406:真龍の試練に向けて
間違えて二話まとめて投稿してしまったため、前話からご覧ください。
地上に戻り、まず向かう先は中央の城だ。
金龍王と接触してきたことの本来の目的は、あくまでも銀龍王の傷を癒すことなのだから。
そのための手段を手に入れた以上、銀龍王の現状を放置する理由などありはしない。
金龍王から手に入れた結晶を手に、依頼の品を手に入れたと伝えれば、俺たちはアポなしであるにもかかわらず、すぐさま皇帝との謁見を組まれることとなった。
そのまま俺たちが案内されたのは、例の地下にある洞窟――銀龍王の住処である。
「もう少し待たされるかと思ったんですけどね」
「それだけこっちも必死ってことだろうよ」
言うまでもなく、銀龍王の傷は帝国にとって一大事だ。
それを癒せるというのであれば、何よりも優先されるというのも分からなくはない話である。
前回よりも気が急いている様子の騎士に案内されながらやってきたのは、地下洞窟の最下層。
銀龍王が己を封じたその大きな空間にて、俺は再び皇帝ヴォルタークと相対することとなった。
「クオンよ、待ちわびていたぞ。迅速な仕事、実に見事だ」
「光栄です。まあ、金龍王の相手は色々と苦労しましたが」
「その程度で済ませられるのが、優秀である証ということだ。さあ、金龍王の血をこちらに」
ヴォルタークの言葉に頷き、俺は取り出した赤い結晶を近くの騎士に預ける。
受け取った騎士は、しばし矯めつ眇めつしつつ、罠の類がないことを確認したのか、そのまま皇帝の元へと持って行く。
このゲームだと、《鑑定》やら《看破》やらを使うことによって、その手の罠を見抜くことができるから楽なものだ。
騎士から結晶体を受け取ったヴォルタークは、しばしそれを眺めた後、銀龍王の方へと向き直って高く掲げた。
「さあ、銀龍王よ。英雄が手に入れてきた金龍王の血だ。これでその傷を癒してくれ」
その声に応えるように、銀龍王の体を覆っていた氷の内、顔の部分だけが砕けるように消滅する。
そしてその瞳が睥睨すると共に、ヴォルタークの手にある赤い結晶は浮かび上がり、そのまま銀龍王の元まで飛んで行く。
彼はそれを一瞬眺めた後、躊躇うことなく口へと放り込んで噛み砕いた。
瞬間、金色の光が銀龍王の体全体を包み込み――氷の下にあった彼の体の傷は、瞬く間に姿を消していった。
どう見ても致命傷に近い傷を、ほんの僅かな時間で癒し切ってしまったのだ。
それを確認したのか、銀龍王は己の体を覆う氷を消し去り、軽く身震いして欠片を落とす。
そして地響きを上げながら体勢を整えた銀龍王は、改めて俺たちの方へと視線を向けてきた。
「大義であった、異邦の英雄よ。貴公のお陰で、我が傷は癒された」
「あんたはこれより先、悪魔と戦うための重要な戦力だ。こちらとしても安心したよ」
「無論、次は決して油断はせぬ。それに、次は更に万全なる準備を整えられるだろうからな」
銀龍王の言葉に対し、首肯を返す。
どうやら、彼も今発生しているイベントについては把握しているようだ。
とはいえ、銀龍王はその枠には含まれていなかったため、最初から協力する者として扱われているようであったが。
「あんたはもう、共同戦線には同意していると見ていいのか?」
「元より、我はこの国を守護する契約を交わしている。この国が攻撃される以上、我が守護することは当然である。逆に言えば、この地より離れた場合にはその限りではない」
「ふむ……まあ、契約である以上はこちらから口出しはできないか」
ちらりとヴォルタークへ視線を送れば、彼は軽く笑みを浮かべて肩を竦めた。
どうやら、基本的には銀龍王の守りを外すつもりはないらしい。
まあ、国のトップからすれば当然の判断だ、そこに口出しすることはできないだろう。
「とりあえず、状況を把握していることは承知した。こちらは他の龍王たちの試練に向かうつもりだ」
「うむ……だが、心せよ。青龍王は温和ではあるが、赤龍王と黒龍王は基本的に人間を信用してはおらん。あ奴らを説得することは、至難の業であろうよ」
「それでも、やらなければならないことだ。何とかしてみせるさ」
やはり赤龍王と黒龍王には色々と苦戦しそうではあるが、やらなければこちらが追いつめられるだけだ。
何としてでも、試練を突破しなくてはならないだろう。
俺の返答に対し、銀龍王は満足げな様子で首肯する。
ドラゴンの表情は分かり辛いが、恐らくは笑っているのだろう。
「英雄よ、貴公であれば、恐らくは赤龍王に挑むのであろう。あ奴は粗暴ではあるが、それだけに純粋な力を貴ぶ。実力を示すことだ」
