390:錬成の儀、決着
書籍版マギカテクニカ4巻、7/19(月)に発売となりました!
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緋真が使用してみせた白影は、驚くべきことに十分な完成度を持つものであった。
白影は脳に対する負荷が高いため、加減を間違えれば廃人となってしまいかねない危険な術理だ。
そのため、実戦での使用にはどうしても慣れと慎重さを求められるのだが――その点は緋真らしいと言うべきか、一度習得した技術の完成度は非常に高いらしい。
凄まじい速度で駆け抜けながらこちらへと刃を振るう緋真は、それでも型を崩さずに立ち回れているのだから上出来だろう。
尤も――
「ただ速くなった程度では捉えられんぞ」
「――――!」
こちらが使っているのは風林火山、当然ながら白影の要素も取り込まれている。
それだけならまだしも、こちらは寂静の効果も併せて使用しているのだ。
例えどれだけ速く動くことができようとも、攻撃のテンポまでが変わるわけではないのだ。
緋真が俺の隙を捉えられたように、俺もまた彼女の呼吸を覚えているのだから。
(とはいえ、背後に回ったところで逃げられるだけだがな)
白影を使っているため、緋真の動きは速い。
たとえ寂静の効果で背後に回り込んだとしても、攻撃を当てる前に逃げられるのがオチだろう。
速さというのは、あればあるほど厄介になっていくものなのだから。
「《術理装填》、《スペルエンハンス》【ファイアエクスプロージョン】!」
力強く、緋真はその手の刀に炎を宿す。
今度は右の刀であり、どうやら単純に威力を優先したらしい。
極限まで強化されている刀で放つあの魔法は、単純に《蒐魂剣》を使うだけで防ぐことは困難だ。
こちらの太刀の攻撃力がもう少し高ければ良かったのだが、今更言っても仕方あるまい。
「『生魔』」
歩法――烈震。
強化した《蒐魂剣》を施し、俺は緋真へと向けて一直線に駆ける。
対し、緋真は躊躇うことなく横薙ぎに刃を振るい、宿した炎を一気に解放した。
爆裂する炎が眼前を埋め尽くし――その炎の壁へと向けて、足を止めることなく刃を突き出す。
斬法――剛の型、穿牙。
刃の切っ先が荒れ狂う炎を喰らい、その壁に穴を開ける。
周囲を蹂躙する炎の先、そこで待ち構えるのは二刀を構える緋真だ。
こちらの刺突を流水で受け流し、小太刀による一撃を狙うつもりだろう。
歩法――影踏。
故に俺は、重心を傾けることによって強引に走る軌道を変更した。
そして地面を滑るように減速、緋真の横合いに移動した俺は、彼女へと向けて袈裟懸けに刃を振り下ろす。
「《練命剣》――」
「ッ……!」
こちらの構えを見て、緋真は舌打ちを零す。
一目見て、俺が竹別を使おうとしていることを理解したのだろう。
片手で刀を扱っている今の緋真には、俺の竹別に対処することは不可能だ。そもそも両手でも難しいだろうが。
故に、緋真は俺の一撃を受け流すという選択肢を取ることができない。仕方なしに彼女は横合いへと回避し――
「――【命輝一陣】」
「づぁっ!?」
斬法――柔の型、刃霞。
――手首を翻し、そちらの方向へと向けて刃を振るった。
手首の動きのみで刃の軌道を変えるこの一撃は、性質上どうしても大した威力は出ない。
しかし、それでも攻撃であることに変わりはなく、【命輝一陣】による生命力の刃を飛ばすことは可能だ。
至近距離で飛び出した遠距離攻撃には反応しきれず、緋真は咄嗟に小太刀で攻撃を防いだが、余波をまともに受けて傷を負いつつ体勢を崩すことになった。
「《練命剣》、【命双刃】」
次いで、生命力を用いて一振りの刃を作り上げる。
未だ刀としての造形は成していないが、十分な切れ味を持った一振りだ。
先んじて振り下ろすのは右の太刀、その一撃を緋真は流水で受け流しつつ小太刀による反撃を狙うが、二刀のリーチではこちらに分がある。
突き出すように放った生命力の刃に、緋真は苦しげな表情で小太刀を振るった。
【命双刃】の刃には重さが無いため、小太刀であろうと払うことは難しくない。
けれど、重要な手数の一つが潰されてしまうことに違いは無いのだ。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
振り上げる右の刃にて、至近距離から黒い風を放つ。
