385:混戦と決戦
「対策はさせて貰おうか――【ミラージュシルエット】!」
珍しく気合の入った様子のマリンが、聞き覚えのない魔法を発動する。
名前からしていつもの幻のようだが、やはりその攻撃を防ぐことはできなかった。
俺に直接命中させる類の魔法でない限り、【断魔鎧】で吸収することはできないようだ。
マリンが魔法を発動するのと同時、アルトリウスたちの姿が十組にまで増加する。
やはり足音や気配はない辺り、これらすべてが幻であるようだ。
俺からすれば、気配を探ることは難しくはなく、本物を見分けることは容易い。しかし、遠くからこちらを窺っている他のプレイヤーにとってはその限りではないだろう。
(アルトリウスたちは的を絞らせないが、俺は一人だけか。考えたもんだ)
周囲のプレイヤーたちには、本物のアルトリウスを見分けることは難しいだろう。
だがそれに対し、俺の姿は増えているわけではない。厄介なことではあるが、周囲の連中にとって、今狙いやすいのは俺の方なのだ。
厄介な真似に舌打ちしつつも、同時に笑みを浮かべる。
周りの全てを活用する、彼ららしい戦い方だ。しかし――
「俺がお前たちを捉え切れなければ、それで正解だったかもしれないな!」
「そうでしょう……しかし、それも想定済みです!」
例え周囲の連中がアルトリウスたちを見分けられなかったとしても、俺は確実に見分けられる。
当然、俺が攻撃を加えている相手は本物であり、周囲の連中にもそれは伝わるのだ。
例えどれだけ幻を出そうが、それでは意味がない――しかし当然ながら、アルトリウスもまたそれを理解していたようだ。
真っ直ぐに打ち掛かった俺に対し、アルトリウスたちは分散することで対応したのである。
俺に対して正面から当たったのはパルジファルで、アルトリウスとマリンは幻の中に紛れるように散開したのだ。
無論、その気配は捉えているのだが、周囲の連中がそれを捉えるのは困難だろう。
「お前さん一人で、俺を押さえるか……舐めてくれるものだ」
「私では勝てないことなど百も承知、この状況では尚更です。しかし――貴方とて、無事では済まない筈だ!」
俺の言葉に対し、パルジファルは威勢よく啖呵を切る。
そしてその直後、アルトリウスたちの想定通りと言うべきか、周囲から無数の攻撃が降り注いだ。
優勝候補である俺やアルトリウスたちを先に倒してしまおうということだろう、こちらには近づかぬようにしながら、弓や魔法でこちらを狙ってきているのだ。
当然ながらパルジファルも巻き込まれることになるが、防御系のスキルを多重発動しているパルジファルには、雑な攻撃など通用すまい。
俺であっても、急所を直接貫かねば倒し切れぬような相手なのだ。我慢比べをすれば向こうに軍配が上がるのは間違いない。
(……仕方がないか)
この状況下では四の五の言ってはいられない。
多数の攻撃に晒される状況が続けば、不利になるのはこちらの方だ。
であれば――まずは、場をこちらに有利なように整えるしかないだろう。
「あまり消耗したくはなかったが、大盤振る舞いだ」
久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。
視界がモノクロに染まり、周囲の動きがスローモーションへと変わる。
加速する意識の中、俺は即座に踵を返して丘を駆け降りた。
「《奪命剣》、【咆風呪】」
溢れ出す黒い風を後方、パルジファルの方へと放ちながら駆け、周りの状況を確認する。
彼らの攻撃の着弾とほぼ同時に駆けだしたため、彼らはまだこちらの動きを捉え切れていない。
ならば――まずは、彼らの陣を混乱させる。
「《練命剣》、【煌命閃】」
構えた太刀が眩い黄金に輝き始める。
そのまま、俺はこちらの姿を捉え切れていないパーティへと一気に肉薄した。
流石に輝く刀を構えているため、途中でこちらの姿に気が付いたようではあるが、既に手遅れだ。
口元を歪めながら刃を振るい――黄金の軌跡は、そのパーティを丸ごと一撃で薙ぎ払った。
「……ッ!」
息を吐く間もなく、即座に次なる標的へと向けて駆け出す。
