398:空の果てへ
門下生たちの対応を済ませた翌日。
後顧の憂いも無くなり、晴れやかな気分でログインしたわけではあるのだが、それでも課題は山積みだ。
何しろ、今日は金龍王の元に向かわなくてはならないのだ。件の怪物が、果たしてどのような行動をとるつもりなのか、現状では判断がつかない。
まあ、行かないという選択肢もないし、やるしかないというのが現状なのだが。
「さてと……準備はいいな?」
「はい、勿論です。ちょっと楽しみでもありますしね」
俺の言葉に頷いた緋真は、どこか高揚した様子で空を見上げている。
その先にあるのは、雲の合間に僅かに覗いている浮遊島だ。
いかなる仕組みで浮いているのかは分からないが、その先に金龍王が存在していることは間違いないだろう。
その幻想的な光景を目にできることは、確かに楽しみであるかもしれない。
「よし……それじゃあ、早速出発だ。旋回しながら上昇していく」
「了解です。敵には気を付けて」
「言われるまでもない。さ、行くぞ」
言いつつセイランの背に跨った俺は、足で合図を送りセイランを出発させた。
緋真はアリスと共にペガサスに乗り、ルミナとシリウスはそれぞれ自前で飛行する、いつもの空中戦スタイルだ。
大きな翼を力強く羽ばたかせ、セイランは勢いよく上空へと飛び出していく。
とはいえ、流石に垂直に登ることなどできはしない。高度を上げて行くには、旋回しながらの飛行が必要なのだ。
「流石に、あそこまでの高度を飛んだことはないがな……だが、行けるだろう?」
「クェ!」
体はセイランの風によって包まれているため、強すぎる風を感じることはない。
おかげで、高高度の飛行であっても高度に対する危機感を覚えることは無かった。
基本的に飛行機で飛んでいるのとあまり変わらない感覚だ。
しかしながら、セイランで雲の上まで飛んだことは一度か二度程度しかない。
更にその上となると経験もないし、どうなるかは分からないところなのだが。
「あの高さまで飛ぶのはなかなか大変ですね」
「遠回りせざるを得ないからな……だが、魔物の姿も見かけないな」
上空を飛んで視界が開けているため、周囲の確認はし易い状況なのだが、ワイバーン等の飛行する魔物の姿が見当たらない。
普段であれば、飛んでいれば遠景に一匹二匹は見つけられるものなのだが、現状ではこの近くには存在していないようだ。
偶然なのか、或いは魔物たちがここに近寄らないようにしているのか。何にせよ、空を飛ぶ分には邪魔が少なくて助かるのだが。
「飛びやすくて助かりはするが、辿り着くまで何とも遭遇しないってのも退屈だな」
「これから大ボスと戦うかもしれないんですから、無駄な消耗は勘弁してくださいよ」
「それはそうなんだがな。それに、もしドラゴンの影響で魔物が近付かないのであれば……それだけヤバいやつが上にいるってことなんだろうな」
真龍たちの長、金龍王。その眷属たる真龍たちもまた、この上に存在しているのだろう。
彼らにとって、周囲のワイバーンなどは単なる餌に過ぎないのか。
そこらの魔物といえどもAIは搭載されているし、種としての脅威が近くに存在しているのであれば逃げるのも無理はないだろう。
だとすると、こちらにとって不安なのは――
「グルル……ッ!」
突如として、シリウスが警戒の唸り声を上げる。
その理由が如何なるものであるのかは、接近してくる気配によってすぐに察知することができた。
それは、黄金の鱗に包まれた巨大なドラゴン。大柄なシリウスと比べても一回り大きく、格上の存在であるということは容易に見て取れる。
先に見た銀龍王と比較すると一回り小さいため、恐らくは龍王に類される存在ではないのだろう。
であれば、こいつは金龍王の眷属、シリウスと同じ真龍の一体だろう。
(とはいえ、この威容は……!)
