381:騎士デューラック
戦闘を終えたデューラックの前に姿を現すと、彼は引き攣った表情を浮かべて後ずさりした。
無理もなかろう。彼は今、戦刃との戦いで満身創痍と言っても過言ではない状況だ。
戦刃の攻撃を受け止めた左手はボロボロで、欠損状態に近い状況となっている。
これは通常のポーションや回復魔法では中々回復しないため、彼の戦闘能力は著しく下がっていると言っても過言ではない。
とてもではないが、戦闘を継続できる状態ではないだろう。
「はは……まさか、仇討ちですか?」
「まさか。実際に殺されたというのであればともかく、試合に敗れた程度でいちいち目くじらを立てたりはしないさ。尤も、あいつ自身には色々といいたいことがあるがな」
いくら本能的に、直感で戦った方が強いと言っても、何も考えなさ過ぎるのは欠点としか言いようがない。
リアルの方と近い感覚で戦えるのはいいが、こちらでの選択肢を何も考えていないのでは意味が無い。
全てを生かし切れているとは、到底言えないのだ。
ともあれ――あいつへの説教はまた後で考えるとして、今は目の前のこの男だ。
「むしろ、俺としては称賛するつもりだ。レベルがまだ低いとはいえ、うちの師範代の一角を倒したのだからな」
「……こちらとしては、大幅にレベルの低い相手に、ほぼチーム壊滅まで追い込まれたわけですが」
デューラックの言葉に対し、さもありなんと肩を竦めて返す。
俺が見ていたのは終盤の展開だけであるため、そこに至るまでにどのような戦いがあったのかは把握していない。
だが、最終的に一対一となったところを見るに、かなりの接戦ではあったのだろう。
その辺りの様子も見てみたくはあるのだが、果たして後から観戦することはできるのだろうか。
まあ、どっちにしろ今すぐに確認することはできない。このデューラックに対する対処が先だろう。
とはいえ、色々と気になることもあるため、すぐに仕留めるつもりは無いのだが。
「ところで、アンタがここにいるってことは、アルトリウスもいるのか?」
「……いえ、このイベントはチーミングは禁止ですから、精々クラン内では積極的に仕掛けないようにしよう、という程度の取り決めしかありません」
「チーミング?」
「ああ……ええと、バトルロイヤルのシステム上、チーム同士が協力したら当然有利になります。ですので、運営側から禁止されているんですよ。発見されれば、即座に退場することになるでしょう」
デューラックの言葉に納得し、首肯する。
確かに、当然と言えば当然か。三人で戦うよりも六人、九人で戦った方が強いのは自明の理だ。
そんな行為がまかり通ってしまえば、上位のクランが勝利するにきまっている。
しかしそうなると、集団戦を得意とするアルトリウスにとっては逆風だろう。
多数の配下を引き連れ、戦略的に戦うことが彼にとっての持ち味だ。三人での戦闘も決して不得意ということはないだろうが、得意分野で戦えずにいることは間違いあるまい。
「貴方という突出した個に対抗するには数が必要なのですが……協力できない以上は、この通りです。精々、身内を見かけたらすぐに離れる程度しかできませんよ」
「その点、うちの連中は積極的に身内で潰し合っているだろうけどな……」
あの馬鹿どもは、そもそもイベントの成績など気にしていないだろう。
貴重な対人戦の機会、それも寸止めや手加減の必要がない、殺しの戦いができる舞台だ。
あいつらにとっては理想的な環境であるし、むしろ満足して戦えるような相手は身内以外には殆どいないだろう。
別段、それを咎めるつもりも無いし、俺自身別にクランでの上位入賞を狙っている訳でもない。
あいつらは好き勝手にやらせておけばいいだろう。それよりも今気にするべきは、目の前にいるデューラックの処分だ。
「さてと……それじゃあ、やるとするか」
「……貴方が、見逃してくれるはずもないか」
片腕ながら剣を構え、デューラックは立ち上がる。
とはいえ、左腕を使えないことが原因で、彼の体は重心が元からブレかけている状態だ。
俺から見れば、簡単に崩せてしまう状況であるが――それでもなお挑む気概を見せているのは流石と言うべきか。
であれば、こちらもまた相応の覚悟で挑むとしよう。
「《練命剣》、【命輝閃】」
既に瀕死の状態であるデューラックは、【咆風呪】を放てば倒せるだろう。