彼らはアイテムを残して消滅したが、生憎とそれを漁っているような余裕は無い。
散りゆく黄金の輝きを目晦ましに、こちらの姿を捉えつつある他のプレイヤーへと襲い掛かる。
斬法――剛の型、穿牙。
突き出した刺突で喉を貫き、間髪入れずに薙いで首を裂く。
倒れゆくプレイヤーの体を蹴り飛ばして陰にしつつ、死角をなぞるように移動して鎧姿のプレイヤーの首へと刃を突きつけた。
斬法――柔の型、零絶。
体の捻りのみで放った一閃は、的確に急所のみを斬り裂き、相手のHPを削り取る。
残るは一人。だが、生憎とそこに攻撃を加えている暇はなさそうだ。
歩法――烈震。
「しッ!」
刀を振るうと同時に体を前傾姿勢に倒し、そのまま地を蹴って駆け出す。
それとほぼ同時、周囲から俺へと向けて魔法が降り注いだ。
周囲のプレイヤーたちからすれば、標的が戦っている相手がアルトリウスたちから別のパーティに変わっただけの話であり、攻撃を止める理由になどなりはしない。
故に、一ヶ所に留まっていれば攻撃が飛んでくることなど自明の理だ。
だが、逆にそれを利用してしまえば、中途半端に残ったプレイヤーを潰すことも簡単だ。
(アルトリウスは、俺が戦っている相手が自分たちでも他のプレイヤーでも問題はないってわけか)
現状、この戦いにおいては、俺が集中的に狙われる状況となっている。
もしも俺がアルトリウスたちと戦おうとするならば、パルジファルが足止めをして集中砲火の的になりつつ、俺を少しずつ削っていくつもりだろう。
対し、俺が他のプレイヤーを標的にしたのであれば、周囲と同様に遠距離攻撃でこちらを攻撃することによって、余分な敵戦力を減らしつつ俺へと攻撃を加えることができる。
どちらに転んでも、アルトリウスにとっては利のある展開だということだ。
しかし――
(表情は優れないか。だろうな)
ちらりと横目で様子を見れば、こちらを見据えるアルトリウスの表情は苦い物へと変わっていた。
確かに、この展開ならば俺に消耗を強いることができるだろう。
しかしながら、これだけで俺を捉え切れるとは考えていないようだった。
そして同時に、この作戦はジリ貧であるとも言える。自分たちではなく、他のプレイヤーを戦力として利用している以上、彼らの数が減れば自然とアルトリウスたちも不利となるのだ。
つまり、アルトリウスの勝ち筋は、彼らが減り切る前に俺を仕留めることしかない。
だからこそ、最終エリアが定まってすぐに、俺に勝負を挑んできたのだろう。
「ははは……ッ!」
生き残ったプレイヤーが集結すると共に、俺たちを狙う連中以外でも戦闘が勃発し始める。
エリアがかなり狭まってきたこともあり、そこかしこで戦闘音が響いている状態だ。
最早隠れられる場所も少なく、戦場は徐々に混迷し始めている。これはまた、実に愉快な状況だ。
俺に近づかれると周囲から集中砲火を受けることを理解してか、近場のプレイヤーたちは俺から距離を取ろうとする。
だが、白影を使っている俺からすればあまりにもゆっくりとした動きだ。
逃げようとするその背へと即座に肉薄し、その背へと向けて刃を振るう。
「『生奪』」
背中から切られて倒れた一人を尻目に、次なるプレイヤーへと肉薄、その脇腹に肘を打ち込む。
そして、その痛みと衝撃に動きを止めた相手の足を払って体勢を崩し、最後の一人へと向けて投げ飛ばした。
その結果までは確認せず、再び地を蹴る。背後に着弾する魔法が及ぼした結果までは確認する必要はない。
敵の頭数を減らし、アルトリウスの作戦を崩す。その上であいつと直接戦い、打倒する。
決して油断はならない相手だ。本気で戦い、仕留め切るとしよう。
と――
「――――!」
「っ……!」
視界の端、見慣れた長髪が揺らめく姿が目に入る。
それが見えたのはほんの一瞬、しかし俺たちは、同時に互いの存在を察知したのだ。
どうやら、あいつもここまで辿り着くことができたらしい。
とはいえ、その決着はまだ先だ。まずは、邪魔になる連中を全て片付けてからにするとしよう。
再び湧き上がる戦意に口元を歪めながら、俺は再び刃を振るったのだった。