「……承知した」
おおよそ、想像通りの性格であると判断し、首肯する。
厄介ではあるが、分かり易い。難しいことを考えずに目の前の相手を打倒すればいい、ということか。
実際にどうなるのかはまだ分からないが――とりあえず、やれることに全力でぶつかるだけだ。
「さて……改めて、此度は世話になった。礼として、これを持って行くがいい」
そう告げると、銀龍王はおもむろに、己の左手の爪を一本半ばからへし折った。
爪の一部とはいえ、元々の体が巨大な銀龍王だ、それだけで一メートル以上の大きさがあるだろう。
真龍の――それも頂点たる龍王の体の一部。それがどれほど貴重な素材であるかは考える間でもない。
「……良いのか?」
「この程度であれば、程なくして元に戻る。どのように使うかは貴公次第だ」
「ありがたく頂戴しよう。悪魔を倒すため、上手く利用してみせる」
「うむ、期待しているぞ、英雄よ」
思いがけぬ報酬を手にし、小さく笑みを浮かべる。
まあ、素材が高レベル過ぎてフィノにすら扱えないだろうが、そこは追々でいいだろう。
様々な面倒はあったが、おおよそ満足できる結果を手にし、俺たちは銀龍王の元を後にしたのだった。
* * * * *
「何だ、アルトリウスはいないのか?」
「うーん、残念ながらね。彼は今、聖王国の方で大忙しさ」
シェンドラン帝国内で『キャメロット』が拠点として使っている建物を訪れたところ、生憎とアルトリウスの姿は無かった。
代わりに顔を出してきたマリンに話を聞いてみれば、どうやら彼は今、アドミス聖王国の方に移動しているらしい。
状況が状況だけに、ここにいるかと思っていたのだが、当てが外れてしまったようだ。
とはいえ、今回はそれほど相談事があるというわけでもないし、事情を知っているマリンが相手であれば特に問題はないのだが。
「向こうで何かあったのか?」
「いや特に問題が起きた訳ではないよ。単純に、ここまで性急に事態を進め過ぎたという話さ。アドミス聖王国での決戦から、あまり時間を置かずしてシェンドラン帝国でのイベント。それによる帝国との協力関係の締結……いい加減、そろそろ状況を整理する頃合いだったからね」
確かにマリンの言う通り、俺たちはここまでノンストップで突っ走ってきたようなものだ。
俺はただ悪魔を斬り続けていればそれでよかったのだが、アルトリウスたちはそうも行かない。
その辺りのしがらみの多さは実に面倒であるが、それもまたアルトリウスのやり方なのだろう。
ともあれ――そちらについては俺に手伝えることはあまりない。何をやっているのかは知らないが、そちらはアルトリウスに任せておくこととしよう。
さて、こちらの目的は金龍王との接触について伝えることだ。しかし、MALICEのことを考えると、ただ馬鹿正直にそれを説明するわけにもいかない。
とりあえず、説明には言葉を選ぶ必要があるだろう。
「俺たちは、先のイベントの優勝報酬として城に招かれ、そこで銀龍王と接触してきた」
「ほうほう、この国は真龍と契約していて、それが銀龍王だという話だったね。傷の具合はどうだったんだい?」
「傷についてはもう万全だ。この国の戦力は、これでほぼ万全だと言えるだろうよ」
「ふむ……まあ、ひとまずは安心って所かな。今のイベントをこなさなきゃ、万全とは言い難いけど」
その言葉は否定できず、軽く肩を竦める。
真龍たちの協力を完全なものとできなければ、悪魔に対する対策は万全とは言い難い。
そのためにも、龍王の課題は早急にこなさなければならないだろう。
「金龍王とは色々と話をさせて貰ったよ。女神のことについてもある程度話を聞けたし、いい協力体制を築けそうだ」
「……ふむ、成程ね。アルトリウスには伝えておこう。君はこれからどうするんだい?」
「俺たちはこれから、赤龍王の住処に向かうつもりだ。銀龍王にも助言されたが、相性が良さそうなんでな」
「了解。こちらも情報を集めて、どこに当たるかを決めるとするよ」
どうやら、ほんの一言ではあるが、こちらの言いたいことは伝わったらしい。
伝言はマリンに頼んでおくこととして、こちらは赤龍王の住処へと向かうこととしよう。
今日中に挑むつもりはないが、とりあえずは付近まで到達しておきたいところだ。
とりあえず、伝えるべきことは伝えたため、そのまま『キャメロット』を後にする。
向かうは東、聖王国の南東部奥地にある火山地帯――赤龍王の住まう場所。
果たしてどのような試練が待ち受けているのか、期待と不安を同時に抱きつつ、移動を開始したのだった。