403:餓狼の咆哮
餓狼丸の持つ強制解放は、時間制限のある能力だ。
つまるところ、この短い発動時間の間に、何とか金龍王を満足させなければならないのである。
もしもこれまで通り、金龍王がただこちらの様子を観察するばかりであるならば、ただ全力で攻撃を叩き込めばそれで済む話ではあるのだが……流石に、そうあっさりとはいかないだろう。
俺が餓狼丸を解放するのを見ると共に、金龍王の魔力が昂り始める。
やはり、ここまで来て状況を観察するに留めるつもりは無いようだ。
「それが公爵級を斬った真なる刃か――面白い!」
高揚した様子で声を上げながら、金龍王は黄金の魔力を滾らせつつ手刀を振り下ろす。
瞬間、巨大な魔力が刃となり、俺の頭上へと叩き付けられた。
これは金龍王の爪なのか――何にせよ、例え解放した餓狼丸であったとしても、これを正面から受けきることは不可能だろう。
人の姿をしているが、想定するのは《化身解放》を行ったディーンクラッド以上の戦力だ。
攻撃を避け切れなければ、その時点で詰みだと考えた方がいい。
「さあ、底の底まで見せてみよ! お主は、世界を救うに足る者か!」
「やかましい! 勝手に人を測ってんじゃねぇぞ!」
加減などしている余裕は無い。全身全霊、この効果時間の中で決め切らなければならない。
金龍王の放った一撃は横に回避しつつ、俺は彼女へと向けて接近する。
金龍王の輝く瞳は変わらず俺の姿を捉え――その刹那、俺は全ての力を解放した。
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
(ったく、奥の手だってのに、最近何度も使ってるな……!)
まあ、緋真相手に使ったことについて後悔などないのだが。
ともあれ、金龍王を相手にするためには全力を発揮せざるを得ない。
そうしなければ、コイツの絶大な能力に対処しきれないだろう。
「ほう……ならばこれはどうだ」
「……ッ!」
俺の動きが変わったのを見て、金龍王はぱちんと指を鳴らす。
その瞬間、俺たちの頭上にはいくつもの黄金の魔力弾が形成されていた。
どのような攻撃が来るかは分かり易いが、対処しやすいかどうかは全くの別問題だ。
間髪入れずに降り注ぎ始めた魔力弾、その動きを寂静と白影を組み合わせながら読み取り、金龍王へと肉薄していく。
「《蒐魂剣》、【因果応報】」
降り注ぐ魔力弾の内の一発を【因果応報】で吸収し、前へ。
金龍王の攻撃は緋真たちに向けても降り注いでいるが、その密度は俺に対するほどではない。
図体のでかいシリウスはともかく、他のメンバーは回避可能だろう。シリウスもタフだから何とか耐えられるはずだ。
「《練命剣》、【命輝閃】!」
金龍王の魔力に加え、己の生命力も注ぎ込む。
元より金に輝いていた刃は更に眩く燃え上がり――俺はそのまま、金龍王との距離を詰める。
無論、彼女もそれを黙って見ているわけではない。
黄金の魔力をその腕に宿した金龍王は、その魔力で巨大な竜の腕を形成した。
これが金龍王本来の腕ということだろうか。であれば大層な巨大さだが――
斬法――剛の型、刹火。
その一閃と交錯するように、金龍王の腕へと刃を振る。
解放によって大きく火力を増した一閃は、金龍王の腕を包む魔力を貫き――しかし、彼女の腕そのものまでは届かない。
小さく舌打ちを零しつつ、俺はその場から大きく跳び離れた。
刹那――
「《術理装填》、《スペルエンハンス》【ファイアエクスプロージョン】――【緋牡丹】!」
緋真の刀より、増幅された炎が撃ち放たれた。
中空に真紅の火線を引いた緋真の炎は、こちらに意識を集中させていた金龍王に回避の時間を与えさせずに直撃する。