元より回避が難しい【咆風呪】だ、至近距離で放たれれば俺でも回避は難しい。
一応、《蒐魂剣》を使えば防ぐことは可能なのだが、このタイミングでは発動も困難だろう。
更に、この状況で後方に下がれば、広がる【咆風呪】の中に身を置き続けることになる。
緋真は、その場に留まるか前に出るしかないのだ。そして、目の前から動かないのならば――
「《練命剣》、【命輝閃】」
斬法――剛の型、白輝。
足元を踏み砕く勢いで、強く踏み込む。
片手のみで使うことは滅多にないが、それでも十分すぎる威力を持つ剛剣。
その一撃に対し――緋真は、あえて小太刀での防御を選択した。
鎬を使った防御であろうと、その受けは小太刀に多大なダメージを与える方法だ。
【命輝閃】の威力もあり、緋真の小太刀は耐えきれずに折れ飛ぶこととなった。しかしながら、その犠牲によって俺の白輝は確かに減速したのだ。
「――――っ!!」
それと共に、緋真は流水で俺の白輝を受け流す。
小太刀を犠牲に【命輝閃】の効果を打ち消し、さらに勢いを弱めたことで受け流すことを可能にしたのだ。
白影を使っているおかげもあるだろうが、その咄嗟の判断は見事と言わざるを得ないだろう。
故に――称賛の意を込めて、全力で打倒する。
歩法・奥伝――虚拍・後陣。
俺の一撃を受け流し切ったその刹那に、緋真の虚拍へと潜り込む。
緋真は俺の姿が消えたことにすぐさま気付き、こちらの位置を探るだろう。
白影を使っている今であれば、素早くこちらを捕捉し直すことも不可能ではない。
「ふッ!」
「く――――!」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
――尤も、万全な体勢で迎撃することなど、望むべくもないが。
振り上げた一閃は、緋真が迎撃しようと振るった刀を弾き上げる。
腕ごと弾かれ、がら空きになった胴。目を見開く緋真の表情を見届けながら、死に体となった彼女へと最後の一閃を振り下ろした。
「っ、あ……」
クリーンヒットしたその一撃には耐えきれず、刀を取り落とした緋真は、そのまま仰向けに倒れ込む。
そのHPは完全に尽きている。これにて、錬成の儀は決着となった。
軽く息を吐き出して風林火山を解除し、それでも警戒は絶やさぬまま後方へと視線を向ける。
「それで、最後までやるか?」
「……まさか。ここで私が手を出しても、単なる蛇足でしょう?」
「っていうか無理無理、絶対勝てない」
離れた場所で控えながら見ていたのはアリスとフィノだ。
最後まで抵抗するのであればこちらも戦いを継続するつもりだったのだが、どうやらここで降参するつもりらしい。
今回は緋真に譲ってくれたのだろうし、ここは感謝しておくこととしよう。
「やっぱり……まだ、勝てないですね」
仰向けに倒れたまま、けれどどこか満足気な笑顔で、緋真はそう呟く。
そんな弟子の表情を苦笑と共に見下ろせば、緋真は笑顔のままに問いかけてきた。
「どうでしたか……私は、貴方の隣に立てますか?」
「昔に答えた通りだ、緋真。俺の隣に並び立つのは、お前であるべきだよ」
俺の言葉に、緋真は嬉しそうに顔を綻ばせる。
その表情の中にあるのは、決して諦観などではない。必ずや俺の元まで辿り着くという、強い決意だ。
こいつの決意は、以前から何一つ変わってなどいない。衰えることもなく、それどころかより強く燃え上がっている。
今や代名詞となりつつある、その赤い炎のように。
『――ゲームセット。勝者が確定しました』
フィールド内に、ゲームのアナウンスが響き渡る。
どうやら、アリスとフィノが降参したことによって、全ての戦闘が終了したらしい。
それと共に、フィールド全体が淡い光に包まれ、全てが金の粒子となって消滅していく。
負けたチームである緋真たちは一足先に戻ったようだが、俺はまだ元居た場所に転送される様子はない。
とはいえ、それも時間の問題だろうが――
「ッ……これは」
その刹那、感じた視線に、俺は視線を上空へと向けた。
そこに何かがあるわけではない。しかし、確かに何らかの気配を感じる。
これまでに感じたこともないような、巨大な気配を。
「……!」
青い空すらも金の光となり、全ての視界がそれによって遮られる、その刹那。
――俺は確かに、穴の開いた空の向こう側に、こちらを見つめる黄金の瞳を目にしたのだった。