391:龍王の言葉
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こちらを見下ろしていた巨大な気配。しかし、その正体を確かめるような時間もなく、俺は『龍の庭園』から送還された。
元々いた場所に戻ることになるのかと思ったが、塞がれていた視界が戻ると同時に現れたのは、以前に見た男の姿であった。
シェンドラン帝国が皇帝、ヴォルターク。堂々たる立ち姿のその男は、目の前に俺が現れたのを確認し、力強い笑みを浮かべる。
「勝敗は決した! 師弟の一騎討ち、実に見事であった! よもや、この戦いをたった一人で勝ち抜く者が現れるとは思わなんだが――流石は公爵斬りの英雄、その実力は確かなものであるということだ!」
肌に衝撃を覚えるほどの、力強い声。
それは、コロシアムに集まる全ての人間へと届いていることだろう。
異邦人だけではなく、現地人の彼らに対しても。
これは恐らく、来たる悪魔との戦いに向けてのアピールだろう。
そう遠くない先に、悪魔との戦いは再開されることになる。その時、現地人の彼らが俺たちの力を知っているのかどうかは、かなり重要な点となるだろう。
尤も、今回のイベントはあくまでもかなり限定的な条件下であったし、この戦績が実力の全てであると思われてしまっては困るのだが――まあ、ある程度の指標にはなるだろう。
周囲からの歓声を受けながら、ヴォルタークはこちらへと向けて笑みと共に声を上げる。
「クオンよ、勝者としての言葉を告げよ。貴様こそが、今この場の主役である」
そう告げて、皇帝は横に移動して場所を譲る。
ここは、元々彼が立っていた、演説台のような場所だ。
コロシアムの全体が一望できる場所に促されるまま立ち、その景色を視界に収める。
恐らく、今後この景色を見ることはないだろうからな。
さて、それにしても勝者インタビューとはまた面倒な。特にそのような内容は考えてはいなかったのだが――まあいい、適当に檄を飛ばしておくとするか。
「――俺が勝ったことを、当然の結末だと考えている者がいるだろう」
最初に告げた一言に、会場内からは僅かに息を飲む音が聞こえた。
心当たりのあるプレイヤーはそれなりにいるらしい。まあ、今までの戦績からしても無理は無いのかもしれないが、それで最初からやる気を失って貰っては困る。
今回も、本気で俺を獲りに来たプレイヤーは数多くいたのだ。今後も、そのように挑んで来て貰いたいところである。
「だが、それは間違いだ。今回のイベントでも、俺は幾度か敗北する可能性のある戦いを経験した。少なくとも、三度は本気を出さなくてはならなかったからな」
もしも、軍曹たちが十分な罠を仕掛けた上で、終盤に戦闘を仕掛けてきていれば、俺は敗北していただろう。
或いは、アルトリウスが十分な準備を整えていたのであれば、こちらの策を全て上回り勝利をもぎ取っていたかもしれない。
そして――緋真の本気が、俺の身に届いていた可能性だって、十分にあったのだから。
「俺は強者ではあるだろう。だが絶対の存在ではない。戦いに絶対など存在せず、ただ積み重ねた先の結果があるだけだ。いずれ、誰かの研鑽が俺に届く、その日のことを期待している。何、戦果の標的で困ることはない。これから幾らでも標的は現れるのだから」
視線を上げれば視界に入る、俺たちと悪魔を隔てる障壁。
あれが解かれれば、再び戦乱の幕が上がることとなる。
あの先には、幾らでも功名首があるのだ。俺以外の誰かがその首を挙げることも、きっとあるだろう。
「戦いは近い。見事俺を出し抜き、悪魔の首を奪って見せろ」
分かり易い、見え透いた挑発だ。
だが、トップ層にあるプレイヤーたちにとっては、確かな檄文となったらしい。
彼らも、俺にばかり手柄を奪われるのは面白くないだろう。
是非、己の手で悪魔を刈り取って欲しいものである。
言うだけ言って満足し、俺はさっさと場所を皇帝に譲る。彼は愉快なものを見たと言わんばかりの表情でこちらを見ていたが、特に言及することはない。
こちらは彼の要求通り、イベントで優勝してみせたのだ。戦いも十分に披露したし、金龍王へのアピールは十分だろう。
逆に、これで足りていないと言われてしまっては困るのだが。
「諸君らの戦いの結果は、ポイントという形で加算されている。そのポイントを用い、報酬を手にするがいい」
ヴォルタークが締めの挨拶に入っているのを、俺は後ろでぼんやりと眺める。
さて、今日はもう十分に戦ったし、これが終わったらログアウトしてもいいのだが、普段と比べると少々時間が早い。
金龍王との謁見に向けて、成長武器の経験値を溜めに行くのもいいが――さて、どうしたものか。
そんなことを考えている内に、話を終えた皇帝が戻ってきて俺へと告げてきた。
「クオンよ。この後で時間を貰おう」
「……例の件で、何か用事が?」
「うむ。貴様は見事、勝利を収めてみせた。最早金龍王も否とは言うまい……いや、最初から言う筈もなかったがな」
「……?」
ヴォルタークの言葉に眉根を寄せる。それは一体、どのような意味なのか。
詳しいことは分からないが、どうにも最初から裏があったようにも思えたし、その種明かしがされるのであればむしろありがたいことだ。
とりあえず、ここは素直に応じておくこととしよう。
