407:赤龍王の領域へ
石碑の転移を利用して、シェンドラン帝国からアドミス聖王国へと移動する。
ちょくちょく思うのだが、この世界における国家間移動の手続きはどのようになっているのだろうか。
石碑での転移であるためパスポートのチェックも何も無いわけだが――まあ、それは今更か。
ともあれ、しばらくぶりに戻ってきた聖王国であるが、以前見た時と比べると随分様変わりしてきた。
どんな状況なのかと中央の王都を見物してから向かおうと思ったのだが、いい意味で予想を裏切られることとなった。
「前に見た時は殆ど更地だったのに……結構、都市の形が戻ってきていますね」
「城はまだないが、街並みはそこそこじゃないか」
大暴れしたディーンクラッドにより、ほぼほぼ更地になるまで破壊されてしまった聖都シャンドラ。
城に至っては完全に分解され、影も形も無くなってしまっていた。
しかし、今ではある程度の建物が修復され、少なくとも正面の大通りはある程度見れる程度にはなっていたのだ。
流石に城についてはまだまだであるようだが、跡地には建材が運び込まれている様子がある。
どうやら、城の修復についても計画は立ってきているようだ。
「今のところ住民もいないだろうに、よく進めているもんだな」
「エレノアさん、張り切ってるっぽい感じですね。前に専門職を集めるとか言ってましたし」
「恐らく向こうでの話だろうな……」
「ほとんど瓦礫の山だったし、都市計画からスタートしてるのかしらね、これ」
事情を知っているエレノアからすれば、この国はいずれ移住した時に自分たちの住まう場所になる可能性が高い地域だ。
自分の発言力を高めるという目的もあるからか、その手の根回しにはかなり積極的に動いている印象だ。
正直、そちらの分野は何一つ分からないため、役には立てないのだが――まあ、ある意味ではこちらこそがエレノアの戦場であると言えるだろう。門外漢が下手な口出しをするべきではない。
「それで、どうします? エレノアさんとかアルトリウスさんと話をしていきますか?」
「いや、アルトリウスにはもう伝言をしてあるし、必要はないだろう。エレノアは――多少話をしておいた方がいいかもしれんが、この状況ではな」
現在、多数の生産職プレイヤーがせわしなく動き回っている状況だ。
流石にこの中からエレノアを探し出すのは困難であるし、そもそも見つけても忙しくて話をする余裕もないだろう。
一応、今のイベントについては少し話をしておきたかったのだが――
「あれ、クオンさんじゃん。珍しいね、こんな所で」
「おや……八雲か、久しぶりだな」
声をかけられて振り返ると、そこにはエレノアの弟である八雲の姿があった。
どうやら、彼はこの国の復興作業に当たっているらしい。
元々優れた木工職人であるため、建築以外でも道具類の整備など、仕事には事欠かないのだろう。
ともあれ、顔見知りがいたのであれば話は早い。とりあえず彼に告げるだけ告げて、先を急ぐこととしよう。
「先に通達されたワールドクエストがあっただろ? あれの関連で、俺たちもこっちに来たんだ」
「ああ、仕事が早いね。そのついでにここを見に来てみたってこと?」
「その通りだ。しばらく来ていなかったから、多少復興が進んでいるかと思っていたんだが……ここまで立派になっているのは予想外だったよ」
「あはは、そうでしょ? 姉さんも張り切っていたからね……アルトリウスさん関連の、例の件に絡んでいるってのもあるんだろうけど」
「……聞いていたのか?」
「僕と勘兵衛さんはね。身内だから、一応聞かせて貰ったよ」
エレノアも、向こうの知り合いには話を通しておいたということか。
まあ、彼女の活動方針からして、ある程度の味方には連絡しておかないとやり辛いのだろう。
この急速な復興についても、悪魔に対しての戦闘準備以上のものがあることは、誰にでも話せる内容ではないのだから。
「そっちの関連でもあるが、真龍たちの協力は必要不可欠だ。だから、こっちは赤龍王を狙うつもりでいる」
「龍王の試練ねぇ……正直、そんなとんでもない怪物、僕らには縁のない話だと思うけど」