だが、そんなつまらない決着では、彼に対しての礼儀とは言えないだろう。
本気で、相応の覚悟を以て一撃を放つ――それで決着とさせて貰うとしよう。
歩法――縮地。
体幹を揺らさず、デューラックへと向けて一気に距離を詰める。
しかし、こちらの動きに惑わされることなくデューラックは刃を振り下ろしてきた。
流石に、縮地程度で惑わされるほどの腕ということではないらしい。
「――流石だ」
斬法――柔の型、流水。
振り下ろされた刃を、鍔で接触しながら受け流す。
水を纏うデューラックの一閃は空を切り――翻した一撃が、交錯の瞬間に彼の脇腹を斬り裂いた。
「……こちらの、セリフですよ」
消滅しながら呟かれた言葉に、残心しながら思わず苦笑を零す。
彼は紛れもない実力者であった。できることならば、万全な状態の彼と、その仲間に挑みたかったところだ。
尤も、本来であればこのように、傷ついた相手を狙う方が戦法としては定石なのだろうが。
漁夫の利を狙って行った方が自分たちのリスクも低く、そしてジャイアントキリングも狙いやすい。
どれだけ実力の高いプレイヤーであったとしても、満身創痍の状態では十全な実力を発揮できないのだ。
(まあ、俺の場合は勝手に回復するんだがな)
二つの自動回復スキルは、《回復特性》のスキルを会得したことで更に強化されている。
今の《練命剣》で消費したHPも、見ている内にどんどんと回復してきている状態だ。
加えて、大抵の状態異常もすぐ治るし、《奪命剣》で回復することも可能だ。
集団で敵に囲まれたとしても、何とかできる自信はある。
「……我ながら、敵としては最悪だな」
いつだったか緋真が言っていたが、ボスは体力が高く回復手段を持っていない方がいいらしい。
何でも、その方が気持ちよく殴れて程よく苦戦できるのだそうだ。
確かに、幾ら殴っても回復されるのでは、戦っていてもうんざりしてしまうものかもしれない。
攻撃の機会が少ない相手となれば、それも尚更だろう。
「さて、それはそれとしてだ」
今デューラックを倒した理由は、何を差し置いても戦刃の持ち物を奪うためだ。
デューラック自身の所持品よりも、そちらの方を優先的に確認する。
地面に落ちていた袋に手を翳し、中身を表示させれば、そこには目的のアイテムが確かに表示されていた。
「よしよし……あいつめ、俺は見つけられなかったのに、どこで探してきたんだか」
戦刃が持っていたのはCランクの太刀であった。耐久度は若干減っているが、修復するためのアイテムは十分に保持できている。
戦刃やデューラックの手持ちにもあるし、この太刀を運用するのに困りはしないだろう。
早速取り出して装備して振り回してみるが、やはり可もなく不可もなくといったところだ。
扱う上で困るということはないが、餓狼丸と比較してしまうと天と地の差があることは否定できない。
それでも、別に粗悪品というほどの造りの悪さではないから、そう大きく戦闘能力が落ちるということはないだろう。
(さてと……装備品はそれなりだが、やはりもっとランクの高い武器が欲しいな)
防具はAランクが潤沢ということはないが、Bランクのカードは十分に手に入っている。
そもそも防具の防御力などあろうが無かろうが大差ないものだ。
攻撃は受け流すか回避すれば問題は無いし、やはり武器の方を何とかしたいところだ。
といっても、ランクの高い装備を手に入れる当てなどないわけだが。
「……どうしたもんかな」
この段階に至っては、その辺に落ちている高ランクの装備を探すのは難しいだろう。
エリアもそこそこ狭まってきているため、今更地面に落ちているアイテムを探すのは困難だ。
やはり、他のプレイヤーが集まっている所に襲撃を仕掛け、そのアイテムを奪う方が効率的だろう。
或いは、この要塞内にある保管庫を探し、高ランクの武器が残っていることを期待するか。
正直、前者の方が楽しそうではあるのだが――
「まあ、探す分に損は無いしな」
この要塞は次の収縮エリアにも入っているし、しばらく時間を潰していても問題はない。
まだ他のプレイヤーの気配もあるし、戦える可能性も十分にある。
この要塞内を探索するのも、決して悪い選択肢ではないだろう。
とりあえず、しばらくはこの要塞内を探すことを決意し、俺は廊下の奥へと足を踏み出した。
 





