389:刹那の攻防
書籍版マギカテクニカ4巻、7/19(月)に発売となります。
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俺の一閃を避け損ね、緋真は痛みに顔を顰める。
けれど、その程度で緋真が動きを止めることはない。
そのまま俺へと距離を詰めてきた緋真は、躊躇うことなく刀による一閃を振り下ろした。
その刀身へと向け、横合いから翻した一閃を届かせる。
斬法――柔の型、刃霞。
下から掬い上げるような軌道へと変化させ、緋真の一閃に対して己が太刀の柄尻をぶつける。
その反動を利用し、一度右手を離しながら緋真の攻撃を弾き返す。
後に残るのは、互いに刃を弾かれた体勢のまま、片手がフリーとなっている俺と緋真の姿だ。
当然ながら、飛んでくるのは小太刀による刺突だ。まるでレイピアのような奇妙な構え方から放たれるのは、目にもとまらぬ三連続の刺突――そして、それに伴う炎の槍であった。
「ッ……!」
単なる突きであれば、流水・無刀によって受け流した後に反撃することができただろう。
しかしながら、【ファイアジャベリン】を纏っている今の緋真を相手にするには、【断魔鎧】の効果が必要不可欠だろう。
仕方なく横に回避しつつ、右手を太刀を持つ手へと合流させる。
そのまま強く踏み込み――そして、一閃。
「『生奪』」
肩口を狙う一閃に、緋真は即座に反応して後方へと跳躍した。
その姿を追い縋るように地を蹴り――その瞬間、緋真から迸る魔力の高まりに舌打ちする。
「【フレイムストライク】!」
放たれたのは、爆裂する炎の塊だ。
直接こちらを狙うのではなく、地面を狙うことによって一気に打ち消されぬように対策しているらしい。
俺が走るタイミングを把握しているらしく、絶対に届かない位置を狙って魔法を発動したようだ。
こちらを知り尽くしているが故の戦法には、流石に舌を巻かざるを得ない。
「《蒐魂剣》」
とりあえず爆風だけは対処しつつ、体勢を立て直した緋真へと再度接近する。
早いところ【断魔鎧】を再発動したいのだが、まだクールタイムが終了していない。
早々に消費させられてしまったのは流石と言うべきか。剣の実力そのもので劣っていることは理解しているが故に、俺の苦手とする分野で攻めてくるのは正しい判断だと言えるだろう。
尤も――緋真の戦い方で、こちらの得意な面を全て潰すことは困難だろうが。
それができるとすればアルトリウスや軍曹ぐらいだろうが、今はこいつとの一対一、そのような展開にはなり得ない。
緋真の勝ち筋はただ一つ……俺が想像だにしないような、想像を超えるような攻撃を届かせることだ。
(さあ、どうする……!)
呼吸を整え、構え直した緋真は、深い集中状態に入っているようだ。
左の小太刀は既に炎を纏っており、何らかの魔法を装填していることが分かる。
先ほどの爆発のお陰で、何の魔法を発動したのかは聞こえなかった。
どのような追加効果が発動するかは分からないため、注意が必要だろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
まずは、横薙ぎに生命力の刃を飛ばす。
黄金の軌跡は空気を裂く甲高い音を立てながら宙を駆け、緋真はその一撃を烈震による突撃で回避した。
互いの距離は一瞬で縮まり――振るう刃が交錯して火花を散らす。
その刹那に互いに反転、一瞬だけ開いた距離を再び詰める。
(小太刀は刺突の構え。ランスかジャベリン、またはピラー)
厄介なのは前者二つ、刺突と共に槍が飛んでくるそれは正面からの対処が難しい。
小回りの利く小太刀を利用することで、その厄介さは更に増している状況だ。
であれば、先に纏っている魔法を撃ち消してしまった方が楽だろう。
「――《蒐魂剣》」
こちらに突き出してくる小太刀の刺突を、先んじて受け流すことで纏う魔法を消し去る。
次いで、すぐさま翻した刃を緋真へと振り下ろし――そこに、緋真の姿は無かった。
「――――ッ!!」
驚愕と共に、戦慄が背筋を駆け上がる。まさか、いつの間に虚拍を習得した!
