387:最終局面
書籍版マギカテクニカ4巻、7/19(月)に発売となります。
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「よっと……」
「……何ですか、これ?」
「目立つかと思ってやっていたんだが、中々壮観じゃないか」
倒したプレイヤーの持っていた武器を丘に突き刺しながら、呆れた様子の緋真の言葉にそう告げる。
現在、視界の右上に表示されている残存チーム数は二つだけ――つまり、俺と緋真たちだけが生き残っている状態だ。
よくぞまあ、この混沌とした戦場を生き残ったものである。どのような動きをしてきたのかは分からないが、これについては素直に賞賛すべきだろう。
有力なプレイヤーもそうだが、うちの門下生共も多数出場していた筈だ。
俺は戦刃や、何組かの門下生たちとしか出会わなかったが、他の連中もいただろうし、緋真も遭遇していた可能性は高い。
高位のプレイヤーや、それらを相手にしてここまで生き残ったのは、実に見事である。
「さてと……良くここまで来たな、緋真」
「はい、先生」
無数の武器が突き刺さった丘、その中央で、俺は緋真へと向き直る。
彼女もまた、俺の視線を正面から受け止めながら、じっとこちらを見上げていた。
迷いの無い、真っすぐな視線。その姿に、俺は小さく笑みを浮かべる。
「それなりに苦労したんじゃないか?」
「まあ、流石に。色々と予想外はありましたけど……でも、想定していた展開をなぞることはできましたよ」
「そうかい。それなら……準備は万端ってわけだ」
俺の言葉に対し、緋真は笑みと共に頷く。
その表情から、俺の脳裏に浮かんだのはかつての緋真の――明日香の姿であった。
ガキだった頃、俺がジジイに挑むことばかり考えていた頃から、こいつはとにかく変わった奴だった。
型を覚えるや否や完璧に近い形で扱い、尚且つそれを最適化してみせる姿は、当時ジジイにしか興味が無かった俺の記憶にも残るほどのものだったのだ。
(話したことはないがな、俺はお前に感謝しているんだ)
こいつのその姿があったからこそ、俺はそのままではジジイには勝てないと気づくことができたのだ。
ただジジイを模倣するだけでは、あの高みを超えることなどできはしない。
己自身に落とし込み、そして己自身の業でなければ、あのジジイを上回ることは不可能だった。
とはいえ、それはそう容易いことではなく、当然のようにやってのける明日香の才能には戦慄したものだが。
そしてもうひとつ驚かされたのは、俺へと向けられるコイツの目が、俺がジジイに向けているそれに近かったことだ。
「――届く筈がないなど、思いはしなかった。必ずその高みに辿り着くと、心に誓った」
「っ……私は貴方に近づきたい。まだ届かなかったとしても、必ず!」
「嗚呼、そうだ。その通りだとも」
だからこそ、俺はこいつを選んだ。こいつであるべきだと確信した。
俺に憧憬を抱く者たちは、誰もがその心の底で、俺に届くことなどないと思ってしまっていた。
明日香だけだったのだ。心底から、俺に並び立とうと見上げてくる者は。
業腹ではあるが、俺は今になって初めて、ジジイの抱いていた想いを理解した。
自らに挑んでくる者がいるということが、どれだけ幸福なことであるか、身をもって理解することができたのだ。
「だからこそ、俺はお前を選んだ。お前でなければならないと確信した。共に久遠神通流を背負う存在は、お前であるべきだ」
太刀を抜き放ち、構える。
今は金龍王の視線も、箱庭の未来すらも関係ない。
ただ、久遠神通流の当主として、その直弟子の積み重ねてきた経験を見極める。
――それが、直弟子たる立場に相応しいものであるか、判断するために。
「残り時間も僅かだ。最後の勝負と行こう」
「一対一、生き残った方がこのイベントの勝者です」
「ま、最早イベントなんざどうでもいいがな……そうだろう、弟子よ」
「はい。貴方の弟子として――貴方の伴侶として相応しいということを、ここで示します!」
堂々とした宣言に、俺は笑みを深める。
久遠神通流の当主が直接稽古をつけられるのは、師範代と直弟子のみ。
直弟子は、当主が選んだたった一人にのみ与えられる立場――その正体こそがこれだ。