感じる魔力も威圧感も、シリウスの比ではない。
進化段階で類推すれば、恐らく第四段階以降――現在のシリウスと比較しても格上に類される存在だろう。
その力がどれほどのものであるかは、今の俺たちには推し量ることができないが、今回は彼らと敵対する用事などありはしない。
警戒するシリウスは手で制しながら、俺は目の前に飛来した黄金の真龍へと向けて声を上げた。
「金龍王の眷属とお見受けする。我々は金龍王との謁見のために参った。どうか、お目通りを願いたい」
「――――」
俺の言葉を聞いたのか、黄金の真龍はずいとこちらに顔を寄せてくる。
顔の形は銀龍王のそれに近いだろうか、イメージにあるドラゴンの姿によく似ている。
シリウスのように妙に尖っているということもなく、極端な特徴らしい特徴もない。
だが、その黄金の鱗は何よりも目を引く特徴であろう。驚くほど派手であるにもかかわらず、全体の印象はとてもスマートに映る。華美さを感じることのない、美しい姿であった。
「――我らが王より、話は聞いている。庭園の覇者よ」
「……!」
どうやら、このクラスの真龍は言葉を話せるようになるらしい。
どの程度のレベルなのかは分からないが、かなり上位の真龍であることは間違いないだろう。
とりあえず、アポなしでの突撃にならなかったことは幸運だろう。
もしもただの侵入者として扱われてしまったらどうなっていたことか。
「来るがいい、王がお待ちだ」
「よろしくお願いする」
真龍は、翼を羽ばたかせて身を翻す。
その巨体を追いかけてセイランを飛ばせば、あっという間に雲の合間から空の上へと抜け出すことができた。
――そこで目に飛び込んできた光景に、俺は思わず息を飲んだ。
「すご……っ」
「これが……金龍王の巣か」
浮遊島の上部には木々が生え、森が形成され、川が流れている状況も見て取れた。
一つの自然が形成された島の上部では、黄金に輝く真龍たちが飛び回り、或いは島の上で体を休めている姿が散見される。
そして、その中央部。巨大な岩の塊に見えるそれは、どうやらそそり立つ岩の壁であり、その中央は大きくくりぬかれた形となっているようだ。
俺たちを牽引する真龍は、どうやらそこに向かっているらしい。
つまり、あそこに金龍王が住まう場所なのだろう。
「凄いですね……想像以上の光景でした」
「ああ、こいつは流石に圧巻だ。この世界でなければ、到底見られない光景だな」
「遠目だから分かり辛いけど、これ全部ドラゴンのサイズなのね。いちいちスケールが大きいわ」
アリスの言う通り、木々にしてもあの岩にしても、遠目に見ているから普通に見えるが、全てかなりの大きさだ。
ドラゴンが住まう場所であるがゆえに、それだけのサイズが必要だということなのだろう。
黄金の真龍に導かれるまま中央の岩へと向かい、その上空へと辿り着く。
そして導かれるままに降下していった先には――
「ここは……また随分と、派手だな」
「うわ、お宝がたくさん」
広い、遠景の空間。
その周囲全てに、雑多な金銀財宝の数々が積み上げられていたのだ。
日の光を浴びて眩く反射するそれらは、全てを集めたら果たしてどれだけの価値になることだろうか。
エレノアがいたら目の色を変えていただろうが、生憎と今それらに気を取られているような暇はない。
ここは、既に金龍王の領域だ。銀龍王を前にした時と同じような圧迫感に息を詰まらせながら、俺たちはゆっくりとその地面へと着陸する。
周囲を囲まれているようにも見えたが、意外にも日の光はよく入ってきており、明るさに困るということはないようだ。
「案内は果たした。王の言葉を聞くがいい」
「……感謝する」
案内役となった真龍は、特にこちらのことを気にすることもなく、再び翼を羽ばたかせて離脱していく。
その雄大な姿を見送ってから、俺は再び周囲へと視線を走らせた。
銀龍王の姿からも分かるように、その姿は巨大だ。例え周囲が財宝に埋もれていようとも、この開けた空間であのような巨体を見逃す筈がない。
しかし、この空間には龍王の巨体を発見することはできなかった。ここにはいないのか、或いは隠れているのか。
疑念と共に周囲を見渡し――その瞬間、どこからともなく声が響いた。
「待っていたぞ、英雄よ」
――それは涼やかで、しかし覇気に満ちた女の声。それを耳にして確信する。これこそが、金龍王の声であると。
青龍王もそうであったが、王と名がついているものの、必ずしも男であるとは限らないらしい。
その声の発生源を探して視線を向けた先――そこに、一人の女の姿があった。
「お主がここまで来ることを、妾は一日千秋の想いで待ちわびていた。随分と焦らしてくれたものだな、異界の英雄よ」
「……驚いたな、人間の姿にもなれるのか」
「戯れに過ぎぬよ。しかし、妾なりの配慮でもある。この方が話し易かろう?」
積み重なった黄金を椅子のように利用していたその女は、ゆっくりと立ち上がり裸足のまま地面へと足を降ろす。
足首にまで届きそうなほどの長い金髪、そして瞳孔が縦に切れ上がった黄金の瞳。
身を包むものは白い布一枚ではあったが、彼女にそれ以上の装飾は必要ないだろう。
背筋が寒くなるほどの、作り物じみた美貌。その口元には不敵な笑みを浮かべ、彼女は滔々と告げた。
「改めて、歓迎しよう。妾は金龍王――世界を守護する真龍たちの長にして、女神アドミナスティアーの盟友。管理権限者の一角である」