即座に気配を捉え、位置を把握して振り向けば、緋真は俺の右側から大上段に構えた刃を振り下ろそうとしていた。
この構えは白輝、そして下段に控える小太刀は白輝・逆巻へと繋げるつもりだろう。
二刀で行うが故に、その繋ぎに隙は無い。
「私が潜れるのは先生の空隙だけです」
幾度となく、数えることも億劫になるほど稽古を重ね――それだけでなく、緋真は俺の戦いを観察し続けていた。
だからこそ、緋真は誰よりも、俺の呼吸を知っている。未熟な虚拍なれど、俺の空白だけは捉えることができるということか。
白輝は受け止めることはできない。受け流すことは可能だが、次いで放たれる逆巻を止める手段はない。
まさか、この状況まで追い詰められるとは――
「見事――」
思わず、笑みを浮かべる。
まさか、まさか――
斬法・奥伝――
「――よくぞ俺に、奥伝を抜かせた」
――柔の型、流水・無空。
甲高い、鞘走りのような金属音が鳴り響く。
それと共に、まるで時間が止まったかのように、緋真の振り下ろしていた剛剣は途中で停止していた。
柔の型が基礎、流水の果て。あらゆる相手の動きを停止させ、かつ相手にはその減速を気付かせない、柔剣の極致。
白輝を無力化し、かつ体勢を途中で止めるが故に逆巻まで繋げさせない。
今の一撃を防ぐには、この奥伝を使う他に道は無かったのだ。
「――――っ!?」
緋真は、驚愕に目を見開き硬直している。
大きな隙であるが、無理はない。流水・無空による停止は、自分の動きでありながら、察知することが難しいのだ。
何故自分の刃が進んでいないのか、その事実を理解できずに混乱が生じるのである。
少なくとも、一度は受けたことが無ければ、これに対処することは難しいだろう。
尤も、だからと言ってその隙を見逃すつもりは無いのだが。俺は太刀を横に倒し緋真の刀を押さえつつ、更に相手へと接近して密着する体勢を取った。
「く……ッ!」
我に返るのがかなり速いが、流石に追撃を許すつもりはない。
緋真が動きを見せるよりも早く、俺は強く地を踏みしめた。
打法――破山。
衝撃が迸り、緋真の体が後方へと吹き飛ばされる。
しかし、その手ごたえは軽い。どうやら、ギリギリで後方へと跳躍したようだ。
とはいえ、それでもノーダメージとはいかず、着地した緋真は苦しげに胸を押さえながらこちらを睨んでいる。
「っ……今のが、無空ですか」
「ああ、直接見たことは無かったか?」
「いえ、先生と先代が使っている所は、少しだけ……けど、実際に受けたことはありませんでした」
流水・無空は俺にとっても切り札の一枚だ。
相手の振るう刃と完全に同じタイミングで剣を振るい、接触させ続けることで少しずつ減速する。
まるでクッションに剣を振るったかのように、ゆっくりと優しく受け止めるのだ。
俺自身、ジジイから喰らった時は何が起こったのか分からなかったものである。
「惜しかったが……しかし、実に見事だ。お前の戦術もそうだが、よく俺をここまで追い詰めた」
「……本当に、今のを止められるとは思いませんでした」
「ああ。俺も奥伝を使わなければ、少なくとも逆巻は喰らっていただろう。誇れ、緋真。俺が奥伝を『使わなければならなかった』場面など、そうはない」
心からの賞賛を込めて、俺は緋真にそう告げる。
使った方が効率の良い場面はあったし、そういった場面で奥伝を切ってきたことは事実だ。
だが、使わされた場面はそう多くはない。少なくとも、師範代たちの誰も成し遂げることはできなかった。
故にこそ、俺は心から緋真のことを賞賛する。こいつはついに、俺に本気を出させるまでに至ったのだ。
「褒美だ。ここから先は全力で行く――肌で感じ、覚えてみせろ」
「ッ……!!」
緋真の表情の中に浮かぶのは、歓喜と戦慄。
この宣言を受けて尚、戦意を衰えさせるどころかむしろ滾らせるとは。
ああ、全く――こいつは、本当に佳い女だ。
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
己の全てを解放し、緋真の姿を見据える。
ここから先は様子見などない、全力の業を緋真へと叩き付ける。
果たしてどこまで耐えられるのか、期待しながら前へと足を踏み出す。
けれど――緋真は、それよりも速く、こちらへと斬り込んできた。
その動きはこれまでよりも更に速い。見開かれたその瞳は、せわしなく動きながら周囲の状況を観察している。
これは――
「……白影か」
まさか、この期に及んでまだ隠し玉を残していたとは。
緋真の一閃を受け流しながら、俺は笑みと共に走り出す。
錬成の儀としては既に十分すぎる成果であるが――最後まで受け止めてやることとしよう。