久遠神通流は、昔から強者の血を取り込み続けて今に至っている。そのため、当主の婚姻には大きな制限が課せられるのだ。
最低でも達人級の実力者を――もしもそれに足りぬのであれば、直弟子としてその領域まで高めなければならない。
直弟子とは、自由な婚姻の許されぬ当主に残された、最後の選択肢なのだ。
「いざ――」
「尋常に――」
『――勝負ッ!』
告げて、俺たちは共に駆ける。
既に魔法、スキルによる強化は施してある。全てを使って挑めと、俺はそう告げているのだ。
当然、向こうでは使えない魔法やスキルであろうと、今回は選択肢に入る。
それら全てを使い尽くし、俺との差を埋めてみせて欲しい。
斬法――剛の型、竹別。
まずは小手調べに、真っすぐと刃を振り下ろす。
これが竹別であることは、緋真はこちらの構えを見ただけで判断できるだろう。
生憎と、今の緋真では俺の竹別を流水で捌くことはできない。
予想通り、俺の一閃に対して緋真は回避を選択した。
「ふッ!」
「甘い」
緋真が放つのは回避しながらの横薙ぎの一閃。
こちらの脇腹を狙うそれに、俺は即座に刃を翻した。
斬法――柔の型、刃霞。
手首の動きで跳ね上がった刃は、緋真の一閃を弾き返す。
その交錯と共に、俺たちは同時に態勢を整え――
「《術理装填》、《スペルエンハンス》【フレイムピラー】!」
「《蒐魂剣》、【因果応報】」
斬法――柔の型、流水。
緋真の放った炎を纏う一閃を、蒼い輝きを纏う一閃にて受け流す。
流石に、流水だけで体勢を崩すほど緋真の体幹は弱くはないが、炎が吸収されてしまったことに顔を顰めることは止められなかったようだ。
「お返しだ」
「ッ、《蒐魂剣》!」
とはいえ、それだけで何とかなるほど緋真も弱いわけではない。
吸収した魔法を叩き返してやれば、緋真の方も《蒐魂剣》を利用してそれを吸収してみせた。
【因果応報】ではないため刃が炎を纏うわけではないが、MPの回復にはなっただろう。
俺も緋真も、互いの呼吸は十分すぎるほどに理解している。相手がどのように仕掛けてくるかも、単純に理解できてしまうのだ。
故にこそ、緋真の勝ち筋は、俺が把握しきれていないような手札を用意することだ。
緋真自身そのことは理解しているだろうし、何かしら準備してきているはずだ。
「なら、《炎身》!」
スキルの発動と共に、緋真がその全身に炎を纏う。
ステータスの強化と『炎上』状態の付与と無効化を持つ、かつて悪魔を倒した際に手に入れたスキルオーブによって覚えたスキル。
厄介な効果を持つスキルであるが、それも結局は魔力によって形作られているスキルだ。《蒐魂剣》を使えばそれで効果は途切れてしまう。
とはいえ、『炎上』の効果を上昇させる《燎原の火》があるため、今の状態の緋真にはあまり近づきたくないのは事実であるが。
「《術理装填》、《スペルエンハンス》【フレイムストライク】!」
「《蒐魂剣》!」
緋真が再び《術理装填》を使用したため、こちらも《蒐魂剣》を発動する。
しかし、緋真の刀が炎を纏うことはなく、困惑しつつも緋真の一撃を受け流しながら、その身に纏った炎を打ち消す。
その刹那――緋真の左手が翻ると共に、目の前に炎が溢れ出した。
「――ッ!?」
咄嗟に横へと身を投げ出し、迫る炎を回避する。
しかし完全には回避しきれず、俺は炎によるダメージを受けながら地面を転がり、即座に体勢を立て直した。
斬法――柔の型、流水。
そのまま、追撃に迫ってきた緋真の一撃を受け流し、次いで放たれた刺突の一撃を半身になって回避する。
反撃として放った蹴りは肘によって受け止められたが、それでも勢いまでは殺し切れず、緋真はその衝撃に押されて後ろへと下がった。
そんな彼女の姿を見据え、俺は思わず笑みを浮かべる。
「成程、それがお前の奥の手か」
「はい。しっかりと見て行ってください、先生」
右には刀を、左には小太刀を。
古くは新免武蔵の二天一流――二刀流の刃を構え、緋真は力強く宣言する。
どうやら、これこそが俺と戦うために準備してきた手段であるらしい。
付け焼刃の二刀流に負けるつもりはないが、そんなことは緋真の方が百も承知だろう。
その上でそのような技を持ち出してきたということは、それだけの自信があるということだ。
果たしてどのように扱うのか、是非見せて貰うとしよう。