その衝撃によって、流石の金龍王も僅かにバランスを崩した様子であった。
そんな金龍王に対し、間髪入れずに放たれたのは、大きく横に薙ぎ払うシリウスの尾による攻撃だ。
大きく弧を描いたその一閃は、体勢を崩した金龍王の胴へと凄まじい速さで襲い掛かる。
「――良い威勢だ」
凄まじい衝撃音が響き渡り――シリウスの一撃が、そこで止まる。
驚くべきことに、金龍王はシリウスの攻撃を腕で受け止めておきながら、僅か数歩分動く程度に留まったのだ。
見た目だけが人間であり、その他すべての要素がドラゴンであると想定していたが、本当にその通りなのかもしれない。
「しかし――」
「っ、シリウス、離れろ!」
咄嗟に警告を飛ばすが、それよりも速く金龍王が動く。
シリウスの一撃を受け止めた彼女は、そのまま無造作に鋭い刃の付いた尻尾を掴み取ったのだ。
細くしなやかな指が冗談か何かのようにシリウスの鋭く頑丈な鱗に食い込み、その尾を引くだけでドラゴンの巨体を強引に引きずってしまう。
混乱したシリウスは地面に爪を立てて耐えようとするが、力比べにすらならず――金龍王は背負い投げでもするかのようにシリウスの尾を引っ張り、強引に地面に叩き付けてしまった。
「無茶苦茶な……!」
どうやら、同族ということで多少は加減をしていたらしく、それだけで即死することは無かったが、シリウスは大きくダメージを受けて動けないようだ。
そちらについてはルミナに救護に向かわせつつ――シリウスの巨体に隠れながら、金龍王へと接近する。
直接刃を届かせられるこの距離ならば、強引な魔法による攻撃はないだろう。
後は、俺の攻撃がどこまで金龍王に通じるかだが――
「《奪命剣》、【咆風呪】」
「む……!」
まずは、《練命剣》で削られてしまっているHPを回復する。
あまりダメージを与えられないせいで回復効率が悪いのだが、防御力を無視できる【咆風呪】はまだマシな方だ。
溢れ出した黒い闇は金龍王の体を飲み込み、その効果を十全に発揮する。
だが、対する金龍王もまた、その一撃をまるで意に介することなく反撃を仕掛けてきた。
「はははは、こそばゆいな!」
金龍王が腕を振るった瞬間、黄金の軌跡が四本、空間に走る。
それは金龍王の爪による攻撃だろう、【咆風呪】の闇を斬り裂くように、閃光の如き斬撃が空を裂く。
だがそれよりも早く、俺は自らが発したテクニックの中に飛び込んで、金龍王の背後へと回り込んだ。
己のテクニックであるため、影響をシャットアウトすることは可能だ。その状態で、攻撃を振り切った金龍王へと腕を振るった。
「《奪命剣》、【命喰牙】!」
狙うのは、左手に出現させた黒い短剣による一撃。
こちらを捉えられていなかった金龍王には外す筈もなく、まるで先ほどのアリスの一撃を再現するかのように、黒い短剣は金龍王の背に突き刺さった。
この攻撃そのものによるダメージはないが、金龍王のHP総量が非常に高いため、吸収による効果は最大限に発揮できる。
俺はそのまま闇に隠れるように移動して、金龍王の脇へと移動した。
そのタイミングは、俺の一撃を受けて金龍王が振り返った瞬間と完全に同時。寂静を使い相手の呼吸を読んでいる以上、そのタイミングを合わせることは容易い。
(ドラゴンの姿で戦われていれば、こいつは使えなかった。失策だったな、金龍王)
まあ、策も何も考えてはいないだろうが。
元より、能力の次元が違いすぎる。逆立ちした所で、今の俺たちでは金龍王の領域には及ぶまい。
であれば、どうすればいいか。今回の目的はあくまでも金龍王に力を示すことだ。残り少ない時間の中でそれを果たすためには――
「――【餓狼呑星】」
斬法――剛の型、白輝。
