401:真龍たちの今後
「まず、こちらの目的は端的に言って、あんたの血を使って銀龍王の傷を癒すことだ」
「であろうな。あの傷を癒せるのは妾以外には存在すまい。あ奴の力はまだ必要であるし、それについて異存はないとも」
最初に切り出した要求に、金龍王はあっさりと首を縦に振った。
まあ、当然の話ではある。銀龍王は龍王の一角、その力は高位の悪魔に引けを取ることはないだろう。
それほどの戦力を、無意味に後ろで放置しておくような理由などある筈もない。
早急にその傷を癒し、戦線に復帰して貰うべきなのだ。
「それで、お主の要求はそれだけか?」
「いや、もう一つある。今は半数近い龍王が討たれてしまった状況だからこそ、青龍王は残る戦力を結集すべきだと主張していた。これに関しては、俺も同意見だ」
いくら強大な力を持つ真龍とはいえ、悪魔を完全に凌駕しているというわけではない。
その結果、事実として多くの龍王が討たれてしまっているのだ。
このまま手を拱いていれば、残る龍王たちとて同じ結末を辿りかねない。
そんな懸念を抱きながらの要求に対し、しかし金龍王は渋い表情を浮かべてみせた。
彼女も状況が分かっていないということは無いはずなのだが……何か、理由があるのだろうか。
「うむ……お主の、そして青龍王の言葉は尤もだ。妾も、それに関して否定するつもりはない」
「……だが、あまり反応が良くないな?」
「面倒なことではあるが、それを実現するには色々と障害があるものでな」
そう告げて、金龍王は嘆息を零す。
人間とは隔絶された力を持つ真龍にも、随分と多くのしがらみがあるようだ。
面倒臭そうな表情を隠さない金龍王は、頬杖をつきながら声を上げる。
「妾たちは、何かと行動に制限が付くのだ。先も言った通り、下手に動けば悪魔共の戦力を増してしまうことにもなりかねん」
「そんな当たり前の行動も、奴らが好き勝手出来てしまうような判定になってしまうのか?」
「分からんが、我ら龍王が動くということは、奴らは大公を動かせるということになってしまう。下手なことはできんのだ」
確かに、今の状況で大公を自由に動かされてしまっては、こちらも詰みかねない。
具体的な判定基準があるのかどうかも分からんが、何にせよリスクを避けるに越したことはないということか。
しかしながら、このまま座視して龍王を各個撃破されるような状況も避けなければならない。
何とか現状を打破する方法はないものか――黙考して頭を悩ませ始めた瞬間、金龍王は小さく笑みを浮かべながら声を上げた。
「結論として、妾が主導して真龍を結束させることはできぬ。しかし、異邦人たちがそれを成したのであれば、話は別だ」
「俺たちが……真龍を束ねる?」
「到底言うことを聞くとは思えませんけど」
ある程度話の通じる銀龍王や青龍王はともかくとして、気性が荒いと聞いている赤龍王や黒龍王はどうなのか。
会ったこともないから判断はできないが、少なくとも『はいそうですか』と従ってくれるとは思えない。
果たしてどうするつもりなのかと視線で問いかければ、金龍王は得意げな笑みで続けた。
「無論、あ奴らは妾の指示以外は聞かぬだろう。基本的にあ奴らを従えるのは妾だが、戦列に加えるには大義名分が必要だ。故に、妾は奴らにこう告げるのだ。『共に戦うに足る存在か、異邦人共を試せ』と」
「ほう……つまり、クエストか?」
「期間は、悪魔共の障壁が解けるまで。それまでの間に、赤龍王と黒龍王を説得するのだ。悪魔共の目を躱すために青龍王も参加させるが、あ奴は適当に手を抜くだろう。銀龍王は……最初から人間に協力しているから問題はないな」
そう告げると、金龍王はぱちんと指を鳴らす。
その瞬間、彼女の傍に控えていた運営AIの内の一体が突如として動き出し、姿を消した。
天使の姿をしたAIが消えた空間を見つめていると、補足するように金龍王が声を上げる。
「お主たちで言うところのワールドクエストだ。あの庭師が女神と情報を交換し、イベントの体を仕立て上げるであろう」
「ワールドクエストって、そういう風にできてたんですね」
普段は見られないような、裏側の事情だ。
まあ、本来であれば逢ヶ崎グループで色々と企画して作るのだろうが、このようにゲーム内で発生することもあるのだろう。
ひょっとしたら、運営側も色々と苦労しているのかもしれないな。
ともあれ、方針については理解した。とどのつまりが、俺たち異邦人が努力した結果として協力する分には問題ないということなのだろう。
厄介ではあるが、同時に好都合でもある。大規模なイベントは、その分だけ俺たちの力となるのだから。
「具体的な内容については、いずれ周知されるであろう。参加については自由にするといい。お主たちの戦いは十分に見たが……うむ、それもまた見ごたえのある戦いになりそうだ」
「気楽だな……試し方は龍王たちに一任するつもりなんだろう? どうなるか分かったもんじゃない」
