場へと向かう。
足元で揺れる溶岩に戦々恐々としながらも先へと進めば、黒い足場の魔法陣はゆっくりと輝き始めた。
どうやら、正解にしろ外れにしろ、何かしらのイベントは発生するようだ。
少し顔を見合わせた俺たちは、意を決して同時にその魔法陣の中へと飛び込んだ。
瞬間、魔法陣の眩い輝きが周囲を染め上げ――
「――おお? クハハハハハッ! ようやく次の挑戦者が来たか!」
――俺たちの目の前に、巨大な赤いドラゴンの姿が現れた。
周囲は溶岩の海ではなく、黒い岩によって覆われた広い空間。
光源となっているのは、頭上を流れる赤い溶岩だろう。
まるで、溶岩そのものがドームとなっているかのような空間だが、先程までのような暑さは感じない。
先ほどまでの比較でむしろ涼しく感じるほどのこの場所で、真紅のドラゴンは心底楽し気な笑い声を上げる。
「おお? しかもお前、金龍王が目をかけてるっていう人間じゃねぇか! クハハ、あのババアに気に入られるとは運がねぇな!」
「随分とテンションが高いな。アンタが赤龍王で合っているか?」
「いかにも、俺様が赤龍王! 火の真龍が頂点! 覚えておきな、人間!」
粗暴であると聞いていたが、案外話は通じそうな印象だ。
金龍王や銀龍王と比較すると、体の随所から棘のような突起が突き出している、随分と攻撃的な印象を受ける姿だ。
尤も、それを言い出したらシリウスの方が攻撃的であるわけだが。
「さてと、それなら余計な話は要らねぇ、さっさと戦おうぜ!」
「……やっぱりそうなるのか」
全く何の経緯も分からんが、やはり戦うことになるらしい。
思わず嘆息を零しつつも、俺は取り出した従魔結晶からテイムモンスターたちを呼び出したのだった。