金龍王の魔法陣すら砕かんとばかりに踏み込んで、全力の剛剣を叩き付ける。
こちらの姿を捉え切れずにいた金龍王は、振り返りながら腕で俺の一撃を受け止め――その威力を完全には受け止めきれずに、後方へと跳躍した。
今ので確信する。【餓狼呑星】を使用すれば、金龍王にも有効なダメージを与えられると。
右腕に付いた切り傷は見る見るうちに塞がっていくが、今の一撃は確かなダメージとなっていた。
であれば――
「どうした、金龍王。その程度か?」
「ほう? 妾を挑発するか、英雄よ」
「こちらの姿を捉え切れずに幾度も攻撃を喰らったんだ、言いたくもなるだろう? 真龍たちの長はその程度なのか、とな」
「くくく……お主は、本当に面白い。良かろう、ならば――その挑発に乗ってやる!」
瞬間、金龍王は力強く叫び――己の正面に、巨大な黄金の魔法陣を展開した。
そこに集うのは巨大な魔力。ディーンクラッドの扱っていた魔法に匹敵する……否、それすらも凌駕するほどの莫大な力だ。
「さあ英雄よ! 妾の放つ龍の咆哮、見事受けきってみせるがいい!」
「ああ、こちらも見せてやるさ……緋真! 魔法を寄越せ!」
「無茶なんですからホント……《スペルエンハンス》、【ファイアエクスプロージョン】!」
俺の要請を受けて、緋真は文句を言いつつも、こちらへと向けて最大の魔法を放ってくる。
それを【因果応報】で吸収した俺は、改めて目の前に集う莫大な魔力へと向けて意識を集中させた。
真龍たちの頂点、その彼女が放つブレスは、シリウスのものとは桁が違うことだろう。
通常であれば受けきることなどできるはずもない、が――
「《蒐魂剣》、【断魔斬】」
広範囲にわたる魔法を消滅させるテクニック、【断魔斬】。
これを刺突で使うことにより、全ての威力を一点に集中する。
本当に受けきれる保証などないが――これは一種の試験だ。俺が全力で放つ一撃が金龍王に届くのであれば、大公級の悪魔にも届く筈なのだから。
その決意と共に、俺は力強く地を蹴った。
歩法――烈震。
「さあ――魅せるがいい!」
「【餓狼呑星】――ッ!」
斬法――剛の型、穿牙。
青い炎を纏っていた餓狼丸が、その全てを漆黒に塗り替える。
それと共に黄金のブレスは放たれ――俺は、真正面からその中へと飛び込んだ。
突き出した切っ先は、まるで透明な傘が広がっているかのように、眩い黄金の光を散らしてゆく。
だが、その衝撃と圧力はこちらを押し潰さんばかりに叩き付けられており、己自身が前に進めていることが信じられないほどだ。
――けれど。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
――これを乗り越えられなければ、大公級など到底届くまい!
裂帛の気合と共に、全力で刃を突き出し……その一撃は、ブレスの大本たる黄金の魔法陣に突き刺さった。
ブレスはともかく、魔法陣自体に攻撃力などない。魔法を喰らい尽くさんと荒れ狂う黒い刺突は、その魔法陣を容易く粉砕してみせた。
「《練命剣》、【命輝閃】――【餓狼呑星】ッ!」
強制解放の残り時間、その全てを消費して【餓狼呑星】を発動する。
前に倒れ込むようにしながら蜻蛉の構えへ、漆黒の炎を噴き上げる餓狼丸は、目の前の獲物に喰らいつかんと荒れ狂う。
それを遮るように現れる黄金の障壁。だが意に介することはなく、俺は諸共両断せんと、その一撃を振り下ろした。
斬法――剛の型、白輝。
限界まで生命力を捧げた一撃は、金龍王の障壁へと突き刺さり、それを一撃で打ち砕く。
遮るもののなくなった一閃は、ついに金龍王の身に届き――
「――見事」
――その身を、袈裟懸けに斬り裂いたのだった。