「流石に、攻略できぬような難易度になっていたら、妾の方から口を出すとも。だが、逆に言えば容易くもならぬ。それは努々忘れないことだ」
その辺りは、話に聞いていた金龍王らしい言葉だ。
尤も、こちらとしても望む所ではある。真龍たちの課す課題である以上、容易くしてしまっては拍子抜けというものだ。
話の通じる青龍王とて、比較的楽であったとしても、決して簡単にクリアできるような課題にはならないだろう。
とりあえず、龍王たちの協力については目途が立ちそうであるし、一安心といったところか。
しかし、まだ安心することはできない。何しろ――金龍王は、最初の条件について確約したわけではないのだから。
青龍王、銀龍王の話からしても、彼女があっさりと血を提供してくれるとは思えない。
こちらとしても、わざわざ限界まで武器を強化してきたのだ。あっさりと終わってしまっては、拍子抜けというものだろう。
「他の龍王たちについてはこれで良い。他に聞きたいことはあるか?」
「いや、こちらが気にしていたのはその二つだ。まあ、強いて言うなら……あんた自身の協力は、何の課題も無くていいのかって話だな」
「くくく、分かっているであろう、英雄よ」
金龍王の口元が弧を描く。
どうやら、ここから先は予想していた通りの展開になりそうだ。
「気にはなっていたのだ。唯一MALICEを退けることに成功した世界、その立役者となった二人の英雄。その力が果たしてどれほどのものなのか――お主がこの世界に足を踏み入れたその時から、妾はずっと見守っていた」
「……そりゃまた、随分と気の早いことだな」
「しかし、決して間違いではなかったとも。お主はついに公爵級の悪魔を斬るまでに至った。その力、紛れもなく本物だ」
満面の笑みを浮かべる金龍王に対し、こちらは嘆息を零すしかない。
どいつもこいつも、俺やジジイばかりに注目して、他の連中に目を向けようとしないのだ。
「確かに、MALICEを倒す立役者となっていることは事実だろう。しかし、戦ったのは俺一人じゃあない。向こうでは部隊の連中も一緒だったし、こちらでは多数のプレイヤーが共に戦った。俺一人を評価するような真似は認められん」
「無論、お主と轡を並べた者たちも認めているとも。彼らもまた、素晴らしき戦士だ。だが――お主の戦績が際立って優秀であることもまた、覆しようのない事実であろう?」
まあ確かに、かつての部隊においても俺やジジイの戦績がトップであったことは間違いないし、このゲーム内のイベントにおいても俺が上位の成績を残していることは事実だ。
だからといって英雄などという言葉で飾り立てるのは勘弁してほしいところではあるのだが――相手はドラゴンだ、こっちの言うことなど意に介しはしないだろう。
「それになぁ……妾に見られていることを知りながら、斯様に情熱的な戦いを見せるなど、昂ってしまっても仕方があるまい。長年人間を観察してきたが、お主らのような番は初めて見たぞ」
「ちょ……っ!? や、止めてくれません!?」
「妾の舞台を都合よく使ったのだ、特等席で観察するのは当然の権利であろう?」
「それも否定はできんけどな……生々しい言い方はやめてくれ」
金龍王がどの程度こちらの都合を知っているのかは分からないが、緋真の発言から俺たちの関係は正確に読み取ってしまっているらしい。
この表情を見るに、うちの門下生共と同じような感想を抱いたのだろうとは思うが。
あの戦いの結果そのものに不満な点はないし、『龍の庭園』を利用させて貰った以上、流石に覗き見に文句は言えないだろう。
「お主たちの力、妾も是非とも見てみたい。故に――」
刹那、金龍王の体から黄金の魔力が立ち上る。
そして次の瞬間、俺たちの体は金色の光に包まれ、ゆっくりと宙に浮かび上がった。
「ッ……!?」
「ちょっ、いきなり!?」
どうやら、この効果は俺たち全員に及んでいるらしい。
黄金の光に包まれた俺たちと、それを成した金龍王は、共に光に包まれながら遥か上空へと飛ばされる。
そして、この浮遊島を一望できる高さにまで到達した瞬間、俺たちの足元に黄金の魔法陣が広がり、そこに着地することになった。
「っと……これは」
「予想通りの展開ではありますけど……随分と派手なステージですね」
巨大な魔法陣の中央、そこに全員で立ちながら、正面で対峙する金龍王の姿を見据える。
変わらぬ人間の姿、武器も防具もない丸腰ではあるが、感じ取れる魔力だけでも圧倒的だ。
こちらに対する敵意や害意こそないが、力だけで言えばディーンクラッドすらも凌駕していることだろう。
「――この機会に、楽しませて貰うとしよう。お主の手で、妾の血を手にしてみせよ。そして、人と轡を並べるに足る、その力を示してみせよ!」
真龍たちの長、金龍王。
世界の頂点の一角が、その力を解放する。
膨大な魔力の波動の中――俺たちは、覚悟と共に己の武器を抜き放ったのだった。