「さて、どうだろうな。試練は必ずしも戦闘になるとは限らないぞ?」
俺が当たる予定である赤龍王はまだしも、他の龍王についてはまた異なる方針になる可能性がある。
特に、温厚な青龍王についてはある程度やりやすい試練を用意してくれているとは思う。
何しろ、真龍たちの協力を言い出したのは他でもない青龍王なのだ。流石に無茶なことは言い出さないだろう。
その点について、赤龍王と黒龍王は不安ではあるのだが――まあ、何とかするしかあるまい。
「言われるまでもないだろうが、一応情報は集めてみてくれ。何かできそうなら、そっちでやってみてもいいんじゃないか?」
「うーん……まあ、情報は集めているだろうから、姉さんと相談してみるよ。実際、僕らで何とかできるなら美味しいしね」
『エレノア商会』の面々は、確かに戦闘能力においては他のクランに譲ることになるだろう。
しかし、生産能力に関しては間違いなくトップであり、その技術力から予想もできないようなアイテムを作り出してくる。
ひょっとしたら、それが状況を打破する鍵になるかもしれないのだ。情報は集めておいて損はないだろう。
「それじゃあ、俺たちは赤龍王を目指して移動する。そっちも頑張ってくれ」
「了解、それじゃあね」
八雲に別れを告げて、再び石碑を使って移動する。
向かう先は南東方面、連邦との国境付近にある火山の中だ。
そのため、まずは南東の都市へ石碑で移動し、そこから空を飛んで移動する方がいいだろう。
正直、火山というだけで中々に大変そうな場所ではあるが、そんなことを言っていては何も始まらない。
一応、熱に耐性を得るためのポーションは仕入れているため何とかなるとは思うのだが、一度現地を調べてみなければ分からないこともあるだろう。
「さてと……とりあえず、出発するとしようか」
「はーい。この辺りの魔物はちょっと物足りないですし、急いでいきます?」
「そうだな。今更この辺りの敵を相手にしてもプラスにはならんだろう」
例の火山地帯まで行ったことはないため分からないが、少なくとも聖王国の周辺についてはあまり敵も強くはない。
今更倒しながら進むには退屈過ぎる相手だ。これが帝国の魔物ぐらいの強さがあれば話は別だったのだが、今更この程度の魔物を相手にしたくはない。
とりあえず、しばらくは上空の魔物を蹴散らしながら進む程度でいいだろう。
その先の火山地帯では強い魔物が出る可能性もあるし、目的地周辺に期待するとしよう。
「そういや、他のプレイヤーはもう動いてるのかね」
「公式で情報が出た時点で、スタートダッシュしているプレイヤーはいると思いますよ。忙しさで『キャメロット』の動きがまだ鈍いっていうのもあって、先んじてクリアしてしまおうとしている層はいると思います」
「正直、真龍は急いでどうにかなるものじゃないと思うのだけどね」
ぼやくようなアリスの呟きには内心で同意する。
金龍王と戦ってみたせいで肌で実感できたが、龍王たちは桁違いの力を持っている。
彼らの配下、眷属である真龍たちですら、遠く及ばないほどの力の差があるのだ。
赤龍王の試練は相性がいいということで来たが、俺も簡単にどうにかできるとは考えていない。
「真龍たちとの力試しか、最悪赤龍王との戦いか……どうなるかは分からんが、簡単にはクリアできんだろうな」
「どっちも止めて欲しいんですけど。正直、私は属性的に相性が悪いですし」
「まあ、炎は通じづらいでしょうね」
「緋真姉様、魔法攻撃は私が頑張ります!」
やる気満々に拳を握るルミナであるが、果たしてどこまで通じるか。
ルミナも龍王の力は肌で感じたであろうし、流石に無茶はしないだろうが、そうそう容易い相手ではないだろう。
何にせよ、まずは現地に到達し、試練の内容を確かめることが先決だ。その内容に応じて、戦い方を変えることになるだろう。
頭を悩ませつつも街の外に出て、セイランに騎乗する。目指すはさらに南東、遠景にそびえる活火山。
赤龍王は、その山の中央を己の巣としている。
「粗暴で気性が荒い龍王か……どんな怪物なんだかな」
隔意を半分、期待を半分。
それぞれを胸に秘めながら、俺はセイランを走らせて空に舞い上がったのだった。