ただし――
「それには、仲間を連れてきてもよろしいので?」
「仲間というと、最後に戦った貴様の弟子たちのことか。うむ、構わんぞ」
アリスは弟子というわけではないし、フィノは無関係なのだが、まあ一々訂正する必要もないか。
とりあえず、今後の展開にも関わってくる話だろうし、話すのであれば緋真たちを交えていた方が効率がいい。
さて、果たしてどのような事情を聞かされるのか――期待と不安を交えつつ、俺はフレンド画面から緋真たちを呼び出したのだった。
* * * * *
緋真たちを引き連れ、ついでにテイムモンスターたちも外に出した上で案内されたのは都市の中心に建つ城――ただし、その地下空間であった。
最初は普通に建物の通路らしい構造だったのだが、一つ扉を潜った先には、まるで洞窟のような様相が広がっていた。
道は整備されているようだが、一から人の手で掘られたものではない。自然に出来上がった代物だろう。
上に載っている城はあれほど巨大な建造物だというのに、どうやってこの地下空間を支えているのか。
まあ、その辺は魔法なのだろうから、気にしていても仕方ないのだが。
「こんな場所が、城の地下にあったなんて……」
「ちょっと、肌寒いわね」
緋真とアリスの声が、洞窟の壁に反響する。
道自体はかなり広いため、小型化しているシリウスどころか、セイランが通ってもまだ余裕があるほどだ。
しかし、尚更この地下空間の正体が不明であるとも言える。
金龍王の件での話といっていたが、何故わざわざこんな地下深くまで潜っていく必要があるのか。
俺たちを先導している騎士は、特に何も話そうとはしない。幾度か問いかけはしたものの、結局最初に顔を合わせた際の説明以降は一言も発していないのだ。
どちらかというと、話すことを禁じられているように感じられる。それほど、重要なものがここにあるということだろうか。
「……確かに、随分と気温が低いな」
吐く息が白く染まっている。これは洞窟だから気温が低いというより、何かしらの要因によって下がっているように思える。
とはいえ、事情を知っているであろう騎士が一切何も話さないため、推測することしかできないのだが。
石を削りだして作ったと思わしき階段を降り、その先へ。漂う冷気はどんどん強くなり、真冬の気温ほどにまで下がってきているようだ。
果たして、この先に何がいるのか――その答えは、階段を抜けた先にあった。
「――――っ!?」
「これは……!」
地下に広がる、広大な空間。
立ち並ぶ篝火によって照らされたその場所はとても幻想的な光景であっただろう。
しかし、俺たちにはそんな周囲の光景を見る余裕などなかった。
それよりも、はるかに強い存在感を放つ存在が、その場に鎮座していたのだから。
「よくぞ参った、我が帝都の最深部――銀龍王の巣たる、この洞窟へと」
待ち構えていたらしいヴォルタークが、俺たちへと向けて声を上げる。
その言葉を聞き、理解した。この場が何であるのか――そして、いま彼らが置かれている状況の、本当の意味を。
台座のようになっている、巨大な空間。その上に鎮座していたのは、巨大な銀色のドラゴンであった。
ただし――その体の全てが、巨大な氷によって包まれた姿であったが。
「これが、銀龍王……!」
青龍王の姿を目にしていたし、龍王がどれほどすさまじい力を持つかはある程度理解していたつもりだ。
だが、それでも尚龍王の姿を目にした衝撃は凄まじい。
シリウスに似た銀色の鱗。しかし、その姿はシリウスのように物々しい形ではなく、どこかスマートな印象を受ける。
流石に青龍王ほど滑らかな体をしているわけではないのだが、シリウスのような凶悪な尖り方はしていなかった。
生憎と全身が氷に包まれているため、その全貌を把握することはできないが、彼が銀龍王であることには一分の疑いも持たなかった。
「でも……これで、生きてるんですか?」
その姿を見て、茫然と緋真が呟く。
銀龍王は、その胸に痛々しいほどの深い傷を負っており、その状態で全身を氷に包まれているのだ。
普通に考えれば、死んでいて当然の姿であるとも言える。
だが――氷に包まれた姿のまま、銀龍王はその瞳だけを動かしてこちらを睥睨してみせた。
『無論、生きているとも。不甲斐なくも、とても無事とは言えぬ状況だがな』
「っ……貴方が、銀龍王か」
『いかにも。我は銀龍王――世界の守護を担う龍王の一角。貴公のことを待っていた、異邦の戦士よ』
こちらを――いや、俺をじっと見つめたまま、銀龍王はテレパシーか何かで俺たちに言葉を伝えてくる。
今の言葉は、ここに訪れた俺たちに向けたものだろうか。
或いは……最初から、俺がここに来ることを知っていたが故の言葉なのか。
その答えは、このドラゴン自身が持っているのだろう。
『このような、盛大な茶番に付き合わせてしまったことを謝罪する。そして、改めて貴公に依頼をしよう』
「茶番……?」
『うむ。此度の話――これらは全て、金龍王の企みである』
その言葉に、思わず頭を抱える。
どこかしらで関わってくるだろうとは思っていたが、どうやら随分と前の段階から話は続いていたらしい。
ともあれ、詳しく話は聞かなければならないだろう。
嘆息と共に、俺は銀龍王の言葉を待ったのだった。